夜の店でマツリ様のお通りだぜっっ!!
300年前への散歩が終わった!
……でも、なんか不完全燃焼感がある……?
現代の街は日が沈み、夜になった。 大量の明かりがともされ、そこかしこで夜の店が開いている。
以前は店を構えるということはこの街では少なかったが、近ごろは変わった。
昼間にはたくさんの店が開かれているし、最近は夜になっても街の通りを歩けば、その辺の店から賑やかな声が漏れて聞こえてくる。
そんな中を、小春が早足で歩いていた。 いつものように弾むように歩いているが、相変わらず表情はどこかぼうっとしている。 300年前で散歩しているのを見た時にもこんな感じだったが、そんなに長く引きずるような嫌なことがあったんだろうか。 小春は精神的にタフに見えるから、ちょっと意外だ。
明るい通りを歩き、ある店にたどり着くと、小春はガチャンと扉を開けていった。
「どうもー。 ……お、景気よさそうね」
小春は店の中へと入っていき、辺りを眺めていく。 店は繁盛しているようで、中はワイワイと人の声が明るく響いていた。
さらっと見ていくと、知っている顔もいくらかあった。 向こうのテーブルでは雨子が他の巫女と一緒に座っていて、手元の紙を一緒に見ながら話している。 勉強でも教えているんだろう。 雨子は昔はまともな巫女だったらしいから、知識はしっかりと持っているのだ。
別のテーブルには、200年前出身のグループがいた。 ナツミと千代、ヒノキが一緒のテーブルに座って、食事を楽しんでいる。
ナツミは肘をついて、ストローをちゅうちゅうを可愛い感じで吸いながら、横の千代と雑談しているようだ。 ときおりヒノキも会話に入っていて、相変わらず現代でもこの3人は仲が良いらしい。
そのテーブルには、空いた席が一つあった。 小春はその席めがけて歩いていくと、ナツミが気づいて振り向いてくる。
「あ、小春」
「うん。 ……はー」
小春はどさっと椅子に座ると、テーブルに伏していった。 顔をテーブルにくっつけて、腕をだらんと垂らす。
……はあ……なんか、ため息が出るわ。 生きることって、こんなに疲れるものだったったかしら。
そう思っていると、横のヒノキが振り向いて、話しかけてくる。
「お、小春。 なんだ、元気ねえな」
ヒノキの声が、ビンビンと耳に響いてくる。 ……相変わらずこの男は、声がデカいわねえ。 落ち着いてるはずの夜にもうるさいって、どういうことよ。
小春は顔をヒノキに向けて、適当に返事をする。
「え、そう? 私から元気取ったら、灰しか残らないわよ。 ……あ、なんか、楽しいことないかな」
小春はすぐに立ち上がると、テーブルを離れて別のほうへ歩きだした。 ……そうよ、グデッとしててどうすんのよ、私。 だらけてる暇があるなら、何か気持ちが上がることを探さないと。
確か向こうのほうに、何でも書き込んでいい掲示板があった。 遊びの約束でも、悩みの相談でもなんでもござれのネット掲示板みたいなやつよ。
なんか面白いこと書き込まれてるかもしれないし、ちょっと見てみよ。
店の奥に行くとカウンター席があり、奥に店主が働いているのが見える。 そのカウンター席の横のほうには、大きな掲示板が立っていた。 メモ紙が大量に貼られていて、メモ用の石ころを入れるためのカゴなんかも設置してある。
私は掲示板の前に立ち止まると、文字をさらっと読み始めた。 ……うーん、何か面白い情報、無いかな。 嘘でもいいから、超ヘンテコな情報が合ったら、今の私なら喜んで飛びつくわよ。
……え? なんでそんなに元気ないのかって? まったく、あなたデリカシーないわね。 うんこが出なくて悩んでるわけじゃないわよ。
「小春。 新しい仕事あるけど、やる?」
掲示板を眺めていると、カウンターの中から店主が話しかけてきた。 上半身を出して、身を乗り出すようにして聞いてくる。
「ん、何? ……仕事求めてるわけじゃ、ないんだけど」
この元気のない顔が、目に入らないのかしら。 まったく、これだから働くことしか考えてない現代人は、困るのよ。
店主はそんな私の気持ちを知らずに、話し続ける。
「明日、なにか重要な会議があるみたいでね。 警備の仕事なんだけど。 ちょっと急ぎだから、人が集まんなくて困ってんだよ」
明日って、ずいぶん急いでるのね。 重要な会議かあ……。 ふーん、街の偉い人たちも大変なのねえ。 まあいいか、どうせ暇だし、私も加勢するかしら。
「じゃあ、私やるわ。 ばりばり動いて、ストレス発散しましょう!」
そういって、ぐっとポーズを決めてみせる。 なんでもいいでしょ、とりあえずこういう時は動くのよ、私っっ!!!
いつも私はこうやってきたじゃない。 落ち込んでるからって、だらっとしててもしょうがない。 無理やりにでも散歩に連れ出すのよ……そう、自分をね。 キラッ。 決まったわっ!!!ww フゥゥゥツッゥt!!!!www
店主は笑って、説明を付け加えた。
「あぁ、そう。 分かった、じゃあ、明日、第5区画の集会場で、やるみたいだから」
「OK、分かったー」
集会場ね、はいはい。 ……え、何区画って言った? まあいいや、なんとかなるでしょ。 フンフーン♪♪
小春は適当に歌いながら、手を軽く振って店の中へと戻っていく。
一方で店の中では、別の見慣れた人もいた。 髪があまりにもボサボサな男が、店の中を歩いている。
マツリだ。 楽しそうに話す客が座ったテーブルの横を、威圧するように、ふんと鼻息を鳴らしながら通り過ぎていく。 客は誰も気にしていないようだ、自分たちの話で盛り上がって、手を叩いて爆笑して盛り上がっている。
……まったく、お気楽な連中だな。 こんな夜にまでクソみてえな話で盛り上がれるなんて、一種の才能だぜ。 ここにはこんな奴らしかいねえのか? 俺は、こいつらとは違うぜ。 合理的で、実利的でクールだからな。 フハハッッ!!!ww
……え? じゃあなんでこの店に来たのかって?
この店にはな、隠れたところにもう一つ掲示板があるんだ。 『裏掲示板』って呼ばれてんだけどな。 階段の裏に、陰になって誰も気づかないが、こっそりもう一つ掲示板を置いてんだよ。
裏掲示板は、その名の通り、ヤバいことをヤバいやつらが書いてるところだ。 こんなところに掲示板があるなんて、よほどの情報強者じゃねえと気づかねえぜ、フフン。
階段の陰に入って、マツリは歩いていく。 奥の壁へと歩いていくと、薄暗い中に大きなもう一つの掲示板があった。 これが、『裏掲示板』である。 外見は普通と変わらず、メモ紙がベタベタと貼ってある。
見ると、掲示板のところには別の人がいた。 ……ん、一人いるな、誰だ? なんか、ちっせえぞ。 ……まあ、どうでもいっか。
そう思っていると、その小さいやつが振り返ってくる。
「マツリくん」
小さい人は、物静かすぎるクルミだった。 いつものように穏やかな雰囲気をまとっていて、存在感が薄い。 そういやこいつ、男か女かよく分かんねえな。 乳が無いから、たぶん男だな。
適当に判断しつつ、おうと返事をして、マツリは掲示板を眺めていく。
さてと……新しい面白い情報でも入ったか? ふんふん、まあいつもの感じだな。 『文字が読めない人の感覚を教えて欲しい 歌子』『長の弱点を教えて下さい 歌子』 なんだ、また歌子が変な情報募集をやってんのか。 あいつ可愛い顔して、結構やるな。
……そういや歌子って、悪くねえよな。 何って、女の話だけどよ。 優しいし、いつも楽しそうだし。 聞いた話では、料理もうまいらしいしな……。
え、歌子が好きなのかって? いやー、別にそういうわけじゃないけどよ。 俺の周り、クソみてえなやつばっかなんだぜ。
まずナツミだろ、あいつは論外だな。
次に千代……千代は大人しくて茶目っ気あるし、可愛いじゃんって? いや、あいつはやめとけ。 キレたら何しでかすか分かんねえ、特級のヤバい奴だぞ。
前なんかあいつが好きな料理を横取りしたら、ガチギレしてよ。 『謝ってっっ!!!』って大声で何回も怒鳴り散らしてくるから、鼓膜が破裂したわ。 マジで。
あとソラか。 ……まああいつは……うん、悪くねえけどよ。
いつも軽やかで明るいし、おおらかで包容力があって落ち着くっつーか……。
でも俺に興味ねえんだよなー、多分……。 あいつが俺を見てたときなんて、無いしなー。 いつも別のところ見てて、ちらりともこっちを見やしねえんだよ。
……え、好きなのかって? んなわけねえだろ、馬鹿野郎。
そう思いながら掲示板を眺めていると、後ろから足音がした。
振り返ると、まさにその歌子だった。 歌子が階段の陰に入って、裏掲示板に向かって歩いてくる。
「あぁ、お前か」
歩いてくる歌子は、少し急いでいるようにも見えた。 裏掲示板に用事でもあるんだろうか。 歌子は裏掲示板を頻繁に利用しているから、日常的なチェックに来ただけかもしれない。
歌子はマツリの姿に気づくと、急に何かを思い出したように話しかけてきた。
「あ、マツリ君! 君、祭りの計画、裏でも別にやってない?」
……裏で祭りの計画? ……あぁ、その話か。 今度の祭りの委員会には入ったけど、それは表向きのことだ。
降霊洞穴での祭りの会議の日、俺が裏サイトをチェックしてただろ? あれは裏サイトを作って、つまんねー祭りを破壊するような盛り上げを考えようっていうのを、人を集めてやろうとしてたんだぜ。
ジジ臭い委員会の連中となんて、まともに面白いことが出来る気がしねえ。 ちゃんとした、綺麗な、ひょろひょろなクソみたいな祭りをやるんだってさ。 ははっ!!ww 馬鹿じゃねえの。 子供のお遊戯会にでもやってろw
マツリはそう思いながら、当然と言うように答える。
「あぁ、そうだけど」
歩いてきた歌子は目の前まで来ると、ふと足を止めた。 何かを思い出そうとするような顔で、こっちをじっと見てくる。
……うーん、やっぱりこいつ可愛いな。 よく見りゃ、見た目も悪くねえじぇねえか。 髪の毛も綺麗でつやがあるし、肌も健康的だし……。 え? 好きなのかって? だから違うって言ってんだろ。
歌子は眉をひそめて、祭りの話に戻してきた。 ……あぁ、祭りの話だったっけ。 忘れてたわ。
「……あれ? 委員会に入ったんじゃ、なかったの?」
「入ったけどよ。 だってあいつら、頭かてえんだもん」
なに言っても却下するじゃねえか、あいつら。 水をぶちまけるのもダメ、大声師の連中を使って、街中にお笑いのネタを響かせるのもダメ……。 会議に来たユメも、ほとほと呆れてたぜ。
あぁそう、最近はユメも委員会に入ってきたんだぜ。 聞いた話では、あいつも祭りで何やるのかが気になってたらしくてな。 委員会の話し合いに来るようになって、少し発言もするようになってんだけど。
でもあいつ、頭ヤベえな。 『夜空に船を浮かべて、逆に街を見上げたい』とか言ってて、ジジイどもドン引きしてたぞ。 最高だな、おい。
ていうかあいつ、話したら案外悪くねえな。 人と喋り慣れてねーのか、若干ボソボソ喋んだけどよ。
意外と話が分かるっつーか、不満に思ってる部分も近いっつーか……。 他の奴とは違って、考え方も柔軟だしな。 『色々ぶっ壊したい』とか、脈絡なくぼそっと言って笑ってたのは、ちょっとヤベえ奴だと思ったけど。
ちょっと気だるげな所も可愛いし、ネガティブに見えて意外と前向きなのも良いしな。 見た目はまあ、普通だけど……。
……え、好きなのかって? だから違うっつってんだろ、どこに目ぇつけてんだよ、この野郎。
なんの話だっけ? ……あぁ、祭りの裏の動きの話だよ。 どんだけ話それんだよ。
歌子はしょうがないなと言ったように小さくため息をつくと、目の前を通り過ぎ、掲示板の前で立ち止まっていった。
「んー、ねえ、私もなんとかするからさあ、委員会の人とも、ちゃんとすり合わせながらやろうよ」
そう言いながら、歌子は自分の情報募集をさらっと確認している。
ヤバい情報募集に、ヤバい情報が入ったかとか、ワクワクして見てるんだろうか。 まったく、これだから優等生の皮をかぶった狂人は困る。
「はー。 ……お前、真面目だなあ」
「歌子」
いきなりすぐ横から、別の声が聞こえてきた。 びっくりした、もう一人いたのか。 ……あぁクルミか、そういやいたな。
物静かすぎるクルミは、歌子に話しかけているようだった。 歌子はちゃんと気づいているようで、掲示板から目をそらさずに、うん? と聞き返す。
「生け贄の、体験談って……僕でも、いいのかな?」
生け贄の体験談……なんかあったな。 歌子が裏で、情報募集やってるんだったか。 ……つーか生け贄って、さすがにこの島でもそんな奴は少ねえだろ。
歌子は振り向いて、パッと顔を明るくさせた。
「あ、ほんと? いい?」
「うん」
なんだ? この会話。 裏掲示板とか使ってんのに、結局話すのは身内かよ。
でもまあ、こういうのも悪くないかもな。 知り合いなのに、陰で思ってることぶちまけて話す感じ。 たまたま一緒のドマイナー音楽が好きで、ライブ会場でばったり会ったみたいな感じだな。 違うか。
……っていうか、こいつ生け贄だったのか。 フゥーン……。
歌子は掲示板に目を戻すと、何かを見つけたようだった。 一か所をじっと見つめて、貼ってあった1枚のメモ紙をぺりっと剥がす。
「……お前、生け贄なのか?」
「うん」
「へー」
横で続いている会話が耳に入ってきて、歌子は顔を上げて振り向いた。 見ると、まったく違うタイプの2人が話していた。 マツリは大柄な体で攻撃的な感じだが、クルミは小柄で落ち着いている。 でも正反対なのに、話がかみ合わないわけではないらしい。
2人が話す様子を、歌子はちょっとだけ興味深そうに見ていたが、自分のことに戻り、メモ紙に目を落としていった。 書いてある内容を読んでいき、ぼそっと呟く。
「……あ、もう来てるのか」
この裏掲示板で、誰かとの待ち合わせの約束でもしていたんだろうか。 歌子はくるっと掲示板に背を向けて、店の中へと戻っていく。
歩いていく歌子に続いて、マツリたちも裏掲示板から離れていった。
「いつの時代なんだ?」
店の中へと向かいつつ、マツリはクルミに話しかけている。 自分の友達のソラも生け贄だったから、少し気になるんだろうか。
前を歩いていた歌子は振り返ると、聞くようにして答えていった。
「1000年以上前だったよね?」
「うん」
マツリはそれを聞き、顔をしかめた。
……1000年?! はぁー、そんな奴までこの街にはいるのか。 なんだ、おもしれえじゃねえか。
「マジかよ、大先輩じゃねえか。 ……今度から、もっと敬っとくわ」
のっしのっしと偉そうに歩きながら、マツリは雑な口調でそんなことを言っている。 まったく敬う気が無いように見えるし、正直興味も無いように見える。
大柄なマツリの陰で、小さなクルミは楽しそうにははっと笑った。
なんか飲み物でも飲むか。 おいマスター、どんぐり茶くれよ。 (マツリ)




