↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

05

ヴィヴィ視点

「おい聞いたか? 噛ませ令嬢の話!」

「聞いた聞いた。てっきりエクルース君あたりと組むと思ってたのに……」

「十位以下と組むなんてすげえ意外。騎士科のやつ……だけど相手って……」

「それが……らしい……」

「えっ? ……って……」


 ざわざわと噂話が咲き乱れる廊下を一人歩きながら、ヴィヴィはこっそりとため息をついた。


 まったくいい気なものだ。ヘンリッカが誰と組もうが――よっぽどの相手でない限り――彼女が師団所属試験に落ちることはないだろうが、噂話に熱中しているような連中はそんな暇があったら自主訓練でもやっていた方がいい。

 あのミルカやヴィヴィたちに対する妙に居丈高な態度のせいでつい素直に認める気にはならないが、あの赤毛の少女はあれでも立派な天才である。ミルカという規格外の才能に未だ噛みつこうとしているのが彼女だけだということの意味を、噛ませ令嬢なんてあだ名を付けた連中はもっとよく考えるべきだ。


 とはいえヴィヴィとて噂の内容に興味を引かれないわけではない。


 少女はつい最近邂逅したばかりのヘンリッカの様子を思い出した。

 アルマースにパートナーのことを言及されて顔を歪めていた彼女は、確実にあの時点ではパートナー選びに関していい状況であるとは言えなかったはずだ。

 自身の魔術強化ばかりにかまけている彼女は、魔術科だけでなく騎士科の生徒にも少々どころかかなり遠巻きにされている節がある。それに入学前からヴィーアライネ公爵家の魔術に取り憑かれた令嬢ヘンリッカの噂は有名だった。


 なにがし家の家庭教師を金で無理矢理奪い取っただとか、遙か遠く東の果ての国から莫大な金をかけて珍しい魔術書を仕入れただとか、魔力を底上げするために悪魔と契約しただとか、本人は社交場に滅多に顔を出さないくせに嘘だか本当だかわからないような噂話ばかりが一人歩きしていたのだ。


 かくいうヴィヴィもその噂の数々を聞いてどんな女なのだろうと少し身構えていた口だったが、少々鼻持ちならないだけで案外普通の少女であったことに正直拍子抜けした経緯がある。だが未だに悪魔と契約してもおかしくないようなとんでもない女なのだと思い込んでいる生徒も多いわけで。


 もちろんヘンリッカの実力であればそれでも彼女と組みたいと思う騎士は多いだろうが、あの主席への飽くなき執着を見せるヘンリッカである。中途半端な実力では納得できるはずもなく、かといって上位陣には彼女と相性のいい戦い方をする騎士はいない。

 ヘンリッカは騎士の戦い方に関しては疎いように見受けられるし、しばらくなんやかんや断られたり断ったりしたあとに差し迫る時間に結局は妥協して決めるのだろうと思っていた。


 それがまだ試験まで余裕があるこの状況で、序列十位以下の騎士と組むことになろうとは。

 このことについてヴィヴィの友人たち、特にヘンリッカと旧知の仲であるアルマースがなんというのか確かめられてはいないが、きっと驚いているに違いない。


 ふと周囲の囁き声が一層ざわめきを増したような気がして、顔を上げたヴィヴィは生徒たちの視線の先へとつられるように瞳を向けた。


 噂をすればなんとやら、ヘンリッカだ。


 自主訓練をすべく訓練室へ向かっているのだろう。逆にヴィヴィはちょうど訓練室から出て一度寮へと向かう途中だ。お互い日課としているのでこの時間にこうしてすれ違うこと自体はほぼ毎日の光景である。ひとついつもと違うことがあるとすれば、ヘンリッカが見慣れない騎士を伴っていることだった。

 しまりのない顔で隣の少女に笑いかける金髪の騎士がきっと件の騎士なのだろう。


 まだだいぶ距離があるのをいいことに不躾に観察する。


 第二師団への入団を希望しているが未だパートナーを探している身であるヴィヴィは、ヘンリッカとは違い初めての合同訓練からずっと騎士科の生徒たちをパートナー候補としてきちんと観察していた。だから当然彼、イェレ・タイカ・メリルートのことは記憶に残っている。

 十位以下だとは言うが、確かイェレは十一位。騎士科も魔術科もどうしても序列十位以内だけがもて囃される傾向にあるが、彼だって十分な実力者と言えるだろう。だが尖った個性もないいわゆる優等生的な戦い方をする男だという印象があった。


 あのイェレが、ヘンリッカのパートナー。


 知ってはいたが改めて目の前にするとしみじみと実感させられる意外な取り合わせになんとも言いがたい気分だ。

 彼があのメリルート侯爵家の子息であるということは家名から察しがつくため、入学当初に少し騒がれた記憶がある。しかしそれもつかの間のことで魔力がないことが知られてからはすぐに話題に上らなくなった。出来損ない纏魔(てんま)などとイェレを馬鹿にするような声が耳に入ったこともあるが、いつもヘラヘラと笑っていて叩き甲斐がないせいなのか特に誰かと問題を起こしたという話も聞かない。


 ヴィヴィは彼と直接話したことはないが、ヘンリッカとはどうにも真逆に近い性質であるように思えた。

 本当に大丈夫なのだろうか。お互いに。


 ヘンリッカからしてみればヴィヴィに心配されるような義理はないと思うだろうが、魔術に人生を捧げすぎたゆえか根は意外と純朴な性格らしい少女のことを思って少し心許ない気持ちになる。ヴィヴィは例え相手が苦手な人間だろうと必要以上に不幸な目に遭うことを看過できない性格である。


 基本的に第二師団の騎士と魔術士のペアは一生ものという前提で成立するものだ。もちろん様々な事情から本当に生涯パートナーであることはけして多くはないが、そういう心持ちで組むのである。

 ヘンリッカに限って誰と組もうと試験に落ちるようなことはないだろうが、才能が期待されていた者でもパートナー選びに失敗してしまったせいでたいした活躍もできずに退役する、なんて話も珍しくはない。どうも兄のような英雄になることに固執しているらしいヘンリッカからするとそれはなにより屈辱的なことだろう。


 不幸なことにならないといいのだが。


「あらミュリュスさん、ごきげんよう」


 そんなヴィヴィが気にしたところで詮ないことを考えているうちに、距離の縮まっていたやたらと目立つ赤髪と金髪の二人組は黒髪の少女に気がついたようだった。


「ヴィーアライネ、……パートナー決まったんだってね」


 おめでとう、というべきなのか一瞬だけ悩んで結局なにも言わずに口を噤む。結局のところヘンリッカはヴィヴィの親友ミルカに嫌味を投げつけては去って行く偉そうな女だし、ヴィヴィとヘンリッカの関係はお互いをねぎらうようなものではない。


「はい! そうなんです!」


 それなのにキラキラと葡萄酒色の瞳を輝かせながら頷かれてヴィヴィは思わず面食らった。見たことがないような輝かしい満面の笑みだ。さらに横の騎士はそんなヘンリッカをニコニコと笑いながらそれはそれは楽しそうに眺めている。


 なんだこれ。


「私とイェレでトゥーリさんの主席の座を奪ってみせますから、首を洗って待っていろと是非お伝えください」


 ああよかった、いつものヴィーアライネだ。


 それからすぐに腕を組んでつんと顔を逸らしながら言い放ったヘンリッカに妙な安心感を覚えて、ヴィヴィも心置きなく渋面をつくる。


「ヴィーアライネなんかにミルカが負けるわけない」

「ふふん、いつまでそのようにニャーニャー鳴いていられるでしょうね。飼い主が負けて無様に泣く姿が今から目に浮かびます」

「ミルカは飼い主じゃないし、そもそもニャーニャー鳴いたことなんてない。ヴィーアライネこそそうやって偉そうな口叩いたこと、後悔しないようにね」

「するわけありません!」


 どうもヘンリッカはヴィヴィのことを子猫かなにかだと思っているようだ。何度聞いても腹の立つもの言いにむっとして睨み付けるが、視線が合えば平均より少し背の高いヘンリッカに見下ろされているような気分になる。

 忌々しげに顔を逸らすと今度はさらに背の高いイェレと目が合った。もちろん彼はヘンリッカのようにこちらを嘲弄するような表情は浮かべていないが、先ほどとまったく変わらない笑みを顔に貼り付けていた。


 よくもまあこの状況でヘラヘラしていられるものである。いや逆に笑うしかないのだろうか。


「……アナタ、ヴィーアライネに無理矢理組まされてるんじゃないの? 解消するなら今のうちだよ」


 八つ当たりも込めてヘンリッカへの嫌味を投げつけると、イェレは一瞬だけ笑みを消すとにっこりと笑って言い放った。


「違う違う。オレがリッカちゃんのこと好きだから組んでもらったんだよー」

「!?」


 ヘンリッカの顔が面白いくらい驚愕に歪んで、それから一気に顔が赤く染まっていく。

 人はここまで一瞬で赤くなれるものなのか。本日二つ目のヘンリッカの初めて見る表情に視線を奪われてただぽかんとその顔を見つめると、彼女は真っ直ぐな長い赤毛をぶんぶんと振り乱して首を振った。


「へ、変な言い方はしないでください!」

「え、ホントのことじゃん」

「ほ、本当って」


 絶句して、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。当然ヘンリッカの喉から聞こえた音だ。


 どうやら思った以上に異性に対しての耐性がなかったらしい公爵家のご令嬢は、たっぷりと時間をかけてひとしきり動揺したあとにイェレから視線を引き剥がしてヴィヴィを睨み付けた。ちなみに顔はまだ赤いので迫力はまったくない。


「とにかく! と、とにかくええと……なんでしたっけ……? お、覚えてなさい!」

「あ、リッカちゃん待ってよ」


 それからヘンリッカは文脈もへったくそれもない捨て台詞を投げつけると、ヒールでガツガツと廊下を踏みならしながら去っていった。慌ただしいヘンリッカとイェレの姿を呆然と見送りながらざわめく周囲にはっと我に返る。どうやら悪い趣味を持つ生徒に限らずすごい注目を浴びていたようだ。

 そりゃ誰だって見るだろう。ヴィヴィだって口も挟むことなく食い入るように見入ってしまっていた。


 これはまた生徒たちの噂話が捗るに違いない。


「……案外、性格の相性はいいのかな?」


 案の定、すでにあたりはかつてないほどの大騒ぎだ。

 ヴィヴィの呟きはざわめきの溢れる廊下にぽつりと落とされて、誰に聞かれることもなく消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。