↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

04-2

 どうしてもと懇願されヘンリッカがイェレに引っ張ってこられたのは、校舎内にある訓練所の一角だった。いつもならば自主訓練に明け暮れる生徒達で賑わう場所だが、すでに夕食の時間も近いせいか人気はない。


 ヘンリッカは目の前に佇む訓練用の人形をちらりと一瞥すると、小さく息を吐いてきっぱりと言い切った。


「実力を見てほしいということなのかもしれませんが、正直見せられても期待には応えられないと思います」

「んー、実力もそうなんだけど、それよりオレがなんでリッカちゃんと組みたいのか知ってもらおうと思って」


 まったくめげた様子もなくすらりと剣を抜くイェレの姿をなんとも言えない気持ちで眺める。どうやら彼は剣士であるらしい。剣を武器に選ぶことは騎士としては珍しくないが、彼の得物はなにか特殊な金属が使われているのか青白い刀身が目を惹く美しい長剣だった。


 だがそれよりもヘンリッカには一つ気になることがあった。


「……あの、気になっていたのですがそのリッカちゃんというのは誰のことです?」

「え? リッカちゃんはリッカちゃん。だってヘンリッカちゃんでしょ?」


 むしろ疑問に思うヘンリッカの方が変だとでも言いたげなイェレの表情にぐっと言葉が詰まる。


「いやだった?」


 さらに追い討ちをかけるように笑みを引っ込めて申し訳なさそうな顔を作られてしまえば、もうなにか異を唱える気さえ起きなかった。

 ヘンリッカは生まれてからこの方愛称で呼ばれたことが一度も無い。家族にとってすらヘンリッカはただのヘンリッカだったのだ。


 どうにも落ち着かない気持ちになって、ひとしきり視線をうろうろとさせた後に咳払いをする。


「……んんっ、まあ呼び方くらいなんでも構いません」

「ほんと? よかったー」


 どうにも慣れぬ距離感に調子を狂わされてしまう。


「さって、と……」


 一人でドギマギしているヘンリッカをよそにイェレは訓練用の人形の前に対峙すると、非常に能天気で明るい声を上げた。


「リッカちゃん、オレに向かって魔術飛ばしてもらっていーい? 得意なやつ……炎でいいよ!」

「は?」


 いきなりなにを言い出すのだこの男は。


「あ、でも全力でやられると死んじゃうからかなり弱火でお願いねー。あと出来るだけ魔力の密度は濃くて薄くして欲しい。薄絹みたいなふわーっとしたかんじで」


 いったいなにを言っているのだこの男は。


 イェレの言うように魔力の密度や広がり方を制御すること自体はできる。

 だが魔術の威力に関係する密度はともかく広がりや薄さを制御するのは技巧的な領域で、治癒魔術士などは重視することもあるが攻撃系の魔術ではあまり重視されない。早い話どかんと一発高威力の魔術をぶつけてしまえばそれで済むことが大半だからだ。


 あまつさえこの男はそれを彼自身に当ててこいと注文してきているのである。気が狂ったとしか思えない。


「ムリかなー? キミならできると思ったんだけど」

「……っ! できます」


 だがそう言われて、できぬなどと言えるヘンリッカではない。

 そもそもヘンリッカは今までの人生ほとんどを魔術に捧げてきた人間である。たった十六年、されど十六年。その長い時間を魔力の密度を高めるのにはもちろんのこと、技巧的な部分を磨くことにも注ぎ込んできた。

 器用な使い方ができれば、そのぶん魔獣相手に執れる戦法の幅も広がる。重視されないことが多いだけでそういった方面で活躍している魔術士だっているのだ。それに大半が才能に依存する魔術の中でも、そういった技巧的なことは努力が結果に反映され易いのも実にヘンリッカ好みだった。


 この状況に疑問は尽きないがやってやろうじゃないか。本来ならば教官が監督している訓練以外で生徒に怪我を負わせることは厳禁だが、――得意というわけではないが――治癒魔術だって使えるし幸い今ここは無人。


 要はバレなければいいのだ、バレなければ。


「……わかりました。火傷する程度に留めますが後悔しないでください。大丈夫、ちゃんと傷も残らないように治します」

「りょーかい!」


 覚悟を決めたヘンリッカはゆっくりと人形に対峙したままのイェレに近づく。遠くから魔術を放てばどうしても勢いがついてしまうため、薄絹のようなという注文を遂行するのが難しくなってしまう。至近距離からそれこそ布のようにかぶせるのがいいだろう。


 すっと持ち上げられたヘンリッカの優美な指が素早く光芒を走らせて複雑な文様を描き出してゆく。

 それはまるでレースのように繊細で美しい魔術印だ。しっかりと始まりと終わりを結び終えたヘンリッカが、最後にとん、と印の中央を弾くとふわりと炎のヴェールが広がった。


「……え?」


 そのまま彼の肌を舐めて軽く焦がすはずだった薄い炎が、一瞬だけなにかに抵抗するように揺らいだあと、すっとイェレに吸い込まれていくように紅い燐光だけを残して消えてゆく。

 ヘンリッカが間抜けな声を上げて――眼前でなにが起きているかも理解できないまま――呆然とその不可思議な現象を見送っていると、イェレの持つ青白い刀身に炎が絡みつくように巻き付いていった。


「ああ、やっぱり」


 紅い炎でその瞳さえも(くれない)に染め上げながら、イェレがうっとりと笑う。そのまま軽やかな太刀筋で人形を切りつけると、彼の剣先を包む炎が人形の表面をなめた。彼を纏っていた燐光が一瞬だけ収縮し、それから弾けるように空気へと溶け込んでゆく。


「……初めての合同訓練のときに見てからずっと思ってたんだ。組むなら絶対キミ以外ないって」


 *


「今のはどういうことです!?」


 まるでヘンリッカの魔力を吸収したような先ほどの光景。あんなものを見せられて興味を抑えることができる魔術士なんてきっといないだろう。もう彼が剣を鞘に収める暇すら待つことはできなかった。

 弾けそうなほどの好奇心に突き動かされイェレとの距離を一気に詰めたヘンリッカは、そのまま思案するように軽く頭を傾けるイェレを食い入るように見つめる。そんなヘンリッカの様子にイェレは小さく笑って黙り込んでいたが、やがて考えをまとめたのか首を元の位置に戻すとゆっくりと口を開いた。


「えーとね、オレって魔力はないんだけど魔力を纏うこと自体はできるんだよね」


「……纏魔(てんま)というのは人に魔力を纏わせる魔術なのではないんですか?」

「んー説明がムズいんだけどメリルートって体質的に魔石に近いっぽい?」


「魔石、ですか?」

「うん、そんでちゃんとしたメリルートは魔力にもその性質を乗せられるんだよー。だからみんな魔力を纏わせるって言うけどオレら(メリルート)側からしたら魔力に他のものを纏わせているって感覚の方が近い。もちろん魔力のないオレにはできない芸当だけど、腐ってもメリルートだから体質だけはしっかり受け継いだってワケ」


 確かに魔石もそれ自体が魔力を作り出せるわけではない。魔石が魔力を滞留させる仕組みは未だ解明されていないためいまいち腑に落ちた感覚はないが、メリルートしか持ち得ぬ魔術の一端を掴んだ気がして非常に興味深かった。


「なるほど……」

「あ、でもリッカちゃんの本気の攻撃受けたらフツーに死ぬからやめてね?」


 限界容量のようなものがあるのだろうか。続くイェレの言葉にヘンリッカはふむふむと頷く。

 薄く広くと指定があったのを考えると纏える魔力の質にもなにか条件があるのかもしれない。確かに無制限に纏えるのだったとしたらメリルートは今頃何人(なんぴと)も比肩できないほどの功績を積み上げているだろう。人間が扱う魔術とは違うが魔力を攻撃手段に使う魔獣だっているのだ。その有用性といったら計り知れない。


 そこまで考えたところで、ヘンリッカは改めてイェレのあまりの無謀さに思い至って呆れかえった。


「あの、成功したからいいものの、失敗したらどうするつもりだったんですか……?」

「そこはほら、信じてたからー」


 ついさっき初めて言葉を交したような人間のいったいなにを信じられると言うのだろうか。

 せめて事前に説明されていたならばまだしも、ヘンリッカはただイェレの雑な注文に応えただけだ。もちろん火傷で済むような威力に調整したし治療だってするつもりではいたが、それにしたって自ら火中に飛び込むような危険な行為である。

 ヘンリッカだって手が滑って意図せず高威力の魔術を放ってしまうことだって――天才たる彼女にそんなことはあり得ないが、絶対という言葉だってあり得ないのだ――あるかもしれないのに。


 せめて補助系の魔術を指定するとかやりようはあったはずだ。確かにメリルート以外で補助系の魔術を使える魔術士は数少ないが、ヘンリッカは一通り習得している。効果が数秒でも使い道はそれなりにあるからだ。


「あー……、ごめんね。オレも勢いでやってもらったほうがやりやすかったから」


 じわじわと寄せてきた後悔とも怒りともつかぬ感情によっぽど変な顔をしていたのかもしれない。眉根を寄せるヘンリッカを見て苦笑いを浮かべたイェレはその表情の理由を察したのか、軽く謝罪しながらもそれ以上の言い訳を述べるつもりはないらしかった。

 イェレがなにを思ってそうしたのかはヘンリッカにはよくわからなかったが、こうして無事成功したのだからあまり長々と引っ張るようなことでもないだろう。息をついて彼のヘーゼルの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「……理屈はわかりました。ですが何故私なのでしょうか」


 イェレがこうしてヘンリッカに声を掛けてきたのはパートナーに志願するためだ。

 受け入れられないと、そう思っていた申し出。だがこの騎士の特異性を見せられた今となっては、正直ヘンリッカの心は大分動かされていた。


「どんな魔力でも纏えるってわけじゃないからねー。キレイな魔力じゃないとダメなんだ」

「綺麗な魔力って……そんな、見えるみたいな言い方」

「見えるよ。見えるからリッカちゃんじゃないとダメだって思ったんだ」


 それでももう一歩背中を押すなにかが欲しくて問えば、イェレはこともなげにそう言った。

 どこまで本気なのかはわからないがメリルートならばそういうこともあるのかもしれない。それでもヘンリッカには理解しがたくて微妙な顔をしていると、イェレはだらしなく緩んでいた顔を少しだけ引き結んで、代わりに優しげな微笑みを浮かべた。


「リッカちゃんの魔力ってすごく滑らかで繊細で……ほんとにキレイなんだ。練度と魔力の滑らかさは比例する傾向にあるんだけど、いったいどれくらいの時間をかけて努力をしてきたのかな? ギリギリ行けるかなって人もいたけど、一目見てから絶対にリッカちゃん以外あり得ないって思った」


「……っ」


 どきり、とヘンリッカの胸が軋むように高鳴る。


 こうして重ねてきた時間を褒められたのはいったいいつぶりのことだっただろうか。いつしかヘンリッカにとっても、そして周りにとっても当たり前の光景になっていたそれは、ミルカという圧倒的な才能の前に脆くも崩れ去ったヘンリッカのプライドの源でもあった。


「オレはキミとなら纏魔(てんま)になれる。リッカちゃんならメリルートが扱えないような魔術もたくさん使えるし、そもそも纏魔(てんま)って攻撃系の魔術は他人に付与できないんだよねぇ。だからオレたち二人ならきっと色々と応用が利くと思わない?」


 確かに本来のメリルートが扱うのは補助系の魔術ばかりで、さきほどイェレがやってみせたような攻撃系の纏魔(てんま)は聞いたことがない。魔獣には特定の魔術を弱点する種類も多く、騎士の攻撃に魔力が乗せられるというだけで十分魔獣にとって脅威となり得るだろう。


 それにその多くがより力を生かせる第一師団に所属し、対多数への魔術を中心に扱う纏魔(てんま)の魔術士とは違いヘンリッカとイェレは二人きりのパートナーになるのだ。汎用的なものではなくただ互いの強みを活かすことに特化した戦術を立てられると思えば、応用方法はそれこそいくつだって考えられるだろう。


 ヘンリッカの脳裏に様々な可能性が浮かんでは消えて、なにかそわそわとするような感情が膨れあがっていく。これはたぶん未来への希望だとか好奇心だとかそういった類いのものだ。彼がヘンリッカと組むことによって纏魔(てんま)の騎士になれると言うのならば、ヘンリッカにとってイェレは費やしてきた時間全てを生かせる唯一の相手となるのかもしれない。


「ねえリッカちゃん。……オレの、パートナーになってくれませんか」


 イェレの翠玉と琥珀が混じり合ったような瞳が揺らめいて、ヘンリッカの視線を縫い止める。つい先ほど聞いたばかりのその台詞が、先ほどとはまるで違うように聞こえるのはきっと気のせいではないだろう。

 もうヘンリッカの心はすでに決まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。