03-1
目下ヘンリッカの頭を悩ませている問題を説明するには、まずヴィフレア軍について説明する必要があるだろう。
ヴィフレアが誇る軍事組織は古来より魔の森に沸き続ける魔獣から自国の民を守るために創立されたものだが、現在の軍は大きく四つの師団に分かれている。
対魔獣師団はその内の二つ、第一師団と第二師団だ。
第一師団は小隊から中隊の規模で大型の魔獣や群れを成す魔獣を退治することを専門としており、第二師団は小回りの利かない第一師団の代わりに二人組で各地を周り、地方の村や町の自警団では手に負えない魔獣を退治して回る。
それぞれ役割の違う師団だが、ヘンリッカが所属を希望しているのは第二師団だった。
いや、ヘンリッカだけではない。特に上位成績者ならそのほとんどが第二師団を希望しているだろう。
第二師団はヴィフレア軍の花形なのだ。
指揮力や連携力といった能力が重宝される第一師団と違って、個々の戦闘力がなによりも重視される第二師団には歴史に名を刻むような華々しい活躍を遂げた英雄たちが過去何人も所属していた。子どもたちが憧れる『ヴィフレア軍人』といえば、例外はあれどだいたいは第二師団に所属する英雄たちのことだ。
例えばヘンリッカの尊敬する長兄ユリウスはその華やかな容姿も相まって獄炎の魔術士として国民の間で絶大な人気を誇り、名を馳せている。
正直格好いい。めちゃくちゃ格好いいのだ。
身内の欲目が多分に含まれている可能性は否定できないが、物心ついたときには既にキルカ=サラスト期待の星として活躍していた十三歳年上の兄の背中を見て育ったヘンリッカは、兄への敬愛心を完全にこじらせていた。
あの素晴らしい兄を生み出したヴィーアライネの血筋をけして汚してはならぬ。兄のように第二師団に所属して兄のように活躍をするのだ。彼女の並々ならぬ努力の原動力がその思いに起因するのは間違いないだろう。
そうして人生のかなり早い段階から第二師団に所属することを決めてしまったヘンリッカは、当然希望の第二師団に所属するための試験を受けるつもりだった。
キルカ=サラストは三年制の軍事学校である。
まず一年目に軍人としての基礎的な訓練をこなしながら作法、戦術を学び、師団所属試験を経て二年目には早くも所属師団が内定した状態で残りを専門的な訓練に費やすことになる。
そして今は一年目の十ヶ月目。
そう、師団所属試験はもう一ヶ月半先まで迫っている。
この師団所属試験だが、まず第二師団から始まり、次に第一師団、そして最後に第三師団――ちなみに余談だが第三師団は魔獣相手ではなく主に犯罪者の取り締まりや他国からの攻撃などから国を守る役割を担っている――の順番で執り行われる。第三師団試験にも受からなかった場合は残念ながら退学だ。
例え第二師団に落ちても、順繰りに試験を受けていくことになり、もちろん最初から第三師団に所属希望の生徒は最後の試験だけ受けることになる。
最初に第二師団の試験が行われる理由は、ひとえにその人気と採用難易度の高さ故だ。
だが第二師団が少数精鋭の狭き門だとしても、ヘンリッカは序列二位。このキルカ=サラスト第百七十八期生で二番目に成績優秀な魔術士である。順当にいけば当然受かるはずだし、ヘンリッカ自身もキルカ=サラストの生活が半年を過ぎるくらいまでは何一つ不安に思うことはなかった。
さて、ここで冒頭のヘンリッカの頭を悩ます問題へと戻ろう。
第二師団は二人組で行動する師団である。その二人組は原則前衛の騎士一人、後衛の魔術士一人で構成されることになっており、誰かどこぞの上官が相性を見ていい感じの組み合わせを考えてくれるわけではなく、いたって原始的なことに本人たちの自己申告制だ。
そして第二師団の所属試験は騎士と魔術士の二人組でなければ受けられない。
在学二年目以降にペアの組み替えが行われた例がないわけではないが、基本的には試験の時に組んだパートナーがそのまま師団正式所属後のパートナーになるのである。
つまりそのパートナーは選びは、キルカ=サラストへ入学した瞬間からもう始まっているのだ。いや、それどころか入学前からすでに約束している者たちだってけして珍しくはない。
だがヘンリッカは入学する前も、した後も比類なきぼっちである。
そう、ヘンリッカは試験に共に挑むパートナーが未だに見つかっていなかった。
*
だいたいヘンリッカの華麗なる人生計画によると、入学した瞬間から彼女は引く手数多、今頃騎士科の生徒から声がかかりまくっている予定だったのだ。
確かに入学前から将来は俺とお前の二人で第二師団に入って大活躍するんだ! だなんて子どもっぽい約束を交し、実際そのまま本当に入学してきて、果てはそのまま本当に大活躍なんて例はある。だがヘンリッカのような才能溢れる人間の場合は入学後に吟味してパートナーを選ぶ方が一般的だった。
もし実力に釣り合いが取れていなければ、長くペアを組むにあたって絶対にどこかで破綻が起きてしまうだろう。せっかく第二師団に所属できたのにパートナーとの相性が悪く解散することになっただなんて話はざらだし、解散後即別の師団へ異動とはならなくても二回目のパートナー選びはかなり難しいと聞く。けして少なくない人数が結局は異動することになるそうだ。
もちろん他師団へ異動になっても返り咲く機会がないわけではない。しかしヘンリッカの将来は輝かしい英雄なのだから、その人生には一点の曇りもあってはならない。
だから彼女はこの十ヶ月の間に何度もあった騎士科との合同訓練の際にも慎重に見極める必要があったのだ。
けして声のかけ方がよくわからなかったわけではない。
それにヘンリッカだってもちろん、今までただぼうっと眺めていたわけではない。すでに彼女にとってふさわしいパートナーのあたりはつけていた。
そして今まさにその人物に会いに行く真っ最中なのだ。普段は自主訓練に当てている非常に貴重な時間を割いて、ヘンリッカは魔術科の校舎と騎士科の校舎を繋ぐ廊下を急ぐ。
彼女がなけなしの対人スキルをどうにか発揮して同級生から聞き出したところによると、目当ての人物は放課後毎日騎士科の広い中庭の片隅で剣を振るっているらしい。
ちなみに残念ながら彼女の努力により奇跡的に得た特別な情報というわけではなく、誰もが知る周知の情報だ。
無駄に長い廊下を突っ切って、いささか注目を浴びながらようやく中庭へ辿り着いたヘンリッカはきょろきょろと周りを見渡しながら歩き、ようやく探し求めた男を見つけた。
ライネ・へリスト。
騎士科序列第一位の実力を誇る大剣使いの男だ。
あのミルカを越える英雄になるにはパートナーも最高峰でならねばならぬ。実に安易な考えからなる選定だった。
しかしヘンリッカが一度も話しかけたことのない異性にほいほい声をかけられるような対人能力を持っているはずもなく、ひとまず真剣な顔で素振りを続けている男のことを木陰から観察してみる。
すっきりと短く整えられた銀鼠色の髪の毛に、深い紺色の瞳。引き結ばれた唇は非常に真面目そうでヘンリッカ的に好印象だ。生まれた瞬間からた魔術一辺倒だった彼女に剣技の実力をはかれるような観察眼はないが、その太刀筋は今まで見た誰よりも鋭いように思えた。
さすが第一位。
しばし所作に見惚れて、はっと気がついたように拳を握りしめる。
序列一位の彼が未だにパートナーを決めていないかどうか、正直なところヘンリッカは賭けだと思っている。だが、誰と組んだとかそういう話も聞こえてきてはいない以上、まだ目は残されているはずだ。むしろ奪うくらいの気概でいくべきである。
「ライネ・へリストさんですね」
気合いを入れてばさりと制服のローブを翻しふわりと長い髪の毛をなびかせ、出来るだけ堂々と見えるように木陰からゆっくりとライネの元へと歩み寄る。
「なんだ」
ライネは武術家らしくヘンリッカの気配に気がついていたのか、特に驚く様子もなく腕を下ろすと視線だけをちらりと彼女へと向けた。彼の表情に笑顔はない。
「今度の第二師団所属試験、この私ヘンリッカ・タイカ・ヴィーアライネと組んでいただきたいのです」
ライネはヘンリッカの言葉に夜も更けた空のような色の瞳を少しだけ伏せると、すぐについと視線を逸らして再び剣を構えた。
「……悪いが、断る」
思った以上に渋い反応に、思わず視線が揺らぐ。
断られる可能性だって十分に予想していたはずなのに、まったくヘンリッカに興味の無さそうな彼の反応にはやくも心がくじけそうだった。
「理由を教えてもらえないでしょうか」
だがここで折れるわけにはいかない。ヘンリッカは食い下がるように一歩前へと歩み寄って更に言葉を重ねた。
「私とあなたが組めば一番の成績で合格することだって難しくないでしょう。あなたにとっても悪くない話のはずです」
「先約がある」
「! せ、先約……。そ、そうですか。ですが、ですが一度どちらと組むのがより最良か再考を検討いただくことはできませんか?」
「古い約束だ。再考の余地はない」
おのれお前もか。
「ど、どなたと……組むのですか」
剣術以外のことには淡泊そうなライネが子どもの頃から誰かと第二師団を目指すような人間であったことに驚く。唇を噛みしめながら、それでも諦めることができずに己の口から飛び出した言葉に、うっすらと後悔の念が忍び寄った。虫の知らせとでもいうのか、何故だろうか、ほんの少しだけ嫌な予感がした。
「……ミルカと」
その名を聞いた瞬間、ヘンリッカの全身に走った衝撃をなんと表現しようか。
騎士科序列第一位と魔術科序列第一位が組むことへの圧倒的絶望感と言うべきか。
「……っ」
気がつけばライネは訓練へと戻っていて、思わず言葉を失ってしまったヘンリッカの存在などもうすっかりと忘れ去ってしまったかのようだった。そのストイックさは同じく寝る間も惜しんで訓練に勤しむヘンリッカには非常に好ましい姿勢であったが、だからこそ惜しくてたまらない。
序列一位同士が組むという話題性に反してそれがまったくヘンリッカの耳に入ってこなかったのは、人の目につくところで成された約束ではないせいだろうか。確かに平民同士である二人の間にあった古い約束を知るものなどいるとは思えない。
すでにミルカと組むことが決まっていると知っていたら声などかけなかったというのに。
「……わかりました。お時間とらせて失礼しました」
またプライドに小さな傷が入ったのを自覚しながら、それでも平気なふりをして足早にその場を去る。
別に第一位同士で組んだからといって、優れた成績を約束されているわけではないのだ。こと複数人での戦いにおいては個々人の実力よりも、そもそもの相性やいかに連携が取れているかが重要だったりもする。
ヘンリッカが第一位に目を付けた経緯でその相性をきちんと念頭に置いていたかどうかはともかくとして、頭を切り換えて次の候補を探すべきだ。そう自身に言い聞かせて目当ての人物を探すために視線を巡らせる。
一位がダメなら二位。
まったく懲りないヘンリッカが次に探すのは騎士科序列第二位、ソニヤ・ミエッカ・パーシヴィルタだ。




