13-2
だいたい、らしくなかったのだ。
「ちょっと待って、リッカちゃん……!」
ヘンリッカは昔から一度手に入れると思ったら妥協はしなかった。東の果てに貴重な魔術の本があると聞けば自らだって長旅に出たし、西の果てに珍しい魔道具があると聞けば全財産をはたいて買い付けた。
誰に何を言われたって自分が正しいと思うことを信じたし、正しい選択をしたいからこそ知識や他人の意見を蓄えることを厭わなかった。
その対象が魔術ではなく、人になったからと言って何が違うというんだろうか。ゆっくり進展していければ、だなんてあまりにヘンリッカらしくないまどろっこしさだった。
「リッカちゃん、危ないから!」
「うるさいです! 大人しくついてきてください!」
「えっ、あっはい」
ヘンリッカの手のひらでは収まりきらないイェレの手首をギュッと掴んで、ぐいぐいと引っ張り続ける。後ろで喚いていた声は一喝するとすぐに大人しくなった。
当然だ。
ヘンリッカは茶会で累計十人の少年を怒鳴りつけて泣かせたことがあるのだ。イェレごとき黙らせるのは容易い。
注目を浴びていることを自覚しながらも廊下をずんずんと進んで、ひたすら人気のない方を進む。どこに向かっているのかヘンリッカ自身もよくわからないが、誰かに邪魔されない場所ならどこでも良かった。
ようやく視線が無くなった頃に適当な無人の講義室の扉を開けてイェレを放り込む。よろけた彼は講義室に並んだ机に手をついたものの、さすがの身体能力で転ぶことはなかった。
後ろ手に扉をしっかりと閉めて、イェレに詰め寄るとバンと手のひらを机に叩きつけて逃げられないように閉じ込める。当然イェレの方が体格がいいのでいささか不格好だったが、ヘンリッカにとってはどうでもいいことだった。
「ええと、リッカちゃん?」
「イェレ、私、結構美人ですよね。初めて会った時イェレもそう言ってくれました」
「え? そ、そうだね」
「美人と思っているんですね!?」
「は、はいっ、思ってます」
「魔術はミルカさんには敵いませんが、天才といって差し支えないはずです。イェレの纏魔とも相性がいい」
「……もちろん」
「家柄がいいので躾もよくされています」
「うん……?」
「なにごとにも努力を惜しみませんし、根性もあります」
「それはもう」
「性格は、性格はその、ちょっと人を選ぶような気がしないでもないですが、イェレが嫌だと思うところがあったら直します!」
「嫌なところなんてないけど。かわいいよ?
」
「そ、それと。そっ、その、結構スタイルもいいと自負しています。ぬ、脱いでも自信あります……イェレが望むなら私の体を好きにしてくださって構いません!」
「はっ!?」
実際に体感してみろとばかりに体を押しつけようと試みて、結局できずにあまりの恥ずかしさに手のひらで顔を覆う。
「うう……なので、なので、私の恋人になってください!」
ひたすら言葉を重ねている最中でさえ、途中でイェレの顔を見ることはできなくなっていった。あまつさえ最後の言葉を言い放つ瞬間ですら顔を覆った手を外すこともできないまま落ちた沈黙に震える。
何故なにも言ってくれないのだろうか。
長い、それは長い沈黙に耐えかねてしまいそうになったころ、ようやくぽつりとイェレの声が頭上から降ってきた。
「あの、さ……もしかして……もしかしてなんだけど、リッカちゃんオレのこと好きなの?」
「っ!? これだけ言わせてなにを言うんです!?」
本当に、なんてことを。
あまりにあんまりな言葉に思わず頭に血が上りそうになって髪の毛を振り乱してイェレを見上げる。
怒りにまかせて恨みごとをぶつけてやろうかと思っていたのに、そこにいたのは耳まで赤く染め上げたイェレだった。
たぶんこれはもしかしなくてもさっきまでのヘンリッカと同じ状態だろうか。
怒りも忘れてぽかんとそれを見つめる。
「待って、ごめん……ちょっと待って……ウソだろ……」
口元を手で押さえて、忙しなく視線を揺らして。
赤く染め上がった眦と潤んだ瞳に、ヘンリッカの方が動揺させられそうだ。再び落ちた沈黙に、今度は違う意味で落ち着かなくさせられてぎゅっと両手を組んで握りしめる。
「そんなに動揺しなくても……イヤ、でしたか?」
「そんなわけない! だって、その、オレもリッカちゃんのこと好きって言ってたじゃん……」
「あ、あれ本気だったんですか!?」
心当たりはあった。
彼の冗談めいたその言葉に何度か動揺させられていたからだ。というかわりと日常的に言われていたような気がする。だけどそれこそ冗談だと思っていたのだ。だってイェレの態度はいつだって同じようで、そこに色めいた感情なんてちっとも見えなかった。
「いや、ごめん。それはうん、間違いなく本気だったんだけど、わざと冗談に聞こえるように言ってた、ので」
「なっ、なぜそんなことを」
「それは……オレなんかに好かれてもリッカちゃんが困るかと思って」
でも言わずにはいられないくらい好きだったんだ。
そう空気に溶けるように告白されたイェレのそれは、どう考えてもわりとひどいヘタレ行為ではないだろうか。内心そう思いながらも肩にぽすんと頭を当てられて囁かれ、きゅんとしてしまったヘンリッカはもうおそらく手遅れだ。完全なる破れ鍋に綴じ蓋である。
最近薄々思っていたのだが、どうやら軽薄な雰囲気に隠されたイェレ本来の姿はずいぶん自己評価が低いらしい。出来損ないと言われて育ってきたのだから――いくら自尊心の高いヘンリッカにだって――そうなってしまったのは理解できる気もする。彼が他人をよく褒めるのはその性質の裏返しなのかもしれない。
「あー、ほんとごめん! オレサイテー……お願いやり直しさせて!」
しんみりとした気持ちで金色の頭を眺めていると、突然イェレが顔を上げて真っ直ぐにヘンリッカの瞳を捉えた。
「は、はいっ」
勢いに圧されてこくこくと頷くとイェレのヘーゼルアイがほんの少しだけ和らいで、それから机に寄りかからせたままだった体がすっと伸びる。気がつけば思った以上に近い距離に動揺して一歩後退ろうとしたのに、名残惜しそうな視線に捕まってそれ以上体を動かせなくなってしまった。
「……正直、ほぼ一目惚れだったんだ。魔力と……リッカちゃんの自信に満ちた表情がホントにキレイで、すぐに目が離せなくなった。
でも話すようになってからもっと好きになっちゃって。努力家なのは魔力を見た瞬間にわかってたはずなのに、思ってたよりもずっとひたむきで、それに、すごくかわいくて」
「か、かわ、いい、ですか?」
滅多に言われることのない言葉に頬が熱を持つ。
「うん、すぐそうやって照れるところとか。あと……リッカちゃん、普段すごく大人っぽいのに魔術の話をするとき、子どもみたいなキラキラした目してるんだよ」
イェレの熱っぽい視線に絡め取られてドキドキと胸が高鳴った。
ヘンリッカばかりがイェレのことを好きでいたような気がしていたのに、イェレもそんな風に見ていてくれたなんて知らなかった。
内側に響く柔らかな声に幸福感が膨らんで胸が破裂してしまいそうで、苦しい。
「リッカちゃん……、好きだよ。これからは冗談なんて思わせないように、いっぱい大切にするから」
苦しくて、切なくて、嬉しくて、もう抑えることなんてどうやってもできそうになかった。
「私も! 私もイェレが好きです!」
飛びつくようにイェレの胸に体を寄せて、当然のように返ってきた熱を享受する。背中に回された大きな手のひらから伝わる温度が幸せで堪らなかった。
そうしてしばらく熱を分け合って、それからするりとヘンリッカの髪の毛を撫でた指先が頬を伝って顎を持ち上げる。欲を孕んだ視線を投げかけられてしまえばイェレが何をしたいのかがすぐにわかって、また頬が熱を持った。
「触れても?」
「……はい」
そっと目を閉じて待っているとほんの少しだけ間が空いて、すぐに柔らかな感触が唇に触れる。その甘やかな幸福を受け入れながらヘンリッカは小さく決意した。
イェレがいっぱいヘンリッカのことを褒めてくれたように、これからはヘンリッカがイェレのいいところをたくさん教えよう。
きっとこの先いくらだってその機会はあるだろうから。
「イェレ! 約束していたお話をしましょう!」




