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異世界遭難インシデント記録~隻腕エルフが現地に適応するまで~  作者: はくりん
序章~森林山岳地帯からの生還およびそれに付随する一連の出来事について~

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007 露見

 静けさが漂う暗く閉ざされた廊下から、軍靴が床を踏み鳴らす硬質な音が響く。

 部屋から漏れ出るわずかな光の中に、暗闇を割って姿を現したのはマクミランだった。

 彼女は能面のような無表情を崩さぬまま、ベッドの足元まで歩み寄ると静かに口を開く。


「ミリアム、ご苦労だった。情報を持っているかどうかなど、端からさして重要ではない。問題は、エルフの小娘が悪性か善性のどちらなのかを判断することにある。それにバルツ軍事帝国の生体兵器の件もある、見た目で判断することはできんのでな。」


 こちらに向き直ってマクミランが見下ろす。

 だが、その表情は先ほどまでの鋭い眼光は収まり、口角が僅かだが緩んでいる。


「さて、改めて自己紹介をしておこう。私の本当の名前はザリーナという。この王国の騎士団長を拝命している。さて、貴様が人畜無害であることはミリアムが証明してくれたが、先の問答には不審な点がいくつかあったな。答え合わせをさせてもらうぞ。」


 心臓が跳ね、冷たい汗が背中を伝う。私は必死に無垢な子供を装い、震える声を絞り出す。


「そんな……全部本当のことです。」


 会心の演技だった、と思う。

 少し眉を八の字に寄せて、悲し気な顔を作り、上体を僅かに浮かせ、マクミラン……改めザリーナとの距離を物理的に縮める姿勢を見せることで『本心からの懇願』を印象付ける。


 だが、それは意味のない足掻きだった。

 ザリーナは左腕に巻かれたブレスレットを、腕時計を見るかのような仕草で見つめ、小さく息を吐き出した。

 ブレスレットに嵌められた宝石は鈍く濁った赤色の光を放っていた。


(……あれ、最初からあんな色だったか?)


「…こちらも、ネタばらしをしてやろう。貴様の手足に付けられた鎖は魔導具の端末だ、本体は鎖を辿ったベッドの下にある。その魔導具は、魂と肉体由来の魔力の揺らぎを観測する代物でな。元々は魔族に肉体を乗っ取られた者を尋問するために作られたものだが……理屈抜きに言えば『意図して事実を伏せたり、取り繕った嘘偽りは一切通用しない。』ということだ。その精度は100%本物。欠点を挙げるとすれば、生産する際に使用する最上位竜種の魔石を始めとして、材料の確保が困難で量産向きでは無いということぐらいだろう。」


 嘘だ、と思いたかった。

 ポリグラフ(うそ発見器)は現代の地球にも存在するが、それは『発汗や脈拍などの生理反応を観測する道具』であって本当の意味で『嘘を見抜く道具』ではなかった。

 こんな道具が地球にあったならば、いったいどれだけの冤罪が防げただろうか。

 だが、ザリーナの目は真剣そのもの。既にこちらの反応を試す段階は終わり、完全に手札を握られた上での尋問に入っていた。


「……なんでそんなことを、態々私に話すんですか?」

「見ていれば分かることだ。ミリアムが情をかければ、貴様はそれに応えようとした。受けた恩義を仇で返せぬ性質なのだろう。ならばこちらは提示できる情報を段階的に与え、この徐々に拘束を解いてやるだけだ。そうすれば、貴様は逃げ出すどころか、自ら進んでこちらに協力するようになる。本質はそう簡単に変えられる物ではない故、この情報も開示して構わん。事実、そうだろう?」


 全てはザリーナの掌の上だった。


 そこからの尋問は一方的だった。私自身の体験を脚色せず正直に話す。

 

 顔を赤くして話すことを躊躇うと、首筋に殺気を込めた冷たい金属の先端を押し当てられ、ブレスレットというフィルターを通してこちらの嘘は丸わかりであった。

 完全に詰んでいた。


 私が、異世界の日本という国に住むただの労働者だった記憶があること、その世界には魔法が存在せず科学によって人類が繁栄していたこと、気が付いたらこの世界にいたこと、エルフの少女になっていたこと、登山の経験を生かして何とか上手くやっていたところフォレストベアに襲われ死にそうになったことなどの全てを明かした。


 途中途中でザリーナやミリアムと私の知識を共有し、こちらの世界の認識しやすい言葉に変換して尋問は進んだ。


 語り終えた後、ベッド脇の椅子に腰かけたザリーナとミリアムは互いに顔を見合わせ、眉をひそめている。


 私に向き直って、目を細める。


「にわかには信じ難い話だ。貴様の言うところの『転生』だったか?そのような事象は聞いたことがない。この魔導具が無ければ、ただの妄言か、三流のスパイだと断じていただろう。こちらの疑問は一旦は解消した故、尋問はこれにて終了とするが…まぁ、貴様の身体のことは、災害に遭ったと思って諦めろ。」


 私の頭から爪先までゆっくりと視線を移動させる。


 珍しい生き物を見つめるような視線に顔が熱くなるのを感じる。

 鏡を見なくとも、私の顔が真っ赤になっていることが容易に想像できた。


 ザリーナがミリアムに命じて水を飲ませてくれることになった。

 ミリアムはベッドの四隅を回って鎖の長さを調節し、私の上体を起こすのを手伝う。彼女の助けなしには起き上がるのも一苦労だ。

 私の身体は2週間もベッドの上から動かなかったこともあり、相当筋肉量が落ちていたようだ。

 補助を受けて起き上がっても、首を割れたガラスで撫でられたかのようなズキズキとした痛みが襲い、頭を持ち上げようとしただけで視界が白く明滅した。


 廃用症候群の初期症状といったところだろうか。尋問が終わっても、これからはリハビリ生活が始まりそうだ。社会復帰は一体いつになることかと思い悩む。

 だが、幸いなことに『褥瘡』つまり皮膚の壊死は無かった。

 不思議に思って尋ねると、ミリアム医師曰く、軍の衛生保持や被疑者死亡を防ぐために体位変換と清掃を定時的に行ったが、目が覚めて暴れたり逃走されては困るので筋萎縮防止目的のリハビリはしていない。とのことであった。先ほどまで『敵である前に病人である』等と口にしていたのは本当に演技だったと改めて自覚する。彼女は紛れもなく軍人だった。


 彼女は背後の棚から木製のカップと細長い棒状のものを取り出し、小走りに近寄ってくると、私より低い位置に腰かける。

 サイドテーブルにカップを置き、中身が空洞の棒状のものを挿し入れると『湧け』と呟いて両手をかざした。

 彼女の両手を薄い青色が僅かに発光して覆うと、コップの底から水が湧き出てきた。

 恐らくはこれが魔法なのだろう、そういえばあのフォレストベアの放った不可視の攻撃もこのような発光現象があった。


「はい、ここから吸って飲んでねー。」

 

 砕けた態度でそう言うと、彼女は笑顔でコップとストロー?を私の口元へ運んでくる。


「……これは、水…ですか?飲んでも大丈夫なんでしょうか?魔法で生成したものに見えましたけど…」


 当たり前のように口元に運ばれたコップに溜まった透明の液体を見ながら、怖々とミリアムに尋ねる。

 彼女は小首を傾げて、その後納得したように頷いた。


「あぁ、魔法がない世界から来たんでしたっけ?この国…というより世界では、みんな魔法で生成した水を飲みますよー?井戸水を煮た物より安全だし、準備も要らないし、なにより美味しいし。」


 『いいから早く飲め』と言わんばかりにぐいぐいと顔にストローを近づけてくる。恐る恐る少しだけ口の中に招いてみると、なんと彼女の言うとおり美味しかった。

 まるで山の中で汲んだ獲れたての湧き水をいただいた時のような清涼な味に目を白黒させてしまった。


 確かに中世基準とみられるこの世界では、井戸水であっても煮沸消毒しなければ飲むのは危険であるし、魔法で生成した水が飲めるならばそちらの方が安全か、と納得する。


 しかし、自分自身では水一つ飲めないのがなんとももどかしい。

 何故このような石膏で固める必要があるのかを尋ねたところ、『治療の為と、魔導具の拘束具部分を隠す為』と言う話だった。拘束具と石膏は明日にでも取ってくれるようだ。


 一息ついて、ザリーナを見やる。

 尋問が終わったのに何故残っているのかと思っていると、彼女は腰に巻いた帯の先にある巾着から紙を緩くロール状にまとめたものと金属ペンを取り出した。

 紙は明らかに巾着から出るには大きかったが、ミリアムの方を見ても特別驚く様子もないのでこれも魔法なのだろう。


 ザリーナは画板に紙を固定すると、金属ペンの先をインク壺に浸けて何かを走り書きしているようだった。

 紙の上を金属が滑る音が止まり、サイドテーブルにペンを置くと、冷淡な眼差しが再び私へと戻された。


「さて、貴様に良いことと、悪いことを1つずつ教えてやる。どちらが先に聞きたい?」


 ザリーナの顔は冷酷な仮面を外し、悪戯を思いついた狩人のような薄笑いを浮かべていた。

 

本話より、作中に登場した単語について少し補足させていただきます。

【廃用症候群について】

作中ではルナリスが長期の拘束・療養の代償として「廃用症候群」の初期症状に苦しんでいます。

脳血管疾患の後遺症や大きな怪我などで長期の安静を余儀なくされた方に多く見られる症状ですが、筋肉を全く動かさない期間が続けば、若い人であっても例外なく急速に進行します。

主に筋萎縮や関節の拘縮が知られていますが、それだけでなく起立性低血圧によるめまいなども重なるため、自分の意思だけでは自力で起き上がることすら難しくなります。

予防には早期に座位をとることや、ベッド上での手足の曲げ伸ばしが有効とされていますが、病状や治療方針によってはそれすら難しいケースも少なくありません。


【褥瘡について】

通称「床ずれ」

こちらもルナリスが気にしていた症状です。

同一体位を長時間とり続ける、かつ圧力がかかりその部位の血流が滞ることで、酸素供給や栄養供給が低下し、最悪皮膚が壊死します。

その前段階には皮膚が赤色を帯びたり、ただれたりします。

ルナリスの様にベッドに仰向けで寝ていた場合は、後頭部・肩甲部・仙骨部・かかと、が特に褥瘡が発生する可能性がある部位になります。

人間が無意識に行う、寝返りや腰を浮かせるといった動作、所謂「体位変換」によって予防が可能ですが、寝たきりなど、自身でそのような動作を取れない人がなりやすい症状といえます。


引き続き、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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