003 実査
グランベル王国、東砦内第四会議室。
中央に置かれた魔導式ランプが部屋の壁にに八人分の影を落とした。
深夜だというのに皆、その顔つきは鋭く、長机の奥に立つ王国騎士団長ザリーナが口火を切るその瞬間を、息を詰めて見つめていた。
荒い足音とともに一人、遅れて入室してくる者がいた。
肩には分厚い測量鞄と、工兵用の器材袋を担いでいる。
「ハァ…ハァ…ッ!申し訳ありません!遅れました!」
「いや、かまわん、機材の手配ご苦労だった。着席したまえ」
ザリーナは机の上から視線を上げると、咎める色も見せず男に着席を促す。
再度、手元の懐中時計に視線を落とした。
時刻は午前二時を少し回ったところだった。急な呼びかけに応えてくれた面々を前にザリーナの口角は少し上がった。
「…諸君、夜分遅くによく集まってくれた。話は伝令から聞いているな?時間はないが、念のため要点だけを繰り返す。」
ザリーナは背後の壁に掛かった地図のうち、漆黒に塗りつぶされた山岳地帯を指先で叩いた。
「午前一時五十六分のことだ、本所より北東の方角、推定距離八キロメートル、つまり山岳森林地帯にて、天を衝くほど巨大な光柱が約七秒間出現した。砦まで響いたあの地響き、音の反響は全員体験したとおりだ。この現象の正体を暴くのが貴官らの仕事だ。」
全員の背筋が、一段と硬く引き締まる。
「特に収集が必要な事項は三つある。
一つ、『現場の被害状況』。炎上や二次崩壊、周辺地域への影響はあるのか。
二つ、『脅威の有無』。敵の伏兵や部隊が留まっているか、砦への追撃の危険はあるのか。
そして三つ、『行使者の痕跡』。何者が引き起こしたかを示す足跡、遺留品、あるいは生存者の確認だ。
『何のために引き起こされたのか』という戦略的意図の分析は、諸君が持ち帰った事実を基に司令部が行う。現場で勝手な推測を交えるな。見たままの事実だけを持ち帰れ」
全員を見渡して、反応が良いことに頷くと、続けて言う。
「装備は氷点下作戦用の冬山装備を着用。移動には足自慢の軍馬を揃えさせた。これより四十分かけてポイントへ急行し、現場で二時間程度を想定した検分を行う。帰投は夜明け前を想定しろ。――質問はあるか?」
中年の筋肉質な男性が手を軽く上げて質問する。
「国境警備隊、曹長のガルシアだ。団長殿、現地で術者…あるいは他国の部隊と思しきものと接触した場合の交戦規程はどうする?交戦して拘束か、あるいは即時離脱か、確認したい。」
ザリーナは即座に返した。
「先にも説明をしているとおり、我々の任務はあくまで威力偵察にある。ましてや、砦を揺るがす程の術が行使できるときた。むやみに戦うのは得策ではない。……ただし、相手が消耗・負傷しており、無力化が可能と判断した場合に限って、生け捕りを許可する。」
続いて腕に軍医部所属を示す腕章をつけた女性が、肘を張って挙手し、質問した。
「軍医部所属の衛生軍曹のミリアムといいます。ポイントは隣国領との境界線、というよりも曖昧な緩衝地帯に極めて近いと見受けられます。ガルシア曹長の言うとおり、他国の兵士がいる可能性があるのもそうですが、国境侵犯や外交摩擦に発展する恐れがあると愚考しましたがどうでしょうか。」
「あいまいな緩衝地帯だからこそ、先に現場を押さえた側に主導権がある。『国境警備のための緊急事象調査』を理由に突っぱねろ、衝突を恐れて調査を遅らせる気は毛頭ない。―――ほかには?」
…五秒ほど質問を待って、全員が指示を飲み込んだのを確認した。
「よし。各員、防寒装備の最終点検へ!五分後に出撃する!」
夜の原生林を、松明の火と馬蹄の音が響く。
魔導式ランプでは明かりが強すぎるので、このような偵察任務では松明の方が重宝された。
ザリーナ率いる第三混成斥候隊は、閃光の発生源を目指して黒嶺樹海を急行していた。
森に入るといつもなら魔物や虫のさざめき、草を掻き分け動く音が聞こえるものだが、今日はいつもと様子が異なった。
まるでそこから生物が一切いなくなったような。不気味な静けさがあった。唯一水の流れる音だけが、辛うじて山はまだ死んでいない。ということを認識させた。
元猟師の斥候兵が、団長に声をかけて隊列を止めた。
馬から降りると、地面に指をつけ、残された動物足跡を撫でて言った。
「団長…ここらの動物どもは完全に逃げ散って行ったみたいだぜ。耳を澄ましても鳥の羽音も小型魔獣の足音も完全に聞こえてこねえ。」
伝令兵は顎を手で撫でながら、疑問を口にした。
「…では、相手は大人数で決まりという事でしょうか?見たことが無いほどたくさんの人が来たからびっくりして隠れちゃったとか?」
「そうじゃねえ、人が何人いようが警戒こそすれ、まったく居なくなるなんて滅多なことだ。圧倒的な力を持った個体が動物どもを追っ払ったとしか思えねえ。」
猟師であっただけに動物たちの行動にも詳しかった。
ザリーナは前方に広がる暗闇を見据え、振り返ることなく全員に言った。
「術者が軍隊にせよ、単体でも脅威な魔族にせよ、我々の目的は『情報を持ち帰る』ことにある。敵はまだ山中に潜んでいるかもしれん、松明を消して移動する。これから先は常に敵に見られていると考えて行動しろ。」
静まり返った暗夜の山中、僅かに風に揺られる枝葉の様子は、まるでこちらを誘うようだった。第三混斥候隊は、誘いに乗るように山奥へと向かう。
どのくらい進んだだろうか。
途中、風に運ばれてきた焦げ臭く、そして鼻を衝くような刺激臭に馬が騒ぎだす。
ザリーナは隊を止め、静かに告げた。
「ここから先は下馬してポイントへ向かう。魔法兵は偵察魔法で周囲を探知。動くものがあったら即座に知らせろ。」
ザリーナは全員が馬を付近の樹木に留めた後、隊列に着いたのを確認して、ハンドサインを出す。『総員進め』の合図だった。
山の中腹、ポイントに差し掛かり、第三混成斥候隊の面々はその風景の異常さを目の当たりにした。
ポイント周辺は夜空に浮かぶ星々が、背の高い樹木や枝葉に遮られずはっきり見えた。
森の中にいるはずが、いきなり山頂へ放り出されたようだ。
そこだけ煙突状に木々が切り払われ、天に向かう空洞が貫いていた。
谷間の中腹付近にこんな見晴らしの良いポイントができたのだ、現場付近でのろのろ残っている奴がいたら、証跡から簡単に敵を捕捉できそうなものだが、果たしてそうはいかなかった。
地面いっぱいに生え揃った霜が、唯でさえ不安定な足場をより一層進むことを阻む。注意を払って進もうにも、腰下は高熱化した物体が冷や水を浴びせられたときに発生する白煙が立ち込め、足元を完全に覆い隠していた。
小説投稿を始めてから、1話の文字数や更新頻度のバランスにだいぶ悩んでいます。
今回は更新ペースや読みやすさを考慮して、第3話を前後編に分割しました。
結果的に前後編で少し内容の重みが偏ってしまったかもしれませんが、その辺りも含めて試行錯誤中です。
今後もより読みやすくなるよう調整していきたいと思います。




