↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界遭難インシデント記録~隻腕エルフが現地に適応するまで~  作者: はくりん
序章~森林山岳地帯からの生還およびそれに付随する一連の出来事について~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/13

011 懸隔

 彼女が去った病室は、周囲の輪郭がぼやける程の静けさを保ち、ただ自身の全身を流れる血と魔力の脈打ちだけが響いて聞こえる。

 初日の、兵士たちの訓練を思わせる声や靴音は窓の外からは一切聞こえてこなかった。


 もう一度、意地になって床へ這いだそうとは思わない。

 いまや、興味は別の方に向かっていた。


 心の内では、ザリーナの言葉が尾を引いた。


『全身の隅々まで、魔力を浸透させるイメージを持て』

 

 それを、どのように身体強化につなげるのか。

 ただ浸透させるだけでいいのであれば、現状のままでも魔力は全身を通っている。

 きっと、そのままでは駄目なのだろう。


 何が違うのか、前世の引き出しを一段ずつ開けながら解釈を広げた。

 ザリーナは身体強化を魔法ではなく、技術と呼んだ。そして、魔法と相性が悪いとも。


 それは何故なのか……魔法は魔力を燃料に事象を発現すること。であれば、魔力が別の働きをしている場合は魔法の燃料にできないのではないか。

 なかなか筋の徹った解釈ではないであろうか。


 つまり、イメージの力で魔力を肉体に作用する『ナニカ』に置き換えて身体強化を図っている。

 だが、この異世界の基準で体内に即座に筋線維に作用する物質を構成できるのだろうか。ザリーナたちができると信じて止まないその根拠の源を喉から手が出る程欲した。動くはずの無い手が空を掴もうと伸ばす様子を幻視して、自嘲の息が漏れた。


 そのような都合の良い物質は現代の科学をもってしても発見できていない。あるわけが無い。

 アドレナリンと言ったホルモン物質や中枢神経を麻痺させる成分が脳内を過っては消えていく。そもそもそのような物質に頼ったところで、筋線維や骨格の強度が上がるわけでは無い。代謝によって生まれた熱によって血液が凝固し死に至る可能性がある。


(この異世界にしか存在しない成分なのか?!一体何に置換しているんだ!)


 堂々巡りの思考を断ち切るように、重い瞼を開いて思考の海から浮上した。

 開け放たれた窓の外には、地球と変わらない青空が広がっている。

 空を伸びる雲をぼんやりと目で追う。


 一つの大きな千切れ雲を、小さな雲の群れが取り囲むように流れていた。まるで、羊というご馳走を、役割を分担して追い立てる狼の群れのようだった。


(……狼の群れからザリーナを連想するなんて、どれだけあの人を恐れてるんだか)


 自嘲混じりに首を横に振った――その瞬間、脳天に電流が走った。


 身体強化術とは群れだ。単一の命令ではなく、役割を分担させた処理の並列化が本質なのではないか。


 考え方の前提が根本から間違っていた。身体強化とは薬理学によるものではない。

 生体力学と、マルチタスク制御の極致なのだ。


 ある魔力には油圧ピストンのように関節や腱を保護しつつ出力を上げ、別の魔力には異常発生した代謝熱を体外へ逃がす排熱処理を担わせる。さらに神経伝達のバイパスを敷いて反応速度を底上げし、同時に細胞のエネルギー枯渇を防ぐ。


 単一の強化魔法ではなく、複数の局所制御を同時に、並列で実行し続ける技術。


 それが、身体強化術……


 魔法と併用なんてとてもじゃないが、脳の処理が追い付かないのも頷けた。


(そんなの、一朝一夕で身につくわけがない。……だが)


 複数のプロセスを同時に走らせ、リソースを配分して破綻なく回す。

 それなら、前世で嫌というほどやってきた。


(これこそ、元システムエンジニアとしての腕の見せ所、じゃないか?)


 専門はセキュリティとネットワークなんだけど、という思いは胸に仕舞いつつも、前世でひたすら弾き続けたキーボードの奏でるポコポコとした音と感触を思い出しながら、先ほど思いついた身体強化術の論理をソースコードに落とし込んでいく。

 相手は情報機器ではなく魔力という未知の事象だが、ザリーナは言っていた、『魔法はイメージ』だと。その仕様に存分に甘えさせてもらう。


 時計の針が12時50分を指した頃、ようやくプロセスの構築が完了する。

 物理的にキーボードを叩かなくて良い分、想定より早くに終わった。


 外部からの衝撃などにも配慮し、割り込み処理を最優先に組み込んでいる。

 この仕様ならば、何があっても動いてくれる。そんな自信だけが過剰に先行していく。


 早く、この出来上がったプロセスを走らせてみたい。急かすように心臓が高鳴り喉が渇いた。

 四肢が麻痺した今、トリガーとなるのは音声入力。


「――起動(ブート)」


 呟き、祈るような思いで右腕に意識を注ぎ込む。

 こんな恥ずかしい真似、失敗したら顔から火を噴きだしてしまう。

 穴があったら1週間は出てこれない。


(果たして、どうだろうか……!)


 ずしりと重い感覚を伴いながら、腕が、持ち上がった。

 ベッドのシーツから離れ、顔の正面まで確かな軌道を描いて手のひらが現れる。裏返し、手の甲を見つめた。震えながらも、私の意志通りに空間を捉えている。


「う、動いた……」


 安堵と歓喜が一気に押し寄せ、目尻から熱い涙が零れ落ちた。

 その頬を伝う雫を、持ち上がった右手で、そっと拭う。

 自分の手で、溢れた感情を受け止めることができた。確かな体温が、掌を通して頬に伝わっていた。


 やはり、私の考えに間違いは無かった。

 身体強化術をシステムに置き換えたことで、脳は思考というリソースを残しながら、後はオートで各所の不具合に魔法が対応する。


 続けて、右腕で身体を支えながら上体を起こしてあたりを見回す。見えるものは寝ていた時と変わらないが、視線が上がったことでまた違った印象を受ける。部屋がこんなにも広いなんて、寝たきりなら思いもしなかったはずだ。


「あは、あははははは!!!」


 笑いが止まらない。自由だ、私はなんて自由なんだろう。

 だが、検証はまだ始まったばかりだ、思わぬ障害があるかもしれない。

 四肢が動く全能感に中てられた脳に活を入れると、処理が完全に機能しているか監視する。


 ベッドから衣服を引きずりながら足を投げ出した。

 石床に触れた足を冷たさが伝う。そのザラザラとした感覚を足裏で堪能する。

 勢い余ってベッドサイドの机の鉄支柱に足の小指をぶつけてしまう。


「!いったぁ……」


 足先から瞬間的に脳髄へ電気信号が流れるが、興奮が勝った。

 反射的な筋収縮に対して、魔力のバイパスが優先的に割り込み処理を実行し、衝撃を逃しながら指先を引き戻す。

 システムは異常終了することなく、駆動していた。


 エンジニアの勘が警鐘を鳴らす、一発で動くシステム程怖いものが無い。

 何か思わぬ見落としが無いか、成功が積み上がる程気が気では無くなった。

 だが、相反するように感情が喜びを爆発させる。意識の中ではたった一日拘束されただけなのに、まるでテストから解放された学生の様に、全身で喜びを表現したくてたまらない。


 ベッドから腰を上げ、鉄柵を支えに立ち上がる。ひんやりとした固い感触が掌に押し当てられる。

 重力がどっと両足に負荷をかけるが、支えから手を放しても身体がふらついて倒れる気配はない。

 自身の力で自立している。


 右手をいつでも支えに戻せるように、鉄柵から僅かに浮かせながら、右足を床に擦るように恐る恐る一歩を踏み出す。まっすぐの軌道を描きながら、右足は地面に着いた。右足の指は地面から身体を支えるようにつま先の部分に力が入る。思い描いた通りの結末だ。

 続けて、左足を右足の前に、今度は床を擦らず普通の一歩を踏み出す。


「あ、歩けたぁ……」


 魔力によって生成した強化骨格とでも言うべき代物を、システムによって制御し初めての歩行が成功した。小さな一歩ではあったが、この一歩によって無限の可能性の扉が開かれた。


 視線を降ろして身体の異常が無いか検分しようとしたとき、廊下から小さな足音が聞こえてきた。ミリアムだ。


 悪戯心が騒ぎだすのに任せて、病室のドアの脇に小走りに駆け寄る。背を壁に預けながら息を殺した。

 あぁ、早く部屋に入ってこい。その顔の驚く様が見たい。

 足音が近くなる、あと数歩だ、3歩、2歩、1歩……今だ!


「ルナリスー?入りますよー」

 

 扉がゆっくりと引きずられていく。

 ミリアムの顔が扉から現れるなり、目の前に飛び出した。


「わあ!」

「!!!っ」


 彼女は一瞬だけ驚く素振りを見せたものの、即座に対応して見せた。


 持っていた鞄を放ると、私のがら空きの胴体に軽く当身を仕掛け、右腕を掴んで捻り上げる。

 流れるように私の背後を取った彼女は、そのまま私の首に左腕を回すと締め付けにかかった。

 目で追うのが精いっぱいで、抵抗すらできない。


「ぐ、苦しいです……だずけて……」

「熱っ、ってルナリスじゃないですか!どうして!?」

 

 拘束を解かれると、糸が切れた人形の様に倒れ込んでしまった。

 指の一本も動かせず、床の埃を吸い込んで小さくせき込む。

 頬が触れる石床が、刺すように冷たい。

 

 違う、床が冷たいのではない。私が尋常ではない熱を発しているのだ。

 システムがコケたことを理解した瞬間、全身の血が凍り付く。


「再起動(リブート)…ッ!」


 魔力による放熱が作用し始めたようで、一安心する。

 今は無理やり身体を動かしている状態だ、不具合が起こった際にこの冷却が止まれば、即座に体内の代謝熱が臨界点を突破し、多臓器不全を起こしえる。

 一瞬死に目に遭ったが、やるべきことがあった。即座に右腕を地面につけて身体を起こし、ミリアムと向かい合う。


「えぇ?な、なんで起き上がれるんですー?」

「ミリアム、ごめんなさい。身体が動くことで調子に乗っていたみたいです。冷静ではありませんでした。本当に申し訳ございません……」

「いやー、謝罪は別にいいんだけどさ、ルナリスの身体めっちゃ熱いんだけど、大丈夫それ?」

「えぇ、先ほどザリーナさんから教えてもらいました。身体強化の技術です。」


 ミリアムは小首を傾げながら右手を頬に当て、私の全身を上から下に視線で追う。


「いや、それ、身体強化じゃなくて、普通に魔法じゃん。ルナリス魔法使えたのー?」

「え?」


 彼女の口から紡がれた言葉は、今日一番の衝撃であった。

【たんぱく質の熱凝固性とは】

 目玉焼きを作る際を思い出して頂けると分かりやすいです。

 一定以上温度が高くなると、透明だった卵白が白く固まります。この変化は不可逆で、冷やしても元の状態には戻りません。

 人体でも同様に、深部体温が42℃を超えると体内のタンパク質や酵素が変性を始めます。さらに過度な高熱は血液凝固系を暴走させ、全身の毛細血管に微小な血栓を詰まらせる多臓器不全を引き起こします。熱中症が一定ラインを超えると一気に致死領域へ突入するのはこのためです。屋外で作業される方は本当にお気を付けください。


【ソースコード】

 簡単に言うと、コンピュータを始めとする情報機器に指示を与えるための命令文です。

 人間が書いたコードはそのままでは動かないため、「コンパイル」という翻訳処理を経て、コンピュータが理解できる0と1の機械語に変換されます。

 実は皆さんが小説を読むためにタイトルを1回クリックしてから画面が表示されるまでの間にも、裏側ではブラウザやサーバーを含め、数万から数十万文字もしくはそれ以上の膨大なコードがミリ秒単位で協調動作しています。


【システムが一発で動くのが怖い】

 エンジニアあるあるですね。テストも通さずに一発で思い通りに動いた時ほど、「何か致命的な見落としがあるんじゃないか」と嫌な汗が出ます笑。


 ご閲覧いただき、ありがとうございます。

 作者は今週末資格試験のため更新がさらに遅くなるかもしれません。

 ブックマーク、評価、リアクションなど執筆の励みになっております。

 応援してくださっている皆様、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。