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異世界遭難インシデント記録~隻腕エルフが現地に適応するまで~  作者: はくりん
序章~森林山岳地帯からの生還およびそれに付随する一連の出来事について~

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12/12

012 相克

 ミリアムに突きつけられた言葉が、頭の中で反響していた。


 ――「それ、普通に魔法じゃん」


 指摘としては至極もっともだった。

 詠唱をトリガーにして体内の魔力へ特定の役割を割り振り、自律稼働させているのだから、本質は魔法そのものだ。


 呆然と立ち尽くす私の顔を、ミリアムが下からのぞき込んできた。

 眉間にくっきりと皺を寄せ、口角をへの字に曲げた険しい顔だ。


「……どうやってこんな短時間で魔法を使えるようになったんですか?ルナリスの『魔法を知らない』は嘘じゃなかったですよね?……まさか、団長の入れ知恵ですか?」

「だ、団長ではありません……!魔法の基礎と感覚は教えていただきましたけど、『次の訓練までに頭の中で理屈を噛み砕いておけ』と言われただけで……」


 私が勝手に突っ走った結果で、ザリーナの立場を悪くするわけにはいかない。

 逃げるように視線を床へ落とすと、ミリアムは腕を組んで深く息を吐き出した。


「つまり、ルナリスが自分で組んだってことですねー。……寝たきりだった身体を無理やり動かすなんて無茶苦茶ですけど、ロジック自体は恐ろしいほど洗練されてます。今のところ、身体に異常はありませんか?」

「は、はい。ミリアムに絞め落とされた時は冷却が止まって危なかったですけど、日常生活なら制御できます」

「自力で動けるようになるまでの『つなぎ』としてなら、その魔法の行使を認めます。ただし、あくまでリハビリを早めるためですよ。動けるなら、ポーションの回復効率も跳ね上がりますからねー」

「ポーション……ですか?」

「立ったまま話すのもなんですし、座ってくださいねー」


 ミリアムに促され、窓際の木製椅子に腰を下ろした。

 差し込む日差しは肌をチリチリと焼き、吹き込む秋風がその熱を冷酷にさらっていく。

 彼女は部屋の隅から鞄を抱えて戻ってくると、小さな机の上に中身を手早く並べ始めた。


 深緑色の液体が入ったガラス瓶、油紙の包み、純白の包帯、そして――光を一切反射しない、鈍い黒鉄の塊。


「……あの、一番右端にある鉄の塊は何ですか?」

「何ですかって、ルナリスの左腕になる義手ですよー」

「義手……?どう見ても巨大な籠手か、鈍器にしか見えませんけど……」

「見た目はごついですけど、れっきとした最新鋭の魔導義手ですからねー。まあ、男性用規格なのは我慢してください。まずはこれを着ける前に、お薬を飲んでもらいます!」


 ミリアムは深緑色の小瓶を手に取ると、コルク栓を引き抜いた。

 ポン、と小気味よい音が抜けた瞬間、部屋の空気が一変する。


 ――う、く、臭い……!?


 ドブ川の泥と生の青草を煮詰めて凝縮したような、強烈な青臭さが鼻腔をダイレクトに貫いた。

 思わず身を引いたが、ミリアムは意に介さず、木製の小さなカップへとトクトクと注ぎ込んでいく。水あめのように粘度が高く、光を吸って淀んだヘドロのような黒緑色をしている。


「う、これ……本当に飲むんですか?匂いだけで胃が拒絶してるんですけど……」

「高濃度ポーションですからねー。匂いはキツいですけど、組織の再生速度が段違いなんです。はい、グイッといっちゃいましょう!」

「うぐ……」


 差し出されたカップを見つめ、腹をくくった。

 魔法抜きに動く身体を取り戻すためだ。ええい、ままよと目を閉じて一気に呷る。


「ご……っ、ぐ……っ、ぶふっ!?」


 喉を通った瞬間、横隔膜が激しく痙攣した。

 腐った雑草を無理やり飲み下したような不快感に、胃壁が猛烈な逆蠕動を起こす。せり上がってきた薬液を、右手で必死に口元を押さえて押しとどめた。


「おー、偉い偉い。吐き出さずに飲み込めましたねー」


 涙目になる私の口元を、ミリアムが手際よく乾いた布で拭ってくれる。

 文句を言おうと口を開きかけた――その刹那、胃の腑の底から異様な熱が広がった。

 先ほどの魔力暴走による沸騰とは違う。


 胃壁から直接血管へ染み出した薬効成分が、全身を巡っていく。萎縮していた手足の筋肉の奥底で、千切れた筋線維が蠢き、パチパチと音を立てて繋ぎ合わされていくような奇妙な感覚。筋肉が勝手にピクピクと痙攣し、まるで皮膚の下を無数の小さな虫が這い回っているかのようだった。


「……っ、筋肉が、勝手に動いて……」

「効いてきた証拠ですよー。ポーションが傷んだ筋肉や神経線維を強引に修復してくれるんです。これを毎食後、きっちり飲んでもらいますからね」

「毎食後、ですか……」

「さて!薬が回ってきたところで、義手の装着に入りますよ。まずは左腕を出してくださいねー」


 ミリアムは油の染みたガーゼを断端部の縫合痕に当てると、新しい包帯を手に取った。

 先端部を包み込むように折り返し、交差部が綺麗なV字を描くように、肘に向かってリズミカルに巻き上げていく。


「……すごい。まるで麦穂のように綺麗な巻き方ですね」

「見惚れてないで、ちゃんと手順を覚えてくださいねー?最初の数日は手伝いますけど、いずれ自分で巻けないと困りますから」

「え、片手でこれを巻くんですか……?ずっと?」

「一生巻くわけないじゃないですかー。浮腫みを取って断端を綺麗な円錐形に落ち着かせるまでの、数ヶ月の辛抱です。ほら、できましたよ」


 ミリアムはピンで包帯を留めると、机の上からあの黒鉄の塊を引き寄せた。

 革製の頑丈なハーネスが接続されたソケットを、私の左腕の断端へまっすぐに差し込んでくる。


「……っ、つ」


 ソケットの内壁に断端が押し込まれ、鈍い圧迫感が走る。

 だが、隙間が空いているのか、中で腕がわずかにぐらついた。


「あの、ミリアムさん。少しブカブカしてませんか?」

「仮ソケットですからねー。腕の形が安定するまでは、こうやって隙間にクッションを詰めて調整するんです」


 ミリアムは手際よく革の詰め物をソケットの内側に押し込み、遊びを埋めていく。

 続けて太い革帯を私の首筋から右の脇下へと回し、金属のバックルを力任せに締め上げた。


「よし、固定完了!手を離しますよー」

「え――うわっ、重っ……!?」


 ミリアムの支えが外れた瞬間、身体が左へ大きく傾いだ。

 鉛の塊を直接ぶら下げられたかのような猛烈な重力。革帯が鎖骨の上をギリギリと押し潰し、右脇の下に鋭く食い込む。立っているだけで体幹が左に持っていかれ、慌てて右手で下から義手を抱え上げた。手のひらに、鉄特有の容赦ない冷たさが伝わってくる。


「く、首と肩が千切れそうです……!これ、どれだけ重いんですか!?」

「本体が約三キロ、ハーネスと金具を合わせて四キロ超えですねー」

「よ、四キロ……!?もう少し軽いものはなかったんですか!?」

「贅沢言わないでくださいねー、騎士団で手足を吹き飛ばされたら、見舞金もらって田舎に帰るのが普通なんですよー。これ作ってるエドガー中尉だって、削られた予算を工面して泣きそうになりながら工房に籠もってるんですから」


 ミリアムはそう言って私の右肩をポンと叩いた。


「文句は動かしてからにしましょう。中尉の走り書きによるとですね……『失った手足の延長だと思って、ソケット内の疑似回路に魔力を流し込め』だそうです」

「手足の、延長……」


 私は抱えていた右手をそっと離し、左肩にかかる重痛い負荷に耐えながら、意識を断端の奥へと集中させた。


 切断され、行き場を失っていた左腕の魔力の流れ。

 それを、ソケットの内壁へと恐る恐る押し当てていく。


 ――パチッ。


 微小な火花が散るような感触とともに、冷たい鉄の塊の奥へ、自らの神経が細い根を張るように接続される感覚があった。


 血管のように義手の内部へ枝分かれしていく魔力ラインが、頭の中で鮮明に視覚化される。


(……繋がった!)


 心臓が跳ねた。

 右手を握る感覚をトレースし、左手の五本の指を閉じるイメージで魔力を送り込む。


 ――ギチ、ギチチッ。


 重厚な金属の擦れ合う音とともに、黒鉄の指が軽やかに折りたたまれ、確かな拳を形作った。


 失われたはずの左手が、硬質な鉄の感触として掌の中に蘇る。

 鳥肌が立つような高揚感が、背筋を駆け上がった。


「す、すごい……!ミリアム、見てください!本当に、私の意志で動いて――」


 歓喜のまま、今度は握り込んだ指を開こうとした。


 だが。


「……あれ?」


 開かない。


 魔力を抜いても、逆方向に引っ張ろうとしても、ガチガチに噛み合った黒鉄の拳はピクリとも緩まない。まるで一度収縮した筋肉がそのまま硬直してしまったかのように、頑としてロックされたままだ。


「……あ、あの、ミリアムさん?これ、どうやって開くんですか……?」


 冷や汗を流しながら尋ねる私に、机の上の羊皮紙に目を落としていたミリアムが、何でもないことのように告げた。


「あー、なるほど?では、手首の下にあるスイッチを手前に倒してください。魔力が抜けて、だいたい十五秒くらいで開くようですねー。」

「……じゅう、ごびょう?」

「はい、十五秒ですねー」

「ドアノブを掴んだり、コップを持ったりするたびに、十五秒も立ち往生しろって言うんですか!? 欠陥品にも程がありますよ!」


 悲鳴を上げる私に、ミリアムは顎に指を当ててからりと笑った。


「文句なら、製作者のエドガー中尉に直接言ってくださいねー。私は医者ですから、説明書に書いてあること以上はさっぱりです。幸い今日は中尉も工房に詰めているはずですし……このまま文句を言いに行きましょうか。」


 そう言うと、ミリアムはくるりと踵を返し、病室の扉へ向かって歩き出した。

更新が1週間空いてしまい申し訳ありませんでした。

本業の方でセキュリティ対応やシステムの緊急対応が立て込んでおり、更新が遅れてしまいました。

次回からはいよいよ病室を出て工房に入ります。引き続きよろしくお願いします!


【読者の皆様へ:描写バランスのアンケート】

 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 今後の描写の密度やテンポの参考にさせていただきたく、下の「リアクション」ボタンで皆様のお好みを教えていただけると嬉しいです。

左(良いねボタン):【緻密な考証・設定・身体のディテールをじっくり読みたい派】

中央(泣きボタン):【サクサク進むテンポ・ストーリー展開重視派】

右(大笑いボタン):【今回の12話くらいのバランスがちょうどいい派】

(※もちろん、感想欄での具体的なコメントも大歓迎です!)

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