↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/12

第4話 『闘技場の主』

 昼の間は多くの観衆の熱狂に包まれていた闘技場だが、夜になると打って変わって無人の静けさに包まれていた。

 観客席がすり鉢《ばち》状に作られている闘技場の西の最上段に、この闘技場の主が観覧するための観覧室が設けられており、そこからは闘技場の全容が一望できる。

 今、その窓際に立って無人の闘技場を見下ろしている男がいた。

 年齢は40歳前後に見えるその男は長く伸びた茶色の髪を風に靡《なび》かせ、その手に持った高級な葡萄《ぶどう》酒の入ったグラスを揺らしている。


 彼はこの闘技場を管理する主だった。

 その名はオーガスト。

 オーガスト商会の経営者だ。


 かつては闘技場で戦う剣奴《けんど》だったその肉体は今なお大柄《おおがら》で鍛《きた》えられている。

 だが今の彼は商会を営み数々の事業を手がける実業家だった。

 十数年前。

 当時の闘技場の主を殺害してその事業を奪った彼はオーガスト商会を立ち上げ、10年でこのリンディアの首都ディガレストを代表する大商会へと育て上げたのだ。


 そんなオーガストの背後には今、2人の男たちが控《ひか》えている。

 1人は大柄《おおがら》なオーガストよりもさらに一回り大きな体を誇る用心棒のアイザック。

 鋭い眼光と額《ひたい》に刻まれた雷が走った後のような古い傷跡が特徴的なその偉丈夫《いじょうふ》は、オーガストが現役として闘技場に出場していた頃からの好敵手《ライバル》であり相棒だった。

 もうひとりは豪奢《ごうしゃ》な商服に身を包んだ身なりの良い栗毛《くりげ》の髪の男で、彼は商務長という立場であり事業面でオーガストを支える側近だ。

 その名をダドリーという。


「ダドリー。今は好調だ。だが今が良いということは必ず下り坂がやってくる」


 そう言うオーガストの真意を悟り、ダドリーは恭《うやうや》しく頭を下げる。

 ここのところ闘技場は連日満員だった。

 すべては約1年前から参戦しているタニアの双子、クレアとクラリスの人気のおかげだ。

 その実力は本物で、屈強《くっきょう》な男の剣奴《けんど》たちを次々に打ち負かしてきた。


 そしてその強さだけではなく、2人とも若い女であり容姿の面でも客の人気が高い。

 あの2人と契約を交わしたことはオーガスト商会に興行的な大成功をもたらした。

 だが今、オーガストはその胸に懸念《けねん》を抱いている。

 人気商売というのは必ず飽《あ》きられるものだ。


 双子は強いが彼女たちと張り合える相手がいないため、賭《か》けの対象としては盤石《ばんじゃく》に過ぎるのだ。

 今、闘技場に登録されている闘士や剣奴《けんど》たちでは歯が立たず、相手を務められる者がいない。

 今日はとうとう獅子《しし》を対戦相手に選んだほどだ。

 ダドリーはそんな主の懸念《けねん》を正しく理解している。

 双子が突出して強すぎるため、このままでは客に飽《あ》きられると。


「次の対戦相手として牛、熊は用意してあります。その先をどうすべきか今はまだ見えておりません」


 ダドリーの報告にオーガストは小さく息をついた。

 これまで双子には言ってきた。

 圧倒的に勝つばかりではダメだ。

 観客を盛り上げるため、演出も大事なのだと。


 明らかに格下の相手だったとしても、苦戦するフリをして勝負を長引かせ、頃合いを見計らって派手に勝つのだ。

 それが観客を大いに盛り上げ、また闘技場へ足を運びたいと思わせる。

 双子はその点の理解が早く、派手に動き回って勝負を演出してみせた。


 苦戦する演技もわざとらしくならない程度であり、双子のそうした働きぶりにはオーガストも満足している。

 とにかく今は双子の対抗馬が欲しかった。

 そんな主の悩みを少しでも軽くするべく、ダドリーは自分が先ほど得たばかりの未確認情報を伝えることにした。


「会長。これはまだ裏の取れていない情報なのですが……今日の試合中、観客席に赤毛で褐色《かっしょく》肌の女が観戦していたそうです」

「……なに?」


 オーガストの眉《まゆ》がピクリと動くのを見ながらダドリーは続きを話した。


「おそらくダニアの女かと。何人もの客がその姿を目撃しています。その後、繁華街《はんかがい》でも弓を背負った赤毛の女を見たという情報が入っております」

「珍《めずら》しいな。ダドリー。心配性で頭の固いおまえが裏の取れていない情報を俺の前で口にするとは」


 そう言って面白そうに笑う主にダドリーはコホンと咳《せき》払いをして、しかつめらしい表情を浮かべた。


「心配性で頭が固いとは随分《ずいぶん》な言われようですな。用心深く手堅い性分と言っていただきたいものです。今、裏を取るべく部下たちを街に放って捜索《そうさく》に当たらせております。真偽《しんぎ》確認のため、しばしのご猶予《ゆうよ》を」

「よし。その件はおまえの任せよう。契約に漕《こ》ぎ着けられそうならば金に糸目はつけるな」


 潤沢《じゅんたく》な資金を用意して事に当たれと主は言っているのだとダドリーは理解した。

 かつては闘士として武器を振るうしか能のないものと思われていたこの主は、意外な金勘定《かねかんじょう》の才覚を発揮《はっき》して財を成した。

 オーガストは知っているのだ。

 金を惜しみなく使うことで新たな金を呼び込むのだと。


「双子の対抗馬として突如現れた同じダニアの女戦士。いいぞ。これは盛り上がる。うちの新たな手札になってくれそうだ」


 そう言ってオーガストがニヤリと笑うのを見たダドリーは少々後悔した。

 情報の真偽《しんぎ》を確かめる前に主を焚《た》きつけてしまった、と。 

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

次回、第5話『借金取り』は

明日10月19日(月)午前11時50分に掲載予定です。

次回もよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。