↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/24

第22話 『逮捕』

 川原の土手を上がって雑踏《ざっとう》に紛《まぎ》れながらカールは歩き続けていた。

 彼は自身の幸運に気付いていない。

 あと1分でも川原を出るのが遅れていたら、彼を捕らえようと近付いていた男たちの魔の手に落ちていただろう。

 だが彼がまだ体の小さな少年であることと、通りが人で溢《あふ》れていたことがカールにとって幸運だった。


 男たちは雑踏《ざっとう》に紛《まぎ》れたカールの姿を見失ったのだ。

 一方のカールは宿に戻ろうとして思わず足を止めた。

 人々のざわめきの中にネルの声が聞こえたような気がしたからだ。

 そしてカールは息を飲んだ。


 彼は行き交う人々の間に見たのだ。

 ネルが大柄《おおがら》な男を相手に激しく戦っている姿を。

 そのすさまじい戦いぶりにカールは目を奪われた。


(す、すげえ……ネルってあんなに強いのか)


 そこでカールは気が付いた。

 ネルが戦っている相手がオーガスト商会の会長であるオーガストの用心棒を務める大男だということに。

 その大男を次々と殴《なぐ》りつけるネルの戦いぶりに、カールは瞬《まばた》きすら忘れて見入った。

 知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。


 憎らしいオーガスト商会の人間を叩きのめす。

 そんなネルの姿にカールは自分自身を重ねていた。

 牧師の仇《かたき》を自分の手で討《う》つことを想像し、カールは思わず体の底から勇気が奮《ふる》い立つのを感じる。


(いつか……いつか俺もネルみたいに強くなりたい……)


 だがその時、警笛《けいてき》が鳴り響き、カールはハッとした。

 多くの警吏《けいり》がまるで示し合わせたかのように一斉に建物の陰《かげ》から現れて、あっと言う間にネルを取り囲んだのだ。

 取り囲まれたネルは武器を捨てて抵抗を止め、あっという間に警吏《けいり》たちに群がられて捕縛《ほばく》された。

 今の今までネルの活躍に胸を躍《おど》らせていたカールはあまりのことに怖くなる。


 だが彼はそこで見た。

 広場に置き去りにされているネルの弓と矢筒《やづつ》を。

 先日、カールが盗み出したあれはネルの大事なものであり、警吏《けいり》に奪われたら戻って来ない恐れがある。

 この街の警吏《けいり》の中にはオーガスト商会と癒着《ゆちゃく》している者がいるという噂《うわさ》はカールも知っていた。


 彼は弾かれたように飛び出し、ネルの弓と矢筒《やづつ》を拾い上げて抱えると他の者が見咎《みとが》めて声を出す間もなく、あっという間にそれを運び去った。

 先日、それを盗んだ時とはまるで異なる心持ちで。

 子供しか入れないような家屋と家屋の間に入りながらカールは後方の通りを振り返る。

 ネルの姿は雑踏《ざっとう》と警吏《けいり》たちの姿に埋《う》もれるようにすでに見えなくなっていた。


 ☆☆☆☆☆☆


「なぜアイザック氏を殴《なぐ》ったんだ? 一方的な暴力の動機は何だ? 彼に恨《うら》みでもあるのか?」


 机を挟《はさ》んでそう詰問する取調官を前に、ネルは両手を後ろ手に縛《しば》られたまま、椅子《いす》にふんぞり返ってバカバカしそうに言った。


「恨《うら》み? んなもんねえよ。アタシは旅人だし、アイザックとかいうあの男に会ったのもさっきが初めてだっつうの」

「初めて会った相手を殴《なぐ》ったのか? とんでもない奴だな貴様」

「何でアタシが一方的に殴《なぐ》ったことになってんだよ。アタシだって首掴(つか)まれて投げ飛ばされてんだぞ。見ろこれ」


 そう言うとネルは顎《あご》をしゃくって自分の首を示した。

 そこにはアイザックの強い力で掴《つか》まれた赤い跡がわずかに残されている。

 警吏《けいり》の取調官は目を凝《こ》らしてネルの首を見るが、すぐに呆《あき》れた顔で首を横に振った。


「それはアイザック氏の手によるものかどうか判別できん。一方、アイザック氏の顔や体には殴《なぐ》られた跡《あと》がしっかり残っているし、貴様がアイザック氏を殴《なぐ》る蹴《け》るしていたのは目撃した市民が多数いるんだ。言い逃れは出来んぞ」

「チッ。何でアタシが首掴(つか)まれて投げられたところを目撃している市民は1人も出て来ねえんだよ。アホらしい。だいたい何がアイザック氏だ。剣奴《けんど》上がりの用心棒を気取った呼び方してんじゃねえよ」


 そう言うとネルは椅子《いす》にふんぞり返ったまま机の上に右足を乗せた。


「いいからさっさと牢屋《ろうや》に案内しろよ。2、3日ここで泊まっていけば釈放《しゃくほう》だろ。美味《うま》い飯出せよ」

「貴様……とことんナメているな」


 そう言うと取調官はネルの足を机の上から手で払い落とした。


「取り調べに協力せんと勾留《こうりゅう》期間が無駄《むだ》に長引くぞ。どうせ弁護士を呼ぶ金もないんだろ」

「うるせえな。そんなことよりアタシの弓矢と鉈《なた》はちゃんと保管してるんだろうな?」


 ネルの言葉に取調官は怪訝《けげん》な表情で手元の帳簿《ちょうぼ》をパラパラとめくる。


「鉈《なた》と小刀は預かり品の帳簿《ちょうぼ》に載《の》っているが……弓矢? そんなもんないぞ」


 取調官の言葉にネルは目を剥《む》いて机に身を乗り出す。


「はぁぁぁぁ? アタシは弓兵だぞ! 名前は忘れたがあのボンクラ警吏(けいり)隊長! 弓と矢筒《やづつ》をちゃんと保管しとけって言ったのによ! おい。今すぐこの縄《なわ》を解け。弓と矢筒《やづつ》を探しに行く」

「馬鹿を言え。貴様自分の立場を分かっとらんのか」

「おまえこそ分かってねえよ。弓兵にとって弓矢は命なんだ。しかも長いこと使ってきた相棒だぞ」


 そう言うとネルは後ろ手に縛《しば》られたまま椅子《いす》を倒して立ち上がる。

 それを見た取調官は室内にいる護衛の兵2人に命じた。


「くっ! おい! こいつを取り押さえて牢屋《ろうや》にぶち込んでくれ! 取り調べどころじゃない!」


 しかし2人くらいではネルを取り押さえることが出来ず、取り調べの外から応援がさらに5人ほど駆け付けてようやくネルを牢獄《ろうごく》に押し込むことが出来たのだった。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

次回、第23話『商会の思惑』は

明日11月6日(金)午前11時50分に掲載予定です。

次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。