第22話 『逮捕』
川原の土手を上がって雑踏に紛れながらカールは歩き続けていた。
彼は自身の幸運に気付いていない。
あと1分でも川原を出るのが遅れていたら、彼を捕らえようと近付いていた男たちの魔の手に落ちていただろう。
だが彼がまだ体の小さな少年であることと、通りが人で溢れていたことがカールにとって幸運だった。
男たちは雑踏に紛れたカールの姿を見失ったのだ。
一方のカールは宿に戻ろうとして思わず足を止めた。
人々のざわめきの中にネルの声が聞こえたような気がしたからだ。
そしてカールは息を飲んだ。
彼は行き交う人々の間に見たのだ。
ネルが大柄な男を相手に激しく戦っている姿を。
そのすさまじい戦いぶりにカールは目を奪われた。
(す、すげえ……ネルってあんなに強いのか)
そこでカールは気が付いた。
ネルが戦っている相手がオーガスト商会の会長であるオーガストの用心棒を務める大男だということに。
その大男を次々と殴りつけるネルの戦いぶりに、カールは瞬きすら忘れて見入った。
知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。
憎らしいオーガスト商会の人間を叩きのめす。
そんなネルの姿にカールは自分自身を重ねていた。
牧師の仇を自分の手で討つことを想像し、カールは思わず体の底から勇気が奮い立つのを感じる。
(いつか……いつか俺もネルみたいに強くなりたい……)
だがその時、警笛が鳴り響き、カールはハッとした。
多くの警吏がまるで示し合わせたかのように一斉に建物の陰から現れて、あっと言う間にネルを取り囲んだのだ。
取り囲まれたネルは武器を捨てて抵抗を止め、あっという間に警吏たちに群がられて捕縛された。
今の今までネルの活躍に胸を躍らせていたカールはあまりのことに怖くなる。
だが彼はそこで見た。
広場に置き去りにされているネルの弓と矢筒を。
先日、カールが盗み出したあれはネルの大事なものであり、警吏に奪われたら戻って来ない恐れがある。
この街の警吏の中にはオーガスト商会と癒着している者がいるという噂はカールも知っていた。
彼は弾かれたように飛び出し、ネルの弓と矢筒を拾い上げて抱えると他の者が見咎めて声を出す間もなく、あっという間にそれを運び去った。
先日、それを盗んだ時とはまるで異なる心持ちで。
子供しか入れないような家屋と家屋の間に入りながらカールは後方の通りを振り返る。
ネルの姿は雑踏と警吏たちの姿に埋もれるようにすでに見えなくなっていた。
☆☆☆☆☆☆
「なぜアイザック氏を殴ったんだ? 一方的な暴力の動機は何だ? 彼に恨みでもあるのか?」
机を挟んでそう詰問する取調官を前に、ネルは両手を後ろ手に縛られたまま、椅子にふんぞり返ってバカバカしそうに言った。
「恨み? んなもんねえよ。アタシは旅人だし、アイザックとかいうあの男に会ったのもさっきが初めてだっつうの」
「初めて会った相手を殴ったのか? とんでもない奴だな貴様」
「何でアタシが一方的に殴ったことになってんだよ。アタシだって首掴まれて投げ飛ばされてんだぞ。見ろこれ」
そう言うとネルは顎をしゃくって自分の首を示した。
そこにはアイザックの強い力で掴まれた赤い跡がわずかに残されている。
警吏の取調官は目を凝らしてネルの首を見るが、すぐに呆れた顔で首を横に振った。
「それはアイザック氏の手によるものかどうか判別できん。一方、アイザック氏の顔や体には殴られた跡がしっかり残っているし、貴様がアイザック氏を殴る蹴るしていたのは目撃した市民が多数いるんだ。言い逃れは出来んぞ」
「チッ。何でアタシが首掴まれて投げられたところを目撃している市民は1人も出て来ねえんだよ。アホらしい。だいたい何がアイザック氏だ。剣奴上がりの用心棒を気取った呼び方してんじゃねえよ」
そう言うとネルは椅子にふんぞり返ったまま机の上に右足を乗せた。
「いいからさっさと牢屋に案内しろよ。2、3日ここで泊まっていけば釈放だろ。美味い飯出せよ」
「貴様……とことんナメているな」
そう言うと取調官はネルの足を机の上から手で払い落とした。
「取り調べに協力せんと勾留期間が無駄に長引くぞ。どうせ弁護士を呼ぶ金もないんだろ」
「うるせえな。そんなことよりアタシの弓矢と鉈はちゃんと保管してるんだろうな?」
ネルの言葉に取調官は怪訝な表情で手元の帳簿をパラパラとめくる。
「鉈と小刀は預かり品の帳簿に載っているが……弓矢? そんなもんないぞ」
取調官の言葉にネルは目を剥いて机に身を乗り出す。
「はぁぁぁぁ? アタシは弓兵だぞ! 名前は忘れたがあのボンクラ警吏隊長! 弓と矢筒をちゃんと保管しとけって言ったのによ! おい。今すぐこの縄を解け。弓と矢筒を探しに行く」
「馬鹿を言え。貴様自分の立場を分かっとらんのか」
「おまえこそ分かってねえよ。弓兵にとって弓矢は命なんだ。しかも長いこと使ってきた相棒だぞ」
そう言うとネルは後ろ手に縛られたまま椅子を倒して立ち上がる。
それを見た取調官は室内にいる護衛の兵2人に命じた。
「くっ! おい! こいつを取り押さえて牢屋にぶち込んでくれ! 取り調べどころじゃない!」
しかし2人くらいではネルを取り押さえることが出来ず、取り調べの外から応援がさらに5人ほど駆け付けてようやくネルを牢獄に押し込むことが出来たのだった。
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次回、第23話『商会の思惑』は
明日11月6日(金)午前11時50分に掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




