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第23話 『商会の思惑』

 興奮と熱気が渦巻《うずま》き、歓声が波となって湧《わ》き起こる。

 闘技場では大人気の双子の姉妹、クレアとクラリスが躍動していた。

 先日の獅子《しし》に続いて彼女らの今日の相手も人間ではない。

 巨大な角を持つ、漆黒《しっこく》の雄牛だ。

 

 猛然と突きかかって来る牛の角をクラリスが旋棍《トンファー》で右に左に弾き返し、その隙《すき》に猛牛の背後に回ったクレアが剣で斬りかかる。

 斬りつけられた猛牛は黒い皮膚《ひふ》に赤い血を滲《にじ》ませて荒れ狂い、暴れ回っていた。

 そんな戦いを西側の客席最上部の管理室から見下ろしながら、闘技場の主であるオーガストは側近のダドリーから報告を受けている。


「赤毛の女は現在、警吏《けいり》署に勾留《こうりゅう》されています」


 その話にオーガストはフムと頷《うなづ》いた。

 警吏《けいり》署の署長並びに要職に就《つ》いている各幹部にはオーガスト商会の息がかかっている。

 日頃から彼らは商会からの金品を受け取る代わりに、商会への便宜《べんぎ》を図《はか》ってくれているのだ。

 その警吏《けいり》署に赤毛の女を拘束《こうそく》したということは、オーガスト商会の力が及ぶ檻《おり》の中に彼女を収めたということだ。

 だがオーガストは少々不満げだった。


「ダドリー。おまえがその手を使うということは、好意的な勧誘は不調に終わったということだな?」


 オーガストはダドリーの商務長としての腕を理解している。

 この冷静で合理的な男が警吏《けいり》を使って赤毛の女を収容するという荒業《あらわざ》を使ったということは、こちらの提案を赤毛の女が全て蹴《け》ったということだ。

 強引な手を使って勧誘すると、その相手は商会に不満を持つこととなる。

 その状態では良い取引は続けられない。

 そんな主の不満をダドリーも理解していた。


「申し訳ございません。あの女、我々とは価値観が違いまして、金や物欲を刺激する方法では動かせませんでした。ダニアの女ですので闘争心を煽《あお》ってみたのですが、それものらりくらりとかわされまして。思った以上に掴《つか》みどころのない人物でしたので、奥の手を使いました」

「なるほどな」


 金と物欲にまみれた世界で生きているオーガストだが、この世界にはそうしたものと無縁の人間がいることも理解している。

 いくら金を積んでもその意にそぐわなければ一切靡(なび)かない人間もいるのだ。

 そういう人間にいくらこちらが魅力的と思う提案をしても無意味だった。

 ゆえにダドリーは強引な手法を選んだのだ。


「あらゆる手を使って揺さぶりをかけます。アイザックとの戦いを見ましたが、あの女の戦闘能力は双子に勝るとも劣《おと》りません。必ず金のなる木になりますよ。会長」

「そうか。ならば必ずあの赤毛の女をあそこに引きずり出せ。ダドリー」


 オーガストは試合場を指差してそう命じた。

 そこでは今、猛牛に剣を突き刺して息の根を止めたクレアとクラリスが観衆から雨のような拍手喝采《はくしゅかっさい》を浴びているのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「お疲れさん。ついに牛と戦うようになったか。次は虎《とら》か熊か。象なんていう巨大な生き物もいるらしいぜ。ヒヒヒ」


 出番を終えて控《ひか》え室に戻ってきたクレアとクラリスを迎えたガスはそう言って笑う。

 その顎《あご》には痛々しく治療の跡が残っていた。

 先日、借金の取り立てに出向いた宿屋で赤毛の女戦士ネルに殴《なぐ》られて拵《こしら》えた傷だ。


「うるさいガス。さっきの牛みたいにアンタの尻《しり》にも刃を突き立ててあげようか?」

「つまんないこと言ってると、今度はワタシたちがその顎《あご》を割るよ」


 そう言うクレアとクラリスにガスは肩をすくめる。


「おお怖え。ダニアの女は凶暴でいけねえ。そう言えばあのムカつく赤毛女、警吏《けいり》署にぶち込まれたらしいぜ。いい気味だ。ヒヒヒ」


 そう言うガスに双子は顔を見合わせる。

 ガスは得意げに話を続けた。


「アイザックの旦那《だんな》とやり合ったんだってよ。んでダドリーの奴がそこに警吏《けいり》隊を仕向けて、哀《あわ》れ赤毛女はお縄《なわ》ってわけよ。ザマー見やがれ」


 そう言うとガスは胸がスッとしたというように鼻の穴《あな》を広げた。

 そんなガスに双子は白けた視線を向ける。


「どうせオーガストが交換条件出してすぐに出てくるって。ガス。あいつと同僚になったらアンタいじめられるよ」

「そうなっても助けてやらないから自分で何とかしてね」


 双子にそう言われてガス面白くなさそうに顔をしかめ、そして思い出したように言った。


「ああ。そう言えば会長からお達しだ。俺の護衛業務は別の奴に任せるから、おまえらはもう御役御免だってよ。よかったな」


 ぶっきらぼうなガスの言葉に双子は思わず顔を綻《ほころ》ばせる。


「本当に? やった! ようやくガスの陰気な仕事に付き合わずに済むのね」

「あれ毎日本当に面倒だったのよね。ガスの威張《いば》った顔見ると食欲無くなるし」

「……おまえら。もう少し年長者への敬意を持ちやがれ。それと会長に感謝しろよ。おまえらはウチの看板娘だから、これからは民衆の印象を良くするためにも仕事を選ぶんだとよ」


 クレアとクラリスの人気は日に日に高まっている。

 闘技場に来る客は今や9割近くが彼女ら目当てだろう。

 そんな2人に借金取りの護衛を任せるのは印象が良くないということでオーガストが決断したのだ。


「けど、おまえら暇《ひま》になるわけじゃねえから覚悟しとけ」


 釘《くぎ》を刺すようなガスの口ぶりに双子は怪訝《けげん》な表情を浮かべる。

 ガスは先ほど嫌味を言われた意趣《いしゅ》返しとばかりに薄笑みを浮かべた。


「これからは会長のお供としてお偉方《えらがた》との食事会に出たり、商会が開催する各種の催《もよお》し物に客寄せとして出たり、忙しく働いてもらうことになるってよ。ちゃんと化粧して着飾って言葉遣(づか)いも学んどけよ。看板娘さんたち」


 ガスの話に双子は辟易《へきえき》とした。


「何でそんな面倒なことしなきゃならないの」

「客寄せ要員……偉そうなジジイたちに媚《こ》びなきゃならないなんて地獄」


 双子の意気消沈《いきしょうちん》ぶりにガスは溜飲《りゅういん》を下げて満足げな顔を見せ、新たな護衛となる部下2名を伴《ともな》って取り立て業務へと出かけていくのだった。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

次回、第24話『囚われのネル』は

明日11月7日(土)午前11時50分に掲載予定です。

次回もよろしくお願いいたします。

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