第21話 『乱闘騒ぎ』
用心棒アイザックの大きな拳がネルに向けて突き出される。
鼻を狙った鋭い突きだ。
咄嗟のことだったが気を抜いていなかったネルは首を捻ってこれをかわす。
だがアイザックは拳を開くと、その手でネルの首を掴んだのだ。
「ぐっ!」
ネルは咄嗟に自分の首を掴むアイザックの小指に手をかけ、一番弱いその指をへし折ろうとする。
だが、それよりも早くアイザックはネルを放り投げた。
片手とは思えぬほどのアイザックの膂力で、ネルの体は軽々と宙を舞う。
地面に叩きつけられずに済んだのは、ネルが咄嗟にアイザックの小指に手をかけたため、アイザックがいち早くネルの首から手を離したからだろう。
ネルは空中で身を翻して地面に着地する。
突然のことに周囲にいた通行人らはギョッとして驚きの声を上げた。
ネルはそれに構わずアイザックに向かって行く。
いきなり仕掛けられたことで彼女の体は自然と反応し、闘争へと向かうのだ。
「やってくれたな!」
そう叫ぶとネルは走りながら鋭く飛んで飛び回し蹴りをアイザックの側頭部へ放つ。
アイザックはそれを腕で受け止めた。
だがネルは着地するとすぐに足払いでアイザックの膝の横を狙う。
鍛え上げられた屈強な男でも強く蹴られればよろめくところだ。
だがアイザックはわずかに足を上げて、筋肉で盛りがったふくらはぎでこれを受ける。
そして拳をネルに向かって打ち下ろした。
ネルは今度は大きく避け、ガラ空きになったアイザックの脇腹を蹴りつける。
しかしアイザックは痛むそぶりも見せずに平然と拳を横に向けて裏拳でネルの側頭部を狙った。
ネルは頭を下げてそれをかわすと稲妻のように鋭い動きでアイザックの顎に上段蹴りを浴びせる。
アイザックは顎を引いて首に打撃が入るのを防いだが、顎への強い衝撃にさすがに顔をしかめて数歩下がった。
「へっ。ようやく顔色を変えたな。旦那。仏頂面よりずっといいぜ」
ネルはニヤリとしてそう言うと、そこから猛攻を仕掛ける。
動きの速いネルはアイザックの周りを動き回って次々と打撃を加えていく。
アイザックは手足でこれを防ぐが、数発に一発は防ぎ切れずに浴びていた。
徐々にネルが優勢になっていく。
「どうした旦那! もう息切れか! 何なら腰の愛刀を抜いてみろ!」
だがその時だった。
突如としてけたたましい警笛の音が響き渡ったのだ。
ネルがハッとすると周囲に十数人の警吏が群がって来ていた。
警笛を吹き、手にした警棒でネルとアイザックを遠巻きに取り囲んでいる。
突然の喧嘩騒ぎに驚いて通行人らが警吏を呼び寄せたのかもしれないが、それにしては早過ぎるし集まる人数も多過ぎるとネルは思った。
ダドリーが突然声を上げたのはその時だった。
「ああっ! セオドア隊長! 良いところに! うちの従業員が突然暴行を受けまして! 犯人はこの女です!」
それを聞いた警吏隊の隊長と思しき中年の男はアイザックの顔を見た。
ネルに何度か殴られてアイザックはその顔を赤く腫らしている。
それから隊長とその部下たちはネルに目を向けて思わず驚きの表情を浮かべた。
「ダニアの女か。詳しい話は署で聞こう。抵抗するな。抵抗すれば罪が増えるぞ」
そう言うと警吏たちはジワジワと包囲の輪を狭めてきた。
その数は20人くらいはいるだろう。
(チッ。2〜3人殴り倒して突破するか)
そう思ったネルだが、そこでアイザックの殺意を感じる。
アイザックは腰を落としたまま、いつでも腰の剣を抜けるように身構えていた。
その気迫は半端ではない。
ネルが強引に警吏の包囲網を突破しようとすれば、その隙に斬りつける気だろう。
アイザックの隣ではダドリーが涼しい顔で警吏隊長セオドアに状況を説明している。
ネルは即座に理解した。
(初めからこのつもりだったか。まんまとハメられたぜ)
ネルの怒りの眼差しはアイザックに向けられる。
「旦那。アタシの打撃を避けずに受けていたのはこのためかい。意外と姑息で驚いたぜ」
そう皮肉を言うネルをアイザックは無言で見据えている。
その隣にいるダドリーの顔には小賢しい笑みが浮かんでいた。
「抵抗しないで下さい。警吏の心証が悪くなりますよ」
その隣では警吏隊長セオドアがネルに警告の声を発する。
「武器を捨てろ! 抵抗しなければ手荒にはしない!」
警吏たちは二重三重の輪を作ってネルを取り囲む。
ネルは肩をすくめると腰帯から鉈の入った鞘を取り外して地面に放り出し、仕方なく両手を上げて言った。
「その辺に置いてある弓と矢筒はアタシの私物だ。無くさねえようにあんたが預かっていてくれよ。警吏隊長殿」
そう言うネルに警吏たちは一気に押し寄せ、その身柄を拘束するのだった。




