第1話『紅の双星』
埃っぽい待機所で2人の若い女たちは自分たちの出番を待っていた。
赤毛に褐色の肌。
筋骨隆々とした肉体。
そして何よりも特徴的なのが、2人がほとんど瓜二つのよく似た顔をした双子だということだ。
そしてその双子姉妹のすぐ近くには、上等な衣服に身を包んだ小男が立っており、ニヤニヤとした顔で双子に声をかける。
「よう。クレア。クラリス。今日の相手は獅子だってよ。餌にされねえように、せいぜい気を付けな。ひひひ」
そう言う小男をジロリと睨みつけたのは妹であるクラリスだ。
彼女は拳、肘、そして足の大部分に鉄の装具を着けていた。
これは防御のためでもあるが、攻撃のためでもあった。
彼女が得意とするのは拳打や足蹴りなどを駆使する打撃格闘術だ。
そして彼女は得意武器である2本の旋棍を振るって準備運動をしながら吐き捨てるように言った。
「うるさいよ。ガス。あんたを獅子の餌にしてあげようか?」
「へっ。ごめんだね。俺がいなくなったら明日から誰が借金奴隷どもから金を取り立てするんだ? おまえたちに出来るのか?」
ガスと呼ばれた男がそう減らず口を叩くのを聞きながら、姉のクレアは自分の剣に刃こぼれが無いかを入念に確認する。
彼女の得意武器は2本の剣だ。
長剣とやや短めの中剣。
その二刀流を駆使するのだ。
クレアはギラリと光る刃をガスに向ける。
「少し黙りなガス。こいつであんたのナニを切り落としてやってもいいんだよ。足しげく通っている娼館にも通えなくなって、稼ぎをしっかり貯金できるからいいんじゃない?」
眼光鋭くそう言うクレアにガスはそれ以上の軽口を叩かずに肩をすくめた。
姉妹はそれぞれの武器を入念に確認し終えると、今度はしなやかな手足を伸ばして準備運動を始める。
「もう人間じゃワタシらの相手は務まらないってことでしょ」
「どこかに強い奴はいないかね。このままじゃ熊とか牛を相手にするようになるよ。曲芸師じゃないんだからさ。ちゃんとした武人と戦いたいもんだよね」
そう悪態をつく2人に、待機所の出入口である鉄格子を開閉する係の男たちが言った。
「クレア、クラリス。出番だぞ。いつものように盛り上げてきな。今回は獣相手だから会長からの報酬もたんまり出るって話だぜ」
その言葉に双子は不敵な笑みを浮かべた。
「憐れな獅子に同情するわ」
「派手に盛り上げてやろうじゃないの」
クレアとクラリス。
双子の戦士はそう言い合うと引き上げられた鉄格子をくぐり、意気揚々と闘技場に躍り出るのだった。
☆☆☆☆☆☆
闘技場が最高潮の熱狂に包まれた。
この日、最後の試合にして最大の目玉。
この闘技場の一番人気である赤毛の双子の姉妹が登場した。
クレアとクラリス。
その燃えるような赤毛と双子であることが夏の夜空に輝く2つの赤い星を想起させるため、彼女たちは【紅の双星】と呼ばれていた。
観衆は割れんばかりの声援を彼女たちに送る。
女だからと2人を侮る者はこの場には1人もいない。
皆、知っているのだ。
屈強な男たちでも敵わない彼女たちの強さを。
だからこそ今日の対戦相手は特別に用意されていた。
獰猛で大型の獅子だ。
出番が来るまで檻に入れられていた獅子は解き放たれ、闘技場の土の地面を踏みしめる。
空腹のせいで獅子は苛立っていた。
大きく吠えるその獅子の姿に、観衆の間からは興奮と畏怖のどよめきが上がる。
そして周囲をグルリと取り囲む客席からの声に、獅子は興奮したのか落ち着かなさそうにその場でグルグルと回り始めた。
それから同じ試合場内にいる2人の女たちを獲物と狙い定めると、一気に駆け出す。
クレアとクラリスはそれぞれの武器を手に構えた。
戦いの幕開けだ。
「さて、食われないようにせいぜい気張らないとね」
そう言う姉のクレアは長剣とやや短めの中剣を左右の手に握った。
その隣では妹のクラリスが鉄の旋棍を握りしめて身構える。
「獣を殺すのは趣味じゃないけど、これも仕事だからね。悪く思わないでよ」
姉妹も猛然と駆け出して獅子に向かって行く。
そして獅子の左右を挟むように飛び分かれた。
獅子はどちらを襲うか一瞬迷ったが、妹のクラリスを狙って飛びかかった。
だがクラリスは半身になりながら獅子の側頭部に旋棍を叩きつけ、自分はそのまま獅子をかわすように背後へ飛び退った。
殴られた獅子は地面に倒れ込むが、頭を振るいながらすぐに起き上がる。
だがその時にはすでにその背後をクレアが取っていた。
「くたばりな!」
クレアの剣が一閃し、獅子の尾の先端が無残に斬り落とされた。
鮮血が舞い散り、獅子はわずかに怯んで後方に下がる。
そこへクラリスが追撃をかけ、旋棍を振り回して飛びかかっていく。
双子の姉妹の猛攻は続き、闘技場の熱狂はさらに高まっていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ふ〜ん。そういう仕組みか」
観客席の通路の壁に背をつけたまま、ネルは闘技場で繰り広げられる双子の姉妹と獅子の対決を観ながら1人そう呟いた。
彼女の呟きは観衆のどよめきにかき消されて誰にも聞こえない。
ネルは双子と獅子の戦いを観てすぐに気が付いた。
獅子は大型だがその毛並みや動き方を見ると年老いた個体だと分かる。
双子の身の安全に配慮したのか、若くて逞しい個体を捕らえることが出来なかったのかは分からない。
そして双子は必要以上に派手に動き回り、大立ち回りを見せている。
観客を盛り上げるためだ。
おそらく双子がその気になれば、あの老いた獅子はすぐに仕留められるだろう。
しかしそれでは客の熱も冷める。
闘技場は殺し殺される戦いに観衆が酔いしれる場所だが、それは派手で見どころのある戦いがあってこそだ。
ただの凄惨な獣殺しを観させられても、観客は再びこの闘技場に足を運びたいとは思ってくれないだろう。
演出が必要なのだ。
双子の大げさなほどの派手な立ち回りは【魅せるための戦い】に手慣れていて、客を盛り上げる術をよく知っているからこそだろう。
ネルはじっと2人の動きを見た。
(よく鍛えられているな)
双子はおそらく現在19歳になったばかりのネルと同じくらいか少し下くらいの年齢だろう。
運動神経、武器の扱い、双子ならではの連携。
どれをとっても優秀な戦士であることを窺わせる。
そんな2人を相手に年老いた獅子は徐々に傷を負い、追い込まれていく。
どんなに凶暴な獣とて、自身の死を感じ取れば弱気になる時がある。
老いた獅子も赤毛の女たちに傷をつけられて最初は死に物狂いで抵抗して暴れていたが、気力体力の低下による反撃意欲の喪失が見え始めた。
それに双子も気付き、潮時だと思ったのだろう。
一気に獅子を仕留めにかかった。
クラリスが左右の旋棍で激しく獅子の頭部を左右から殴打し、獅子がそれに必死に応戦しようと躍起になる隙に、背後から近寄ったクレアが長剣を獅子の脇腹に突き立てた。
刃が獅子の腹を深々と抉り、獅子は見る見るうちに息も絶え絶えになり、その動きは鈍くなる。
そしてクレアは残った中剣を逆手に持つと、それで獅子の首を上から下へ差し貫いた。
獅子は口から大量の血を吐き出し、その場に腹這いに倒れ込むと体を痙攣させ、すぐに動かなくなった。
獅子が絶命すると、クレアとクラリスは両手を天に突き上げ、観衆に見せつけるように勝利の声を上げる。
途端に闘技場は大歓声に包まれた。
「うおおおおおおおっ! すげええええええっ!」
「獅子に勝っちまった! やっぱりおまえらが最強だ!」
双子を讃える観客の声があちこちから上がる。
クレアとクラリスは両手を上げてそれに応え、観客の熱狂をその身に浴び続けるのだった。




