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第18話 『不良少年たち』

 川原では5人の少年たちがカールを前にしてニヤニヤと笑っている。


「おい。カール。弱い奴は訓練しても弱いままだって言ったのを忘れたのか? 毎日馬鹿みたいに棒切れ振り回しても無駄《むだ》なんだって。いい加減に分かれよ」


 一番年上で体の大きなガキ大将がそう言いながらカールに近付いていく。

 カールは棒を握ったままその少年を睨《にら》みつけた。


「うるせえ。俺の勝手だろ。邪魔だ。失せろ」

「やなこった。今すぐその棒を捨てて自分が弱い負け犬だって認めろよ。浮浪児上がりの貧乏人が」


 取り巻きの少年らがその言葉に反応して貧乏人貧乏人と囃《はや》し立てながら笑った。

 だがカールは顔色を変えずにフンッと鼻を鳴らすばかりだ。

 この少年らは以前からカールを見かけては、からかったり馬鹿にしたりして楽しんでいる。


 初めのうちはカールも突っかかっていき喧嘩《けんか》を繰り返していたが、今ではバカバカしくなり相手にしないことを決めていた。

 だが少年らはそんなカールの態度が癪《しゃく》に障《さわ》るようで、カールを見かけては度々(たびたび)ちょっかいを出して来るようになった。

 そしてこの日、大将格の少年はカールを揶揄《やゆ》するための新たな情報を仕入れていたのだ。


「そういえば俺、父ちゃんに聞いたんだけどさ、カールってあのオーガスト商会に潰《つぶ》された孤児院にいたんだってな」


 その話にカールの眉《まゆ》が跳ね上がった。

 それを見たガキ大将は口元を歪《ゆが》めて笑いながらさらに話を続ける。


「あの孤児院の牧師。牧師のくせに酒を飲んで酔《よ》っぱらって川に落ちて溺《おぼ》れ死んだらしいぜ。どうしようもねえクズだな」


 そう言ってガキ大将が笑うと、取り巻きの少年らも笑う。

 カールは腹の底で煮《に》え始めていた怒りが一瞬にして急騰《きゅうとう》するのを感じた。

 気付くとカールは怒りに吠《ほ》えて棒を振り上げ、ガキ大将に襲いかかっていた。

 そしてその棒でガキ大将の脳天を打とうとする。


「うわああああっ!」


 驚《おどろ》いた他の少年たちが思わず後退《あとずさ》る中、ガキ大将だけはカールの手首を両手で掴《つか》んで押さえ、棒を奪い取る。

 そしてそのままカールの腹部を蹴《け》りつけた。

 カールは仰向《あおむ》けのまま後方の地面に倒れ込む。


「あうっ!」

「棒なんか持ったって弱い奴は弱いままなんだよ!」


 そう言うとガキ大将は倒れているカールを蹴《け》りまくった。

 それを見た他の少年4人も倒れたカールの周りに群がると彼を蹴《け》り始めた。

 カールは必死に起き上がろうとするが、体格で遥《はる》かに勝るガキ大将はそんなカールの腹を足で踏みつけて動けなくする。

 そして彼は子分の少年らに命じた。


「そいつの手を押さえろ。もうこんな棒を持てないようにしてやる」


 その言葉を聞いた少年らのうち2人がカールの上に馬乗りになって押さえ込み、残りの2人がカールの二の腕や手首を掴《つか》んで右手を地面に押し付ける。

 それを見たガキ大将はカールから奪い取った棒を振り上げた。

 狙《ねら》いは地面に押し付けられているカールの右手だ。


「おい。カール。泣いて謝って俺の子分になるなら許してやるぞ?」


 そう言うガキ大将だが、カールはまるで狂犬のように歯を剥《む》いて怒りの声を上げる。


「ふざけんな! 謝るのはおまえだ! 先生のこと何も知らないくせに! 許さねえぞ!」


 泣いて許しを乞《こ》うてくるものとばかり思ったカールの思わぬ剣幕に、ガキ大将は顔をカッとなって真っ赤に染め、声を上擦《うわず》らせた。


「こ、この野郎。どうなっても知らねえぞ! 俺はおまえの手をぶっ潰《つぶ》すくらいのこと平気でやれるんだからな!」


 そう言って棒を振り下ろそうとしたガキ大将だが、それは叶わなかった。

 棒は何者かによって強い力で掴《つか》まれ、まったく動かなくなったのだ。

 それどころか上から引っ張り上げられて取り上げられてしまった。


「そこまでにしな。それ以上はガキの喧嘩《けんか》にしちゃやり過ぎだ」


 驚《おどろ》いたガキ大将が振り返ると、そこには赤毛で褐色《かっしょく》肌の女が取り上げた棒を肩に担いで立っていた。

 その筋肉質な体と、鋭い眼光にガキ大将は思わず息を飲む。

 突然の乱入者に、カールは呆気《あっけ》に取られたような顔で声を上げた。


「ネ……ネル!」

「よう。カール。川原で決闘ごっこか」


 そう言うとネルはガキ大将の鼻先に棒を突きつける。


「そいつは宿屋の労働力なんだ。手を潰《つぶ》されちゃ働けなくなっちまう。その辺で勘弁してやれ」


 その顔に笑みを浮かべながらも有無を言わせぬ口調のネルにガキ大将は必死に食い下がろうとした。


「な、何なんだアンタ。大人のくせにガキの喧嘩《けんか》に……」


 だが、そこでガキ大将の子分たちが悲鳴交じりの声を上げる。


「ダ、ダニアの女だ!」

「あの闘技場の双子と同じダニアの女だ!」

「や、やべえよ!」


 口々にそう言うと子分の少年たちは脱兎《だっと》のごとくその場から逃げ出していく。

 それを見たガキ大将はいよいよ顔を青ざめさせて自分も逃げ出した。


「くそっ! カール! いい気になるなよ!」

「次はただじゃおかねえからな!」


 そう捨て台詞《ゼリフ》を残して悪ガキたちが逃げ去っていくのを見届けると、ネルはカールを見下ろした。


「自分で立ちな。まだその元気かあるならな」


 カールは歯を食いしばる。

 そして蹴《け》られた痛みを堪《こら》えて立ち上がった。

 立ち上がったカールは必死に言葉を搾《しぼ》り出す。


「こんなもん……ヘッチャラだ」


 そう言うカールは体のあちこちを蹴《け》られて痛め、服も汚していたが大きなケガはないと自分でも分かった。

 あるいは悔しくて体が燃えるように熱く、そのせいで痛みを感じていないのかもしれない。

 亡き牧師のことを揶揄《やゆ》されてカールは怒りと憎しみで頭の中から理性が吹き飛んでしまったのだ。

 そんなカールにネルは言う。


「相手が憎くて殺しちまいたくなったのか。ま、人間ってのはそういう怒りや憎しみを瞬間的に爆発させたくなるもんさ。けどおまえ……本当に殺す覚悟はあったのか?」


 そう言われてカールは思わず顔を上げる。

 ネルは手にした棒をカールに手渡しながら言った。


「こいつでさっきのガキ大将の頭を狙《ねら》っていたな。カール。おまえの腕力でもこの棒で頭を打てば相手を殺しちまう恐れはある。おまえはアイツを殺そうとしたのか?」


 ネルにそう言われてカールは思わず呆然《ぼうぜん》とする。

 彼女の言う通り、自分は確かに先ほど怒りのままに振り上げた棒でガキ大将の頭を打とうとした。

 だが相手を殺そうとかそんなことは一切考えていなかった。

 ただ怒りに突き動かされて棒で殴《なぐ》りかかっただけだ。


「おまえはあの時、人を殺す覚悟があったのか?」


 そう言うネルにカールは思わず彼女の顔を見た。

 ネルの顔は平静そのものだった。

 そこにカールの行為を咎《とが》めたり呆《あき》れたりする感情の色は一切見られない。

 だがカールはネルの言葉の重さに口ごもってしまい、すぐには返答を口にすることが出来なくなってしまうのだった。

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