第16話 『双子の不満』
オーガストの部屋を辞したクレアとクラリスはブツブツと文句を言いながら廊下を進んでいく。
「そりゃそう言うよね。オーガストの立場なら。だけどつまんないな」
そう言うクレアにクラリスはため息混じりに言った。
「このまま台本通りの緩い戦いばかりしてたらさ、ワタシら強くなるどころか弱くなるんじゃないの?」
クラリスの言葉にクレアはしばし黙り込む
2人共同じことを考えていた。
ゆうべの赤毛の女との喧嘩は鮮烈に2人の脳裏に焼き付いている。
「……あの女。ムカツクけど本当に強いよね」
「うん……正直鳥肌が立った」
それは恐怖を覚えてのことではない。
興奮したのだ。
今まで見たことがないような強さを持つ赤毛の女に。
彼女と本気で戦ってみたい。
クレアもクラリスも自分の中に芽生えた戦士の衝動をどう抑えたらいいのか分からずに戸惑っていた。
クラリスは思い詰めたような顔で姉のクレアに目を向ける。
そして声を潜めて姉にだけ聞こえるように囁いた。
「ねえクレア……ワタシたちは今まで誰よりも闘技場に貢献してきたよね。援助してもらった分のお釣りが来るくらいワタシたちのおかげでオーガストは儲けたはずよ。1試合くらいの台本破りをしてもオーガストは許してくれるんじゃ……」
「ダメよ。オーガストが心配しているのはワタシたちやその赤毛の女が死んだり重傷を負って使い物にならなくなること。真剣勝負をする以上、その危険性は避けられない。いくらワタシたちでもあのオーガストがそんなことを許すはずはないわ」
オーガストが声を荒げたり暴力を振るうのを見たことはないが、彼が自分との約束を破った者へ下す冷酷な決断をクレアもクラリスも知っている。
2ヶ月ほど前に台本破りをした闘士がいた。
理由は勝負の最中に熱くなってしまい、本当は自分が負ける筋書きだったのに相手を叩きのめしてしまったのだ。
オーガストはその相手を叱責はしなかった。
次の試合こそは台本通りにやってくれと言い、新たな台本を伝えたのだ。
そして……その闘士は次の試合で闘技場に立って震え上がることになった。
対戦相手として出て来たのはあらかじめ予定されていた相手ではなく、オーガストの用心棒を務めるアイザックだったのだ。
本来、アイザックは闘技場の試合に出ることはない。
だがオーガストの指示で彼はその試合に出て、台本破りをしたその闘士を惨殺したのだ。
圧倒的だった。
身長2メートルを超えるアイザックの大剣を受けた闘士は文字通り、頭から股下までを真っ二つに割られ、右半身と左半身に分かれて即死したのだった。
人間のそんな死に様を見たことのない闘技場の客は、この試合ばかりは静まり返った。
その試合のことは双子もよく覚えている。
あれは台本破りをした闘士への、オーガストによる私刑だったのだ。
「ワタシたちだけがオーガストにとって特別だなんて甘い期待は抱かないほうがいい。オーガストにとって利のある人材ってだけよ。それに彼はワタシたちに投資をしている。オーガストの意向に背くわけにはいかないわ」
そう言うクレアにクラリスは唇を噛む。
「全部あのクソ親父のせいだ」
クレアとクラリスがリンディアの首都であるこの街にやって来たのは1年ほど前のことだった。
2人は母親と共に近隣の都市から逃げてきたのだ。
元々住んでいた街では双子の父親が無謀な投資話に乗って損失を抱え、その失敗を取り戻そうと賭博にのめり込んだ。
その結果、多額の借金を抱えることになったのだ。
それはとても働いてすぐに返せる額ではなかった。
その後、父親は借金取りからの厳しい取り立てに耐え切れずに自らの命を絶った。
そして残された母と双子は借金取りから逃げて街から街へ転々とする逃亡生活を強いられたのだ。
そんな生活の中で心労が祟ったのか、頑健だった母は病に倒れて痩せ細っていった。
病の母を抱える双子にも容赦なく借金取りの手は迫り、流れ流れてこの首都に辿り着く頃には母はもう路地裏に横たわって死を待つばかりとなっていた。
クレアやクラリスは母親や自身の食べ物を手に入れるために強盗行為を働き、その際にオーガスト商会の倉庫に度々盗みに入ったのだ。
居並ぶ守衛らを次々と打ち倒す双子の話を部下から聞いたオーガストは双子の居場所を突き止めると、アイザックや他の部下たちを伴ってそこを訪れた。
病気の母を抱えてもうどこにも逃げられないと観念した双子に、オーガストは意外にも救いの手を差し伸べたのだ。
オーガストは盗みの罪を不問に処し、双子の母を病院に入院させ治療費を支払った。
そして双子の衣食住の面倒を見て、さらには双子の父親が残した借金さえも肩代わりしたのだ。
残念ながら双子の母親は治療の甲斐なく数日と経たずに亡くなってしまった。
しかしオーガストはそんな母のために墓を建ててくれたのだ。
その見返りにオーガストが双子に求めたのは、闘士としてオーガスト商会と契約を交わし、闘技場で戦うことだった。
もちろん双子はそれを即座に受諾した。
そしてクレアとクラリスはオーガストへの恩を返すため、夢中になって闘技場で戦った。
若い女の双子が男顔負けの強さで屈強な男たちを倒す。
双子はたちまちに観衆の人気を独り占めにし始めた。
闘技場は連日満員となり、オーガスト商会は大きな儲けをその手にしたのだ。
そして闘技場での大活躍は双子の生活を劇的に向上させた。
暮らしは豊かになり、借金取りから逃げていた頃からは考えられないほど安心の日々が続いた。
互いに利のある関係とはいえ、オーガストの申し出が無ければ双子は今も借金取りに追われる日々を過ごしていただろう。
2人にとってオーガストは紛れもなく恩人なのだ。
クレアの言葉にクラリスも自身の考えを思い直した。
「出来ないよね。オーガストを裏切るようなことなんて」
悄然としたクラリスの言葉にクレアも思わずつきそうになったため息を飲み込む。
クレアとてゆうべの出来事で心がざわめき立っていた。
ただでさえ最近の生活に鬱屈としていたのだ。
もっと強くなるためにはより強い者と戦って刺激を得るほうがいいに決まっている。
だが双子は自分たちを窮地から救い出してくれたオーガストへの恩義という頸木に囚われていた。
「明日も試合がある。準備しよう。クラリス」
「うん。でももしあの赤毛の女と闘技場で戦うことになったら、何発かは本気で殴ってやろうよ。クレア」
そう言うと互いを励まし合うように肩を叩き合い、双子の姉妹は自室へと戻っていくのだった。




