第15話 『オーガストの館』
オーガスト商会の主であるオーガストは自身の私邸内の執務室に双子の姉妹クレアとクラリスを呼び寄せた。
他の闘士らが寮で暮らすのをよそに、双子はこの邸宅の中に自分たちの部屋を宛てがわれて暮らしている。
ほどなくして室内に入ってきた双子をオーガストは笑顔で迎えた。
「ご苦労。ゆうべは同族の女に会えたらしいじゃないか。どんな気分だった? 驚いただろう? 嬉しかったか? 興味深い。教えてくれよ」
嬉々としてそう言うオーガストに双子は不機嫌さを隠そうともせずに答えた。
「驚いたけど、嬉しくはないよ。ムカつく女だったし」
「そうだよ。アイツ絶対ワタシたちのこと見下してたし。ぶっ飛ばしてやろうと思ったらダドリーが止めるからさ」
不貞腐れたようにそう言うクレアとクラリスにオーガストは鷹揚に頷いた。
「そうかそうか。出会いは最悪だったというわけか。では別の質問をしよう」
そう言うオーガストの目が細められた。
「強かったか?」
オーガストの問いに2人は苦々しげに頷いた。
「ムカつく女だけど……腕は確かだと思う」
「正直……オーガストの抱える闘士の誰より強かった。アイザックは別だけど」
クレアとクラリスの話にオーガストは嬉しそうに口元を綻ばせた。
「そうか。おまえたちがそう言うなら本物だ。で、協力はしてもらえると思うか?」
「ワタシらにはそういうことは分からないよ」
「印象でいい。おまえたちから見たその赤毛の女の人柄を教えてくれ。ムカつくってこと以外でな」
そう言うオーガストに双子は互いに顔を見合わせた。
このオーガストという人物は元はあの闘技場で最強の剣奴だったという話は聞いたことがあるが、クレアもクラリスも彼が荒々しい言動をするのを見たことはない。
しかしながらその目には人の心の奥底まで見抜くような深い光が宿っていた。
人を観察し、自分にとって利のある人物か、はたまた害となる人物かを見極めようとするところがあるのだ。
クレアもクラリスもこの男にとって害のある側に回らない方がいいと心のどこかで恐れていた。
「……金は持ってなさそうだった。身なりもそんなによくなかったし」
「そうか。ならば金を積めば闘技場の闘士になってくれると思うか?」
「う〜ん……そうかもしれないけど何とも言えないわね」
双子の反応を見つつオーガストはフムと頷く。
「ガスがのされたようだが、赤毛の女はなんで取り立てにきたガスをぶっ飛ばしたんだと思う?」
「そこまでは……何か食事の邪魔をされて腹を立ててたみたいだけど」
「宿の老夫婦を守ろうとしていなかったか?」
オーガストの質問にも双子は肩をすくめた。
「特別そんなふうには見えなかったけど……」
「そんな人助けをするような女には見えなかったわ。人相悪かったし。アイツ絶対性格悪いわよ」
そう言う双子にオーガストは笑みを浮かべたままじっと双子を見据えた。
「そうか。分かった。何とかその女を雇いたいな。それと先に言っておくが……真剣勝負は無しだ。俺と契約している以上、俺の方針には従ってもらう。いいな?」
オーガストの言葉に双子は押し黙る。
相手がダドリーならばともかく、オーガスト相手に下手なことを言うわけにはいかない。
オーガストは2人にとっての恩人でもあるからだ。
「……了解」
「仕方ないわね」
「感謝するよ。赤毛の女との対戦時には2人にも特別報酬を追加しよう。約束する」
鷹揚な笑みを浮かべてそう言うオーガストに、双子は頷き、部屋を後にするのだった。
☆☆☆☆☆☆
「しかし落ち着かねえ街だな」
ネルは少々苛立たしげにそう言うと、雑踏から離れて路地裏に入った。
昼下がり。
午前中は宿を出てから武器屋で矢を調達したり、干し肉や干し果実などの携行食を購入したりするうちにあっという間に時間が過ぎていった。
大きな商店は街の中心部に集中しており、いつも人出が多いため、買い物にも時間ばかりがかかってしまう。
おまけに昼時になるとどこの飲食店も混み合っていて、落ち着いて食事をするどころではなかった。
ネルはすでにこの街の混雑ぶりに辟易としていた。
野山を1人で歩いている時の方が自分の性には合っている。
何日か滞在する予定だったが、夕方にはここを発つと決めた。
そしてこの街を出ようと思ったのは単に混雑が嫌だというだけではなく別の理由もある。
ネルは平然と雑踏を歩いて時折、露店などを冷やかしながら感じていたのだ。
(やっぱり……誰かにつけられている)
ネルは自分を監視する者の視線を感じていた。
あからさまな尾行ではない。
おそらく雑踏の中に紛れて民衆を装っているのだろう。
ネルの行動をじっと見ている者の目が常に付きまとっている。
しかしネルはそれを撒こうとは思わなかった。
監視されていることを気付いた様子などおくびにも出さずに街で買い物を続けた。
監視をしている者はオーガスト商会の手の者と見て間違いないだろう。
食事や買い物をしながらネルはそれとなく情報を集めていた。
この街の名物である闘技場を仕切るオーガスト商会のこと。
赤毛の双子のこと。
借金の取り立てのこと。
そうした情報は簡単に手に入った。
なぜならネルが双子と同じ赤毛に褐色肌の女であり、行く先々で人々から闘技場への出場を勧められたからだ。
彼らは口も軽やかに色々な情報をネルに教えてくれた。
(昨日の取り立て人をぶっ飛ばした件の落とし前か? それともあのダドリーとかいう男が言っていたように闘技場への勧誘か。何にしても人の行動をジロジロと見張っているのはあまり趣味がいいとは言えねえな)
街で得られる情報の中からは、オーガスト商会の裏の顔も見えてくる。
勢力を拡大するためならば非合法な手段も厭わない集団と恐れる者も少なくない。
政治家や警吏なども賄賂で抱き込んでいるという。
だがネルはそれを微塵も恐れなかった。
(この街とももうじきオサラバだし、どうでもいいぜ。もしちょっかい出してきたら、その時はいつも通りにやるだけさ)
ネルは拳を軽く握りしめると街の出口である東門へと向かって進み続ける。
誰にも邪魔されることなくこの街を後に出来るのかはまだ分からない。
だが彼女は障壁があれば押し通る性分だ。
その歩みからは一切の迷いも恐れも感じられなかった。




