第14話 『暗い目的』
「ネル! 待ってくれよネル!」
宿を出て数分歩いたところで慌てて追いかけてきたカールに、ネルは少々ウンザリした顔で振り返る。
「何だ? 仕事放り出してんじゃねえよ」
そう言うネルにカールは憮然としてネルを見上げる。
「放り出してねえよ! 今から食材の買い出しに行くところなんだよ!」
そう言うカールは腰帯に固く財布を括り付けていた。
おそらく老店主が買い出しのために持たせたものだろう。
「そうか。おまえ、爺さんに信用されているんだな。裏切るなよ」
もちろん落としたり失くしたりしても構わない程度の金額しか持たせていないのだろう。
しかし元浮浪児であり赤の他人であるカールに、きちんと仕事を教え込むのだという老主人の意気込みが窺えるとネルは思った。
「裏切らねえよ。爺さんと婆さんには……感謝してる。でも俺は将来宿屋の仕事をするつもりはねえ。必ず武人になるんだ」
カールはそう言うと口を真一文字に引き結ぶ。
そんな少年の様子にネルは片方の眉を上げた。
「武人になっておまえは何をするんだ?」
気安い口調でそう尋ねたネルだが、カールは思い詰めたような深刻な表情で声を絞り出す。
「オーガスト商会のオーガストを……殺す」
そう言ったカールの目は、それまでとは異なり少年らしからぬ暗い色をたたえていた。
ネルの目がわずかに鋭く細められる。
「殺す? そいつはまた物騒な話だな。カール」
まだ幼い少年の口から飛び出した言葉を聞き、ネルは静かにそう言った。
カールが体を鍛え、武術を覚えて将来武人になりたい理由。
それはオーガスト商会の会長であるオーガストをその手で殺すためだった。
ネルの冷静な口調にもカールはたじろぐことなく頷く。
その目が揺らいでいないことを見て内心で嘆息するネルだが、人にはそれぞれ事情がある。
それは幼子であっても同じことだ。
ネルは他人の復讐の理由には興味がなかった。
「おまえがその男を殺したい理由はどうでもいいが、殺すというからには自分も殺される覚悟があってのことだろうな?」
「俺は殺されねえよ。鍛えて強くなるからな」
憤然とそう言うカールの頭をネルはゲンコツで叩いた。
「イテッ! 何すんだよ!」
「アホ。強い奴だって殺される時は殺されるんだよ。無敵の人間なんてこの世にはいねえ」
そう言うとネルはカールの胸ぐらを掴んだ。
そしてまだ幼い少年の目をじっと覗き込む。
「たとえば……強い決意を持ってアタシを殺そうとする奴が向かって来るならアタシはそいつを殺すぜ。自分の命を脅かそうとする脅威は排除しておくべきだからな。おまえがそのオーガストとかいう奴を殺そうとするなら、そいつもおまえを殺そうとするだろ。当然のことだ。そのくらいの覚悟が無い奴に、復讐なんてする資格はねえんだよ。覚えておけ」
そう言うネルの迫力にカールは思わずたじろいだ。
だが、それでも彼は歯を食いしばる。
「あんな奴が……あんな奴が今ものうのうと生きていていいはずないんだ! 俺はやる! 絶対に!」
そう言うカールの目にはうっすらと涙が滲んでいた。
ネルは悟る。
これほどの恨みがあるということは、相応のことをされたのだろうと。
ネルはカールの胸ぐらを掴む手を放した。
「そうか。なら好きにしな。おまえの人生だ」
そう言うとネルは踵を返して立ち去っていく。
わずかに身を震わせながらカールは何も言わずに口を引き結んだまま、その背中を見送ることしか出来なかった。
☆☆☆☆☆☆
今日は週に一度の闘技場の休場日であり、普段は多くの観客で賑わう闘技場では清掃業者の者たちが十数名で清掃業務に当たっていた。
そんな闘技場を見下ろす小高い丘の上に豪邸が建てられている。
オーガスト商会を経営するオーガストの私邸だ。
今、その邸宅を訪れて主であるオーガストに業務報告を行っているのは商務長のダドリーだった。
その内容にオーガストは満足げに頷く。
昨日、この闘技場で目撃された赤毛の女をダドリーが早くも街中で発見したのだ。
「さっそく見つけたか。しかもすでに双子と接触していたとは……面白い。台本の構想が浮かんできたぞ。何としてもその女をうちに引き込め。ダドリー」
「はい。赤毛の女には今、見張りをつけて尾行させています。後ほど私が直接交渉に当たりましょう」
そう言うダドリーに頷くとオーガストは自分の背後に控えている大柄な男に声をかける。
「アイザック。念のためダドリーに付いて行ってやれ」
アイザックと呼ばれたその男は黙って頭を下げる。
そして腰に長めの剣を帯びると、ダドリーと共にその場を後にするのだった。
腹心の部下2人が去ると、オーガストは部屋付きの侍女に命じる。
「クレアとクラリスを呼べ」
突如としてこの街に現れたダニアの女。
その存在が自分にとって吉兆となることを直感しオーガストは精力的に動くことを決めた。
この首都ディガレストで大きな影響力を持つ自身の経営する商会の立場を揺るぎないものにし、この国に自分の存在を楔として打ち込むために。




