第12話 『闘技場の秘密』
「あの宿を見張れ。後ほど追加の人員を4名送る。6名態勢で見張り、赤毛の女が出て来たら追跡しろ。気取られるなよ」
オーガスト商会の商務長ダドリーは待たせておいた馬車の中から2名の部下が降りて来るのを見ると彼らにそう命じた。
2名の部下は黙って頷き、赤毛の女が宿泊する宿へと向かって行く。
屈強な護衛の男たちと違って2名とも小柄で目立たぬ男たちだ。
目立たず民衆に紛れて見張りや追跡、情報収集などの諜報活動をさせるための部下たちだった。
つい15分ほど前、商談の帰りにこの近くを馬車で通りかかった際にダドリーはたまたま見かけたのだ。
双子と赤毛の女が争っているのを。
赤毛の女は一目でダニアの女と分かる風貌であり、双子とも互角以上に戦っていた。
その姿を見た時にダドリーは商人としての魂が揺さぶられたのだ。
ここのところ闘技場は双子の人気に頼り切りであり、こうした状況は長くは続かないだろうとダドリーは考えていた。
新たな目玉が必要なのだ。
彼の主であるオーガストも闘技場で目撃された赤毛の女を探せと命じたばかりであり、ダドリーが彼女を発見できたのは幸運な偶然だった。
「これは天恵だ」
1人そう呟くダドリーの背後では不満げな顔の双子がブツブツと文句を言っていた。
「あの女。腹立つわ」
「ダドリー。何で間の悪い時に来るのよ」
聞こえよがしにそうぼやく双子にダドリーはやれやれと首を振った。
「おまえたちはもう少し契約の重要性を自覚しろ。会長と契約を交わした以上、おまえたちはオーガスト商会の看板を背負っている。おまえたちの戦闘技術はあの闘技場でのみ披露されるべきで、野良試合などもっての他だ」
そう言うダドリーにクレアもクラリスも不満げに眉根を寄せた。
「だったら護衛任務なんてさせないでよ」
「そうよ。今夜みたいな時にワタシらに何もするなっての?」
そう言って詰め寄る双子にもダドリーは涼しい顔で答える。
「戦わずに睨みを利かせて敵を制圧するのも護衛の仕事だ。何のために名の売れているおまえたちを護衛につけているのか理解しろ。子供じみたことを言うな」
弁の立つダドリーのことが2人は苦手だった。
大抵の場合、言い負かされるからだ。
「心配するな。あの赤毛の女は私が闘技場に引っ張り込む。そうすればいくらでも戦えるぞ」
ダドリーの言葉に双子は難色を示した。
「ちょっと。女はワタシらだけだからこそ盛り上がるんじゃないの?」
「そうよ。ワタシらが目立たなくなるじゃん」
「会長の意向だ。おまえたちの対抗馬が必要なのだ。おまえたちも今のままでは退屈だろう」
そう言うダドリーだが双子は納得しなかった。
ダドリーや護衛たちと共に豪華な客室馬車に乗り込み、声が外に漏れない状況になるとクレアがダドリーに不満をぶつける。
「あの女を引っ張り込んだって真剣勝負は出来ないんでしょ? 会長かあんたが台本を書くんだ」
台本。
それは決して外部に漏らしてはいけない闘技場の機密情報だった。
双子のように人気者で闘技場にとって興行面で失うことの出来ない人材が、真剣勝負で死んでしまったり、もう戦うことが出来ないほどの重傷を負うことは大きな痛手だ。
そんなことが起きないよう、安全策としてあらかじめ勝敗を決めた台本が存在する。
要するに八百長だ。
闘技場の出場者は演者となり、その台本通りの勝敗を真剣勝負であるかのように演じるのだ。
もちろん闘技場で行われる全ての戦いに台本があるわけではない。
人気の無い剣奴のように死んでしまっても構わない者同士の戦いには台本などなく、ひたすらに真剣勝負だった。
一方、双子については会長であるオーガストの意向により、全ての勝負で台本が書かれていた。
これは双子を守る意味合いもあったが、賭けを活性化させる意味合いもあった。
闘技場の勝負に観客は金を賭ける。
双子の実力ならば常に勝利してしまうが、それでは賭けが成立しないのだ。
時には双子が負けるという大穴の勝負を演出することで賭けを活性化させていた。
もちろん負けるときは双子が大ケガをしないよう、書かれた台本通りに上手くやるのだ。
双子が負ける筋書きの場合は、それをきちんと演じ切れる技術を持った闘士を選んでいる。
もちろんオーガストがしっかりと金で抱き込み、秘密厳守の出来る限られた闘士のみがそうした大穴となる勝負で双子の相手を務めていた。
こうした苦労も全て闘技場の興行を守るためだ。
だからこそ仮にあの赤毛の女を闘技場の闘士として契約に漕ぎ着けたとしても、双子が真剣勝負を出来る日はやって来ない。
それが分かっているからこそクレアもクラリスも不満なのだ。
だがダドリーはそんな双子を嗜めるように言った。
「いい加減に大人になれ。真剣勝負で勝った負けたなど誰が得をする? あの赤毛の女と真剣勝負をさせて、すぐに死なせてしまってはせっかくの興行の華になり得る人材を失うことになる。おまえたちのうちどちらかあるいは両方が死んでしまっても取り返しのつかないことになるんだぞ。最悪の場合、おまえたちと赤毛の女の双方が共倒れしてしまったら目も当てられない。自分たちがどれほど大きな金を生み出しているのかを常に自覚しろ。自己満足で真剣勝負をするなど、おまえたち自身にとっても損失でしかない」
ダドリーの話に双子は気持ちが徐々に冷えていくのを感じた。
先ほどの赤毛の女との争いで燃え上がった闘争心の炎にダドリーは淡々と冷や水を浴びせかけていく。
いつもそうなのだ。
ダドリーは冷たい現実だけを突き付け、双子はその現実の前に閉口するばかりだった。
「おまえたちが会長への恩を返したいという気持ちを俺は尊重したいと思っている。だからこそそれを果たす手段をむざむざ失わせるわけにはいかない。それがこの商会の運営を会長から任されている俺の務めだ。理解してくれ」
双子はその言葉には返答せず、すっかり白けた気持ちで背もたれに深く寄りかかるのだった。




