第11話 『少年の夢』
ネルが宿に戻ると老主人は殴られた顔を水で濡らした布で冷やしていた。
彼の妻は倒れたテーブルを元に戻し、床の上で割れた食器と料理を片付けている。
ネルは老婦人を手伝って割れた皿の破片を床から拾い上げてテーブルの上に置くと、老主人に声をかけた。
「大丈夫かい? 爺さん」
「ああ。迷惑かけてすまない。すぐに料理を出し直す」
「いいよ。それなりに食わせてもらったから。今夜は他に客もいねえし、2人とも休んでくれ」
そう言うとネルは2人を残して食堂を後にし、部屋に戻っていく。
廊下を歩きながらネルは両腕の痛みに顔をしかめる。
先ほどクラリスの飛び蹴りを受け止めた両腕への衝撃は思いのほか強烈だった。
あの双子はまだ粗削りの戦士だが、決して侮れない力がある。
ネルはそう感じていた。
(生意気なガキどもだが、威勢だけの偽物じゃねえ)
ネルの胸の中にチロチロと闘争心の炎が燻り出した。
ネルも自覚はあるのだが、ダニアの女は闘争心が人一倍強い。
優れた戦士と戦い、その相手を上回りたいという欲が腹の底にある。
先ほどは素手での喧嘩でありネルが優勢だったが、互いに得意武器を手に戦えばどうなるか分からない。
そんなことを考えてネルは頭を振った。
「フンッ。さすがに闘技場まで乗り込んで客の前でやり合うほどもの好きじゃねえよ」
そんなことを1人呟きながら廊下の角を曲がると、ネルの泊まる部屋の前でカールが待っていた。
先ほど風呂焚きをしてくれた少年は、ネルの後に風呂に入ったようでサッパリとした顔をしている。
カールはネルを見ると上気した顔で駆け寄ってきた。
「あんた強いんだな! あの双子とやり合えるなんてすげえよ!」
どうやら先ほどのネルと双子との喧嘩をどこかで見ていたのだろう。
ネルはウンザリとした顔でカールの頭を鷲掴みにする。
「鬱陶しいんだよ。もう夜だぞ。ガキは飯食って寝ろ」
「まだ寝ねえよ! これから訓練の時間なんだ」
頭を掴むネルの手を払いのけながら憤然とそう言うカールに、ネルは眉をひそめた。
「訓練? 何の訓練だ? 宿の仕事か?」
「武術だよ! 男は武術を習うもんだろ!」
「武術? やめとけ。おまえみたいな細いガキのやるもんじゃねえ」
「出来らぁ! 今から体を鍛えて大人になったらネルよりずっとデカくなるからな!」
そう意気込むカールの額をネルは指でピンと弾いた。
「アイタッ!」
「ならガキのうちはしっかり飯食ってちゃんと寝ろ」
そう言うとネルはカールを突き放し、部屋の扉に手をかける。
だがカールはそんなネルの腰帯を掴むと食い下がった。
「ネル! 俺に武術を教えてくれ! あんたみたいに強くなりたいんだ! 頼むよ!」
「やなこった」
「何でだよ! どうせ暇なんだろ!」
ネルはカールがなぜ自分の弓矢を盗もうとしたのか理解した。
弓矢を習得し、強くなろうとしているのだ。
この少年は武人になりたいのだろう。
その理由は様々だろうがネルは興味がなかった。
「うるせえな。どうせ暇だよ。暇だがガキのお遊びに付き合うつもりはねえ。さっさと飯食って歯磨いて寝ろ」
そう言うとネルはカールにグイッと顔を近付ける。
カールは驚いて思わず仰け反りそうになるが、ネルは彼の顔を掴んでそれを許さない。
「アタシはこれから寝るんだ。扉をガンガン叩いたり、うるさく騒いだら……ケツが猿みたいに赤くなるまで叩いてやるからな」
そう言ってじっと目を見つめてくるネルの迫力に恐れおののき、カールは悄然と頷くほかないのだった。




