第10話 『商務長ダドリー』
「そこまでです!」
同じダニアの血を引く双子の姉妹を相手に喧嘩に興じていたネルだが、不意に男の声が響き渡る。
ネルは怪訝な表情で視線を移した。
双子の後方に1人の男が立っている。
現れたのは高価そうな商服に身を包んだ商人と思しき中年の男だった。
その両脇には屈強な護衛の男たちを従えている。
双子はその男の姿を見て不愉快そうに顔をしかめた。
「ダドリー。何しに来たのよ」
どうやら双子の知り合いであるらしきその男は、先ほどネルに殴り倒されて地面で失神している小男、そして双子、さらにネルへと順に視線を転じて嘆息した。
「だいたい理解しました。クレア。クラリス。暴れるのはそこまでにしなさい。今夜の仕事は終わりです」
その言葉に双子は血相を変える。
「何よダドリー! 横から出て来て止めないでよ!」
「この女をぶっ飛ばさないと気が済まないわ!」
声を荒げる双子を無視して、ダドリーと呼ばれたその男は護衛を引き連れてネルの前に歩み寄ってくる。
「うちの従業員が大変失礼をいたしました。迷惑料をお支払いいたします」
ダドリーはそう言うと懐に手を忍ばせる。
ネルは睨みを利かせてその動作を止めた。
「んなもんいらねえ。懐から取り出すのが小刀だってなら歓迎するぜ。旦那」
「私は見ての通り商人でして、荒事にはとんと疎いのです。ご容赦下さい」
そう言うとダドリーは感情の読めない無表情で懐から手を出す。
その手に何も握られていないのを見るとネルは興味を失ったように言った。
「アタシは食事中なんだ。邪魔だからコイツらを連れて帰りな」
「ええ。ただちに。私はオーガスト商会で商務長を務めるダドリーと申します。もし本日のことでご不満があれば商会まで私を訪ねていらして下さい。部下たちには伝えておきます。失礼ですがお名前を伺っても?」
「商会には行かねえし、てめえに名乗るつもりもねえ。とっとと失せろ」
そう言うネルにダドリーは一礼して踵を返し、双子の前に立つ。
その間にダドリーの護衛の1人が倒れているガスを担ぎ上げた。
双子はいまだに不満そうだ。
ダドリーはそんな双子に厳然たる口調で言った。
「気を鎮めろ。おまえたちの暴れる場所は闘技場だ。会長に無断で暴れるな。契約違反になるぞ」
その言葉を聞き、双子はようやく振り上げた拳を下ろした。
しかしクレアもクラリスもネルに目を向けて言う。
「言っておくけどアンタになんか負けないから」
「この続きがやりたいならいつでも闘技場に来なよ。相手してあげるから」
そう言う双子にネルは嘲りの薄笑みを浮かべる。
「吠えるな。飼い犬の分際で。とっとと首輪付けてご主人様のところへ帰りな」
「何ですって!」
「もう一度言ってみなさいよ!」
ますます怒りをむき出しにする双子を無視してネルは踵を返し、宿の中へと戻っていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「す、すげぇ……」
宿の2階の窓から一部始終を見守っていたカールは思わず呻くようにそう呟いた。
客がネル1人だけなので早々に風呂に入ることの出来たカールがサッパリして自室に戻ろうとしたその時、女同士の怒鳴り合う声が聞こえてきたのだ。
それが玄関の方から聞こえてきたことを感じ取るとカールは慌てて宿の2階に駆け上がった。
そして2階の廊下の窓から宿の玄関口を見下ろすと、そこでネルがあの闘技場の双子の姉妹であるクレア・クラリスと争っていたのだ。
突然の荒事は途中で現れたオーガスト商会商務長のダドリーによって中途半端に終わりを迎えた。
だがカールはその目でしっかりと見たのだ。
あの闘技場で無類の強さを誇る双子を相手に、圧倒するような戦いをネルが繰り広げたのを。
「ネルってあんなに強かったんだ……」
カールは驚きと興奮をない交ぜにしたような上気した顔でそう言うと、急いで踵を返し、階段を駆け下りていくのだった。




