第9話 『同族対決』
「へえ。ワタシらの試合を観てたんだ? この街でワタシらに喧嘩を売ってくる奴なんていないから、ちょっと油断してたわ。本気でやろうか」
ネルはクレアのその言葉を聞いて、それが分家訛りだと悟った。
ネルの祖国は現在は統一ダニアというのが正式な国名だが、元々ダニアは金の女王と呼ばれる第7代ブリジット率いる本家と銀の女王と呼ばれる第7代クローディア率いる分家という2派に分かれていた。
それが一つに合併して統一ダニアとなったのだ。
本家も分家も同じ民族であり姿格好はまったく同じだったが、元々本家で生まれ育ったネルからすれば分家の者たちは言葉にそれと分かる訛りがあった。
(こいつら……分家の血筋か)
古い時代、数百年前の初代ブリジットとクローディアの姉妹の頃に、この大陸の中にわずかながら散っていった赤毛の女たちの末裔が今も生きているとネルも聞いたことがある。
そんなことを考えるネルの視線の先で、クレアは後方で立ち上がったクラリスに言い放った。
「クラリス。そこで見ていて。この女はワタシが一騎打ちで泣かすから」
「やっちゃえクレア!」
クレアは左右の拳を握りしめて身構える。
「面白え。その体にダニアの血が流れていることを証明してみせな」
そう言うとネルも同じく左右の拳を握って構えた。
クレアの拳が次々とネルを襲う。
相当な速さだ。
しっかりと鍛えられていることが分かる。
祖国を飛び出してきたネルにとっては久々となる同族の女との戦いだ。
(懐かしいぜ。昔はこうやってよく喧嘩したな)
ネルはクレアの拳を避けながら自身も次々と拳を繰り出していく。
クレアはすばやくそれらをかわすと鋭く蹴りを繰り出した。
ネルはクレアの足技を的確に防ぎながらジリジリと間合いを詰めていく。
相手の力量が分かってきたからだ。
打撃の力。
敏捷性。
戦闘の技術と勘。
闘技場で人気者になるだけあって実力はかなりのものだ。
だが決定的に足りていないものがある。
ネルは早々にそれを見抜いた。
「お行儀のいい戦い方だな」
そう言うとネルは前蹴りを繰り出してくるクレアの脛をかわしざまに拳で打った。
クレアが痛みでわずかに顔を歪める。
「いっ……このっ!」
クレアは憤然と拳を打ち出してきた。
その拳をネルは真正面から肘打ちで打ち返す。
ネルの肘の固い骨がクレアの指の骨に食い込み、またしてもクレアが痛みに顔を歪める。
「くっ……」
その隙を見てネルはクレアの間合いに一気に飛び込んだ。
そしてクレアの両手首を掴むと至近距離から膝蹴りで腹を突き上げる。
「ぐっ!」
クレアはたまらずに苦痛の声を漏らすが、彼女の腹筋は相当に鍛え上げられていて内臓を守った。
膝蹴りで突き上げる感触が、ネルにはまるで固めた樹脂を蹴っているように感じられる。
クレアは腹に力を入れてネルの膝蹴りに耐えているのだ。
「一端に鍛えてるじゃねえか!」
さらにクレアは反撃でネルの顔面を目掛けて頭突きを繰り出してきた。
「食らうかよ!」
ネルは顔を引いてクレアの頭突きを胸で受ける。
強い衝撃に一瞬だけ息が詰まったが、そのくらいで動けなくなるほどネルはヤワではなかった。
頭突きは外した後が危険だとネルはよく知っている。
彼女は瞬時にクレアの両手首を掴んでいる両手を放すと、顔を上げたクレアの顎を真横から肘打ちで払った。
「はぐっ……」
頭部を強く揺さぶられたクレアは思わずガクッとその場に膝を着く。
目の焦点が合っていない。
ネルはトドメの一撃となる膝蹴りをクレアの額に浴びせようとした。
「このっ!」
そこで慌てて飛び込んで来たのはクラリスだ。
膝蹴りをクレアに叩き込もうとしていたネルの腹部を目がけて、クラリスは飛び込みながら両足蹴りを放つ。
ネルは咄嗟に両腕を交差させて防御するが、クレアの全体重をかけた飛び蹴りを受けて後方に吹っ飛んだ。
「うぐっ!」
ネルは地面に転がりながら即座に立ち上がる。
クラリスはクレアを守るように立ちはだかり、ようやく意識のハッキリしてきたクレアも立ち上がった。
それを見たネルはニヤリと笑う。
「一騎打ちじゃなかったのか?」
「うるさい! 調子に乗ってんじゃないわよ!」
そう言うとクラリスは一気呵成にネルに襲いかかるべく腰を落とした。
その時だった。
「そこまでです!」
不意に男の声が響き渡る。
ネルは怪訝な表情で視線を移した。
双子の後方に1人の男が立っている。
現れたのは高価そうな商服に身を包んだ商人と思しき中年の男だった。




