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モルフィの軌跡  作者: オレノマツ
第一章 監獄島編

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5.島送り

島送りと言っても、罪人たちを無人島に放り出してサバイバルをさせるわけではない。


そこにあるのは、王国最大にして最悪の巨大刑務所。

看守の話では、つい最近、島を丸ごと一つ、受刑者たちの血と汗で耕し尽くして要塞化を完了させたらしい。

国家の奴隷を限界まで酷使すればそんな芸当も可能なのだと、モルフィは冷ややかに納得していた。


酷い家畜臭と、じっとりとした湿気がこもる船倉。

モルフィたちはワイン樽のように隙間なく並べられ、重い鉄の鎖で一列に繋がれていた。

船の小窓から、ようやく目的の島がその姿を現す。


「……あれが、俺たちが死ぬまで閉じ込められる監獄か?」


モルフィの目には、海岸線に佇む簡素な砦程度にしか見えなかった。


「まさか。あれはただの停留所、ほんの入り口さ」


すぐ隣の男が、低く濁った声で応じた。


「絶海の孤島だぜ?一日二日で本物の監獄に辿り着けるわけがねぇだろ」


声の主は、チリチリに縮れた髪に、夜の闇のような黒い肌を持っていた。

おそらく、南方の平原から流れてきた移民か、その末裔だろう。

大陸の東寄り、黄色の肌を持つモルフィとは対照的な風貌だった。


船倉は私語厳禁だ。

看守の目を盗み、激しい波音に声を紛れ込ませながら、二人は唇をほとんど動かさずに囁き合う。


「……なぁお前、線は細いがいい面構えをしてる。

それに鎖がお前だけ色付きだ」


「色付き?」


「あぁ。その銀の手枷だよ。赤い線が入っているだろ?

 それが色付きだ」


「そうなのか?」


「あぁ。他にももう一人いたぜ。

 不思議となぜかそういう奴ほど、堅気ではない雰囲気なんだよ。

どこかのマフィアの幹部の坊ちゃんか?

 何をやらかしてここに落ちた?」


「……売ろうとしたものが国の人間には気に入らなかったらしい」


「へっ、で、何年喰らったんだ?」


「終身刑だ」


「嘘つけ」


男は口元を手で押さえ、クククと喉を鳴らして笑った。


「たかが密売で終身刑になるかよ。

 何を売ろうとしたかはあえて聞かねぇけどな。

 ――お前、名前は?」


「モルフィ」


「変わった響きだな。どこの生まれだ?」


「……ただの田舎者だ。移民だとでも思ってくれ」


「まぁ、この船に乗ってる奴の半分はまともな地元の人間じゃねぇからな。

 俺はアンディ。

 アンディ・レッドだ」


「肌の色の割に、ずいぶんとありふれた名前だな」


「よく言われるよ」


二人は視線を合わさないまま、皮肉混じりに小さく笑い合った。

だが、アンディが不意に視線を険しくする。


「なぁ、知ってるか? あいつ。

 ほら、正面から見て右から四番目に座ってる、あの青白い眼鏡の男」


モルフィは不自然にならないよう、視線だけを横にスライドさせた。

確かに、この劣悪な船倉にはおよそ不釣り合いな、眼鏡を掛け知的な佇まいの男が縮こまっている。


「あの男、元々は王宮の会計士だったらしいぜ。

 事情を知っている人間になんでこんな地獄に落ちたか理由を聞いたら、なんと貴族の娘に手を出したんだとさ」


「……贅沢な野郎だな」


「ああ、全くだ。

 貴族にとって下民の血筋は豚の血と同じだからな。

 神の持ち物に手をつけた報いがこれさ」


『神』という単語に、モルフィの胸の奥で穏やかな、しかし消えることのない苛立ちが鎌首をもたげた。


「ま、ただの偶像を拝んでいる奴らに逆らっただけ、マシな男だろ」


「なんだ? お前、無神論者か?」


「こんな鉄の鎖に繋がれた状態で、神の慈悲を信じられるか?」


モルフィは、色付きの手錠の鎖を僅かに揺らし、アンディに見せた。


「……違いないな」


アンディは今度こそ、深く納得したように笑った。


「おい! そこ! 口を慎め!!」


鋭い風切り音とともに、看守の振るう鞭の先端がモルフィの顔掠めて床を叩いた。


「船が着くぞ! 今から順番に這い降りろ。

 ゆめゆめ、逃げ出そうなどと思うなよ!!」


苛烈な怒鳴り声と鞭の音に急き立てられ、モルフィたちは重い足取りで歩き出した。

渡された手枷と足枷は、前後の囚人と太い鉄鎖で数珠繋ぎに連なっている。

歩幅も速度も、完全に前の人間に合わせなければならない。


それは、誰か一人が躓けば、連鎖的に全員が巻き添えを食らうことを意味していた。


「――がっ!?」


不意に、数人前を歩いていた痩せた男が石に躓き、派手な音を立てて転倒した。引きずられる鎖の不快な金属音が響く。


「おい、何サボってやがる! 立て!!」


駆け寄った看守たちが、躊躇なく男の頭や腹をブーツの先で蹴りつけ、容赦なく鞭を打ち据えた。

凄まじい鈍い音が辺りに響き渡る。


周囲の囚人たちは、巻き添えを恐れてただ棒立ちのまま、その凄惨な光景をぼんやりと眺めていた。

生気を失ったその瞳には、同情も憤怒もない。

モルフィもまた、冷めた目でその暴力をただ見つめていた。


やがて、男は激しく血を吐き、ピクリとも動かなくなった。


「チッ、やりすぎちまったか。おい、お前ら、こいつを外せ!」


看守の一人が忌々しそうに舌を打ち、手際よく死体から鎖を外して容赦なく路傍へ蹴り転がした。


「ほら、残りの連中はさっさと歩け!」


あの男は本当に死んだのか、それとも虫の息なだけか。

転がる肉塊を一瞥したのち、モルフィは何事もなかったかのように視線を前に戻し、再び歩みを止めた。


「全員、整列しろ!!」


停留所の砦の中央広場に集められると、看守長らしき大柄な男が大声を張り上げた。


「いいか、今日お前らが動いていいテリトリーはこの一階の広場だけだ」


見上げれば、砦の外周だけが強固な二階建ての石壁になっており、そこから無数の看守たちが銃や弓を構えて見下ろしている。

一階部分は、ただ遮るもののない、だだっ広い乾いた土が広がるだけの空間だった。


「用はあそこにある崖の縁で足せ。

 飯は後で一括して支給する。

 余計な揉め事は起こすな、いいな?」


それだけ言い残すと、看守たちは背後の重い鉄扉を閉め、去っていった。

張り詰めていた空気が一気に弛緩し、広場には囚人たちの重苦しい溜息と、饐えた体臭が満ち始める。


モルフィはすぐさま、周囲に視線を走らせた。

――いた。例の、青白い顔をした眼鏡の男だ。


迷いはなかった。モルフィは真っ直ぐに男の元へと歩み寄り、声をかけた。


「おい、お前」


「ひっ……!?」


男は電流が走ったかのように肩を跳ね上がらせ、怯えた目でモルフィを見上げた。


「名前は?」


「……オ、オズレットだ」


「オズレット、いい名前だな。僕はモルフィだ」


そう言って、モルフィは泥に汚れた右手を差し出した。

しかし、オズレットはその手をひたすら恐ろしげに見つめるだけで、握り返そうとはしなかった。

モルフィは特に気分を害した様子もなく、滑らかに手を引っ込めた。


「単刀直入に言う。俺を『護衛』として雇わないか?

 お前、王宮の会計士だったんだろ?」


その言葉を聞いた瞬間、オズレットの顔から血の気が完全に引いた。

彼は何も答えることなく、狂人にでも遭遇したかのような足取りで、逃げるようにその場から走り去っていった。


「おいおい、モルフィ。一体何を考えてるんだ?」


いつの間にか背後に迫っていたアンディが、眉をひそめて呆れたように話しかけてきた。


「あんな、いつ死んでもおかしくない眼鏡のインテリに近づいて、どうするつもりだ?」


モルフィは走り去るオズレットの背中を冷徹に見つめたまま、口元に微かな笑みを浮かべた。


「気にするな、大したことじゃない。……じきに、向こうから泣きついてくるさ」

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