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モルフィの軌跡  作者: オレノマツ
第一章 監獄島編

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3.使徒

「モルフィ! ずらかるぞ!! 奴らが来やがった!!」


仲間の一声が、喧騒の街に響く。

派手にやりすぎた――それは重々、自覚していた。

だが、自分たちが今後活動できるのに十分な資金は稼がせてもらった。


「残った荷台はすべて切り離せ! 粉はそこらへんの奴らにタダでくれてやれ! 逃げるぞ!!」


群がる暴徒を振り払うように馬車を捨て、モルフィたちは馬の腹を蹴った。

石畳を駆ける蹄の音が響く。


だが、その疾走する馬を凌駕する速度で、肉薄する影があった。


「――『使徒(ナンバーズ)』か!」


漆黒の頭巾を翻し、レンガ造りの城塞都市の屋根から屋根へと、重力を無視した軽やかさで跳躍する影。

それこそが、神ではなく「悪魔」に愛され、超常の力を分け与えられた王国の最高戦力だった。


影が夜空を裂いて飛び降りる。

壁を爆音とともに蹴り破り、モルフィの真上から襲い掛かった。

風を切り裂き、鋭利なサーベルが袈裟懸けに振り下ろされる。


「ぐっ……!!」


凄まじい衝撃。落馬寸前の体勢になりながらも、モルフィは腰のダガーナイフを逆手に抜き、辛うじてその一撃を受け止めた。

火花が散り、金属音が鼓膜を刺す。


「モルフィ!!」


「構うな! お前らは先に行け!!」


部下に背後を任せ、モルフィは疾走する馬の上で、容赦なく襲い来る使徒と刃を交え、もみくちゃになった。

その際にモルフィの服が簡単に裂ける。


「……ほう、しぶとい。いい筋をしているな」


フードの奥から、使徒の男が低く、冷徹な声を漏らす。


「狙いは国への復讐か? それともただの私欲か」


その問いに、モルフィは血の混じった笑みを浮かべた。


「いや……俺が神になるためだ」


「……どこまでも愚かな、世迷言を」


使徒の男の全身から、漆黒の靄のような魔力が噴出する。

周囲の空気が一瞬で氷結したかのように重くなる。


「田舎生まれの虫ケラゆえ、悪魔の真の力を知らぬとみえる。

 身の程を知り、大人しく屠られろ」


生身の人間であれば、その圧倒的な殺気だけで心臓が止まっていただろう。勝負にすらならない。


「――ああ、生身であれば、な」


モルフィが不敵に嗤った瞬間、その右肩の蝶の刺青が、まるで心臓のようにドクンと脈動した。

彼の肌から、妖しく輝く微細な鱗粉が、霧のように大気へと混じり合っていく。


「貴様……!! お前、まさかあの粉に混ぜたのは……!!」


「まあ、あんたが脳内で弾き出した答えは大体合っているよ。

 あれは俺の血肉から削り出した、俺にしか作れない超オーダーメイドの一品さ」


モルフィは悪魔付きとしての血を覚醒させ、その身を解き放った。


背中に小さな蝶の羽が生える。


金属の擦れ合う甲高き音が連続する。

先ほどまで劣勢だったはずのモルフィが、使徒と全く同じ速度、いや、それを上回る変則的な軌道でナイフを突き出す。


「ヌ……ウ……ッ!?」


使徒の目が驚愕に見開かれた。

人間には不可能な、空中での急激な方向転換。

慣性を無視して翻り、宙を蹴って、弾丸のように突撃してくる。


「……『蝶』の魔人だと……!?」


「そんな綺麗な生き物と一緒にするなよ。

 ――こいつは、ただの毒虫さ」


鋭い一蹴が、使徒の胸元を捉えた。

凄まじい力で吹き飛ばされた使徒は、路地裏の屋台を木端微塵に破壊しながら、頭から突っ込んでいった。


「おの……れ……っ!!」


使徒が瓦礫を跳ね除け、即座に体勢を立て直したときには、もうモルフィの姿は夜霧の彼方へと消えていた。


「スターク隊長!? ご無事ですか!?」


駆けつけた衛兵たちの声が響く。


「……ああ。問題ない。気にするな」


逃げられた。使徒としてあってはならない、最悪の失態。


「奴を取り逃した。すぐに本部に報告を――」


言いかけたその瞬間、スタークの視界がぐにゃりと歪んだ。

上下左右の感覚が、まるで水の中に沈んだように狂っていく。


「スターク隊長……?」


部下の怪訝そうな声が、妙に遠く聞こえる。


(……馬鹿な! ほんの僅か、あの鱗粉に触れただけだぞ……!?)


ほんの一触れで、使徒である己の精神がこれほど侵食されるというのか。

だとするならば。だとするならば、あの粉を――。


「……体内で直接摂取し続けた、この国の国民どもは……!?」


スタークの全身に、戦慄という名の冷や汗が吹き出た。


彼が驚愕のまま見つめる視線の先では、モルフィが残していった白い粉の袋を巡り、獣のように互いの肉を貪り合いながら、狂喜乱舞する国民たちの地獄絵図が広がっていた。

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