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モルフィの軌跡  作者: オレノマツ
第一章 監獄島編

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2.モルフィ

右肩に鮮やかに咲く、一羽の蝶の刺青。

対照的にその腰回りには、鈍い光を放つ鋭利なダガーナイフと、硬質な革のホルスターに収められた銃が不気味に鎮座していた。


細身で、およそ戦士には見えない小柄な体躯。

しかし、それを補って余りある威圧感が彼にはあった。

少年の面影を残す端正な顔立ちを、右頬から喉元まで一文字に走る獰猛な傷跡が切り裂いている。


上半身を剥き出しにしたまま、彼は崖の淵に立ち、遥か眼下に広がる壮麗な王国へと続く一本道をじっと見下ろしていた。


「リーダー。――すべて、運び終えました」


背後からかけられた声に、モルフィは静かに振り返った。

声を弾ませた少女の顔は、どこか夢見心地に弛んでいる。


彼の持つ、底の知れない冷徹さと、時折見せる酷薄な美貌。

その歪んだ魔性に、彼女は完全に魂を奪われているのだ。


「ありがとう」


短く応じ、モルフィは不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあ、出発だ」


手綱を軽く引き、馬を歩ませる。

その背を、一味の馬車が静従した。


二日間の過酷な行軍を経て、彼らが辿り着いた王国で仕掛けたこと。

それは、あの丹精込めて作った「白い粉」を、まずは底値で市場に流すことだった。


村特産の回復薬の原料としても使われる薬草だった。

それをモルフィたちはあるエッセンスを加えている。


そして町へ繰り出した。


最初は、タダ同然の価格で。

貧民街の飢えた者たちへ、甘い救いとして与える。

味を占め、それなしでは生きられなくなった頃合いを見計らい、今度は価格を容赦なく吊り上げていく。


さらにその場で仲介人も雇い、金持ちにも売りつけた。


飢餓感を煽り、依存の鎖で縛り付ける。

それが、彼らの必勝の常套手段だった。


蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫のように、一度嵌まれば逃れられない。

気づいた時には、その強大だったはずの王国は、内側から骨の髄まで腐り果て、二度と引き返せない破滅の沼へと沈み込んでいた。


その白い粉の名前は「魔薬(まやく)


将来的に人類が今後一生付き合っていくことになる薬の名前である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アルター王国の厳かな王宮は、かつてない重苦しい沈黙と、それを切り裂くような怒号に包まれていた。


気品に満ちていたはずの王族や大臣たちは、一様に青ざめ、机に突っ伏して頭を抱えていた。

謁見の間には、分刻みで最悪の凶報が舞い込んでくる。


「東の貧民街で大規模な暴動発生」

「衛兵隊の一部が職務を放棄し狂乱」

「広場で数千人の国民が発狂し、互いの肉を噛み千切っている」


――国を揺るがす凄惨なニュースが、濁流のように押し寄せていた。


原因は、これ以上ないほど明白だった。


あの、街の隅々まで行き渡ってしまった「白い粉」だ。


特効薬も見つからず、禁断症状に狂う民を鎮める術はない。

王室は直ちに取り締まりの法を敷き、軍を動かそうとした。

だが、すべては手遅れだった。


止められない。どうしても、止めることができないのだ。


なぜなら、他ならぬ国民自身が、それなしでは一秒たりとも生きられない狂信者となり、血眼になってその粉を欲しがり続けているからだ。

取り締まろうとする衛兵を、薬物を求める暴徒が群れをなして貪り喰らう。


法も、秩序も、王の権威すらも、白い粉がもたらす甘美な破滅の前には、ただの紙切れ同然だった。


だが、絶望の泥沼に沈む謁見の間に、一筋の光明のような、あるいはさらなる地獄の引き金となる一報が飛び込んできた。


扉を乱暴に押し開け、息を切らした伝令兵が床にひれ伏す。


「報告いたします! この惨劇を引き起こした、諸悪の根源たる下手人を特定いたしました!!」


その言葉に、それまで死人のようだった王室の空気がにわかに張り詰める。


「……何だと。誰だ、その不届き者は」


「ノルディング村の生き残り、モルフィと名乗る青年です!」


「ノルディング村……?」


王は玉座の上で眉をひそめ、記憶の糸を手繰ろうとした。

だが、その名に引っかかるものは何もない。

王にとって、地方の零細な村など路傍の石ころに等しかった。


「――ああ、陛下。

 確か、一年ほど前に盗賊の襲撃を受け、一晩で消滅した国境沿いのしがない開拓村ですな」


宰相が白髪混じりの髭を厭そうにしごきながら、補足するように冷淡に答えた。

当時の王室にとっては、救いの手を差し伸べる価値すら認めず、見捨てた場所だった。


「ふん、虫ケラの生き残りが、逆恨みで国を傾けようというわけか」


王は不快そうに鼻を鳴らすと、彫刻のように冷酷な笑みをその顔に浮かべた。


「まあ良い。正体が知れたのなら、あとはその首を刎ねるだけだ。

 害虫駆除には、我が国が誇る最凶の刃を振るうのが相応しかろう。

 ――『使徒(ナンバーズ)』を動かせ」


「御意」


影の中から応じるように、低く不気味な声が響いた。

反撃の冷徹な意志が決定され、王宮の長い混迷の会議は、血生臭い終幕へと向かって動き出した。

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