25.正当化
事情は完全に察した。
だが、悲劇の主人公ぶって大人しくなぶり殺されてやるつもりなど、毛頭ない。
(――ふざけるなよ。
お前らだって結果、俺がきっかけで人生を狂わされたんだとしても、結局はテメェ自身の薄汚い犯罪行為を正当化して、このクソみたいな監獄島にぶち込まれてるんじゃねぇか。
被害者面してんじゃねぇよ)
自分が生き残るために、ここにいる有象無象のすべてを犠牲にしなければならないというのなら――俺は、俺の行為のすべてをここで力ずくで正当化してやる。
「――来いよ、クソ野郎ども!!
両方の目ん玉をまとめて抉り出されたい奴から順番に前に出ろッ!!」
モルフィは不敵な咆哮と共に、一番最初に皿を投げつけてきた男の懐へ弾丸のように突進した。
迎撃の手が伸びるより早く、相手のみぞおちへ鋭い膝蹴りを突き刺す。
男が「がはっ」と胃液を吐いて屈んだ瞬間、その胸倉を掴んで群衆の中へと豪快に投げ飛ばした。
そのまま床に転がった陶器の皿を容赦なく踏み砕き、その中から最も大きく、最も鋭利に尖った破片を拾い上げて即席のナイフに仕立て上げる。
「ほら、どうした!? 誰も来ねぇなら、こっちから刻みに行ってやるぞッ!!」
破片のナイフを狂ったように振り回し、顔面に飛び散る他人の返り血を拭いもせず、モルフィは受刑者どもを鋭く煽り立てる。
だが、モルフィは油断していた。
狂気に駆られているのは自分だけではない。
相手もまた、看守側の意図的な手引きによって、明確な「殺意の凶器」を用意しているということに。
「――死ねやァ、モルフィイイイッッ!!」
人混みを乱暴に割り裂いて躍り出てきたのは、三日前に右目を失ったはずの大男、カルテラだった。
顔面の腫れはさらに紫色に酷くなり、包帯から覗く左目は完璧に血走っている。
そしてその手には、調理場から強奪してきたであろう、ギラリと鈍い光を放つ巨大な牛刀包丁が握られていた。
本来であれば、使用後に看守の厳重な確認を経て施錠された保管庫へ戻されるか、あるいは鎖で固定されて持ち出しができないようになっているはずの禁制品だ。
ガナン看守長が裏で手引きしたという何よりの証拠だった。
「なんだ? 暴れ足りなくて、今度は左目も潰されに来たのか?」
モルフィは口元を歪ませ、皿の破片を構えて手招きする。
とはいえ、相手は本物の刃を持っている。
その脅威はモルフィとはいえ、自覚している。
しかし、カルテラにはもはや、そんな安い挑発に揺らぐような感情の起伏は残っていなかった。
言葉すら発さず、ただ単純に目の前のガキをバラバラの肉塊に変えることだけを、濁った脳髄で純粋に考えているようだった。
周囲の看守たちは、相変わらず暴動を止める素振りすら見せない。
食堂の重い出入口は、我先にと押し寄せた受刑者たちの肉の壁によって完全に塞がれている。
退路はない。であるならば――。
「おいお前ら、全員まとめて『敵』ってことでいいんだよな!?」
モルフィは叫ぶと同時に、あえて逃げ惑う受刑者の群衆のただ中へと自ら突撃した。
カルテラの凶刃から逃れるためではない。
恐怖に引きつる囚人どもを、カルテラに向かって力任せに投げつけるためだ。
カルテラの刃は寸分違わず、その囚人たちを切り裂く。
「お前らもどさくさ紛れて俺を殺そうとした当事者だろぉがッ!!
だったら巻き添えを食う覚悟はできてんだろうな!?」
皿のナイフを無差別に振るい、前方の肉の壁を切り裂いて強引に道を開けさせる。
横から掴みかかってくる奴がいれば、躊躇なくその身体をカルテラの包丁に対する「肉の盾」として無理矢理押し付けた。
包丁が他人の肉に深く突き刺さる鈍い音が響くなか、阿鼻叫喚の地獄絵図を利用して、モルフィはカルテラを徹底的に翻弄し続ける。
巻き込まれた周囲の受刑者たちは、まさか自分たちがに盾にされるとは思わず、絶望的な恐怖に顔を引きつらせて一目散に逃げ出し始めた。
そのパニックの勢いは、暴動を傍観していたはずの看守たちをも強引に押し流していく。
「邪魔だッ!!」
モルフィはそのどさくさに紛れ、突き飛ばされて体勢を崩した看守の隙を突き、その腰から漆黒の特殊警棒を鮮やかに強奪した。
そのまま看守の脳天を警棒で容赦なく叩き割り、床へ沈める。
本当は拳銃が欲しかったが、この食堂警備の三流看守どもは、囚人による武器奪取の暴動を恐れて、最初から実弾兵器を携帯していないようだった。
手に入れた警棒を握り直し、身軽な体躯を極限まで躍動させてカルテラへと肉薄する。
だが、やはり狂人が雑に振り回す包丁の脅威は凄まじかった。
間合いを詰めた瞬間、空気を切り裂いた刃がモルフィの剥き出しの腕をかすめ、赤い鮮血が派手に飛び散る。
カルテラは血の匂いにさらに興奮し、その巨体に任せて猪突猛進の突撃を仕掛けてきた。
モルフィは傍らの木製の重い机をバリケード代わりに投擲し、相手の視界と出足を挫こうとしたが、狂乱状態の巨漢には通用しない。
カルテラは机ごと刃を振り下ろし、モルフィを確実に死角へと追い詰めていく。
だが、致命的な瞬間は最悪の形で訪れた。
「――今だ、やれッ!!」
カルテラの短い怒号が響く。
その瞬間、周囲に潜んでいたアリババ盗賊団の部下たちが、死に物狂いでモルフィの背後や足元からしがみついてきた。
「ぐっ……、離せ、この腰抜けどもがッ!!」
モルフィが警棒で男たちの顔面を容赦なく殴りつけ、髪を毟り取ろうが、男たちは骨が砕けるのも厭わず、ただ「動きを止めること」だけを目的に泥臭くモルフィの四肢に執拗に固執する。
完全に、動きが止まった。
カルテラが、包丁を逆手に握り直しながら、ゆっくりと……確実にモルフィの胸元へと近づいてくる。
「死ねや、クソガキがあああああッッ!!」
心臓を正確に貫くため、カルテラが全体重を乗せて包丁を突き出してきた。
万事休す。
モルフィが最悪の直撃を避けるため、咄嗟に銀枷の嵌められた両腕を盾にしようとした、その刹那だった。
――キィンッ!!!
鼓膜を震わせる鋭い金属音が響き、カルテラの持っていた包丁の刃が、なぜか銀枷に触れた瞬間、根元から粉々にひび割れて砕け散った。
「な、何ッ……!? 嘘だろ!?」
カルテラの一本だけの目が、驚愕にこれ以上ないほど見開かれる。
その一瞬の硬直を、モルフィが見逃すはずがなかった。
バロミロの知識が、即座に次の最適解を脳内に導き出す。
モルフィは身体にへばりついていた部下どもを驚異的な膂力で地面へと叩きつけると、手首を繋ぐ「特級呪物の重い鎖」を、カルテラの太い首へと容赦なく巻き付けた。
そのまま背後に回り込み、全体重をかけて鎖を絞り上げる。
「ぐ……っ、が、ぎ、ぃ……ッ!!」
ギチギチと、肉と骨が軋む音が鳴り続ける。
モルフィは悪魔的な笑みを浮かべ、さらに鎖を引き絞った。
カルテラの顔面がみるみるうちに土気色に変色し、口から白い泡を吹き始める。
やがて、抵抗していた大男の四肢から完全に力が抜け、包丁の柄が床へと虚しく転がった。
だが、男が完全に失神した後になっても、モルフィの内部で燃え盛る激情は止まらなかった。
「ガァァァァァァァアァァァァッ!!!」
それは、獣の咆哮というより、地獄の底から響く悪魔の叫びそのものだった。
モルフィは完全に物言わぬ肉塊となったカルテラに馬乗りになり、狂ったように拳を振り下ろす。
駆けつけた十数人の看守たちが、力任せに引き剥がそうと組み付いてくるが、それでもモルフィの腕は止まらない。
相手の顔面が原型を留めぬほどに変形し、血反吐と肉片が飛び散るなかを、ひたすら殴り、殴り、殴り続けた。
その光景は、見る者がみれば、悪魔この上ない悍ましさに満ちていた。
結局、アドレナリンが切れ、全身の激痛と疲労によってモルフィ自身が失神して崩れ落ちるまで、その凄惨な私刑は終わらなかった。
引き剥がされたモルフィの拳は、肉が裂け、自らの白い指骨が不気味に突き出ていたが、失神した本人の口元には、まだ浅い笑みが残っていた。
食堂を埋め尽くしていた囚人たちの大部分は、この悪魔的な殺し合いに巻き込まれないよう、すでに部屋の隅や外へと命からがら避難していた。
しかし――。
そんな血生臭い硝煙と、内臓の匂いが満ちる食堂の片隅で、冷徹に、そして獰猛にモルフィの戦いの一部始終を見つめ、目を爛々と光らせている「三人」の男たちがいた。
彼らの手首には、モルフィと全く同じ――あの禍々しい純銀の魔導手枷が嵌められていた。




