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モルフィの軌跡  作者: オレノマツ
第一章 監獄島編

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13.拷問

管理棟から強奪した面会記録の書類を、第四使徒スタークは歩きながら乱暴にめくっていた。

そこに記載されていた最新の受刑者名と、父親の言葉を照らし合わせ、その「後継者」の正体を突き止める。


その顔に見覚えがあった。

つい数時間前に会ったばかりなのだから。


(――モルフィ!?あの、薬物の密売人のガキか!!

 どこまで手間を取らせる!!)


スタークの脳裏に、つい先ほど波打ち際で無様に地面に這いつくばらせた、あの泥塗れの小僧の顔が浮かんだ。


(……さっきの段階で、そのまま首を刎ねておけば手間が省けたものを!)


苛立ちとともに吐き捨てると、彼は傲慢な笑みを浮かべた。


「まあいい。今から殺せば、それで済む話だ」


シャキィン、と美しく研ぎ澄まされた愛用のサーベルが、鞘から滑り出る。

陽光の届かない地下独房の暗がりに、冷徹な銀の刃が鈍くきらめいた。


だが、モルフィが収監されているはずの深い闇の奥――独房へと足を踏み入れた瞬間、不快な肉を打つ鈍い音が、執拗に反響して聞こえてきた。


「ぐはっっ!! ……がはっ……」


鉄格子の向こうでスタークが目にしたのは、三人がかりでモルフィに凄惨な暴行を加えている看守たちの姿だった。

モルフィはすでに抵抗する力もなく、ただ血反吐を吐いて身を縮めている。


「……何をしている」


地を這うような冷徹な声とともに、スタークはサーベルの切っ先を、主犯格と思われる看守の鼻先へと突きつけた。


「し、使徒様!? なぜこのような独房に……っ!?」


振り返った看守の頭には、白い包帯が痛々しく巻かれていた。

それでスタークはすべてを察した。

このガキに背後から石で殴られ、大恥をかかされた当人というわけだ。


「もういい。目障りだ、失せろ」


「し、しかし……っ! こいつは凶悪な脱走犯です!

 我々にはこいつを痛めつける権利が――」


「お前が下手こいただけだろ。二流が」


「いや……ですが……しかし!!」


「いいから失せろと言っているんだァ!!!!」


刹那、暗闇を閃光が走った。

言葉の途中で、スタークのサーベルが看守の肉体を袈裟懸けに一刀両断に切り裂いていた。

鮮血が壁に飛び散り、看守は悲鳴を上げる暇もなく床へ崩れ落ちる。

残された二人の看守は、あまりの戦慄にガタガタと歯を鳴らし、震えながら後ずさった。


「そのゴミをお前たちの手で片付けろ。とっととやれ」


「は、はいぃっっ!!」


看守たちが怯えながら死体を引きずっていくのを横目に、スタークは床に俯せになったままぴくりとも動かないモルフィを見下ろし、嘲笑を浮かべた。


「……ハッ。こんな、今にも息絶えそうな虫ケラが親父の後継者だと? 笑わせるな」


容赦なくブーツの先で脇腹を蹴り飛ばし、仰向けにする。


素人目に見ても、臓器にも極めて影響がある重症であることは一目瞭然だった。

このまま治療も施さず、この寒冷な独房に放置しておけば、明日の朝を待たずに勝手に死ぬだろう。


なぜあの親父は、この俺に「殺せない」と断言したのか。

まったく理解ができない。


「死期が近くなって、いよいよ脳まで呆けて世迷言を抜かしたか、老いぼれめ」


スタークは興味を失ったように冷たく言い放つと、モルフィの細い喉元へ、サーベルの切っ先をゆっくりと、確実に突き立てた。

あと数ミリ肉を裂けば、すべてが終わる。


その時だった。死の淵にあるモルフィの割り切れない唇から、掠れた声が漏れ出た。


「あ……、……母さん……?」


走馬灯を見ているのだろう。焦点の合わない瞳から、涙がとめどなく溢れ、泥に汚れた頬を伝っていく。


「ごめん……。守れなくて……。

 国の連中から……、せっかく作った農作物を……取り返せなかったよ……」


「……」


スタークの静止した手首が、ピキリと凍りついたように止まる。


「ファラム……、アント……、サラメ……。

 お前らと……また、あの村で……遊びたかったな……」


「……」


「コーディン……。

 兄貴なのに……、お前のこと……最期まで守ってやれなくて、ごめんな……」


ただの悪党だと思っていた。

大陸を薬物で汚染し、王宮に牙を剥いた、根っからの大罪人だと思っていた。


だが、今まさに死に瀕した小僧の口から溢れ出たのは、国にすべてを奪われ、家族すら守れずに奈落へと突き落とされた、弱き「人間の子供」としての、血を吐くような悔恨の涙だった。


その涙と、守れなかった者たちへの許しを請う姿と呪詛に似た祈りを見たスタークは――。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「――それにしても、本当に驚きましたよ。

 スターク様がこのタイミングで監獄島まで来られるなんて。

 事前の連絡では、視察は明日からだと伺っていたのですがね」


総督府の豪奢な応接室。

ガナン看守長が、恭しい手付きで淹れたての紅茶をテーブルへと差し出した。


「抜き打ちの査察だ。上層部……教皇直々の指示でな。

 実際に、教皇の危惧は正しかったわけだ。

 現に一人の受刑者が脱走寸前までいっていた」


「は……。その件に関しては、弁解の余地もございません。

 私の不徳の致すところです」


ガナン看守長は冷や汗をにじませ、深く頭を下げた。


「いい。今後の警備体制を締め直せ。

 ……それに、この件(脱走未遂)に関して、中央へ提出する報告書には記載しないでおいてやる」


「……よろしいのですか?」


ガナン看守長が、弾かれたように顔を上げた。

脱走を許したとなれば、自らの出世街道は完全に閉ざされる。

彼にとっては願ってもない温情だった。


「仕方がなかろう。

 不祥事を馬鹿正直に書き連ねて、この島の存在意義を疑われるのはこちらの本意ではない。

 ……それから、あの『モルフィ』というガキの個人記録だが、これと差し替えておけ。

 古い公文書は今すぐここで破棄しろ」


スタークは懐から、完璧に偽造された一枚の書類を放り投げた。

看守長はそれを手にとり、記載された内容に不審そうに眉をひそめた。


「これは……? 彼の罪状欄から『悪魔付きの疑い』の一筆が消えていますね。

 しかし、その一方で……処遇欄には『純銀と聖塩による魔導手枷の永続着用を義務付ける』とある。

 悪魔付きではない人間に、なぜこれほど高価な呪物の手枷を?」


「……書類の処理に、少々不備があってな。

 わざわざ外すこともあるまい。

 鍵を中央まで取りに行くのもめんどくさいしな。

 念には念を入れてだ。

 その修正の『ついで』だ。

 私が直々にこの島へ足を運んだ本当の理由は」


「ああ、なるほど。そういうことでございましたか。納得いたしました」


ガナン看守長は合点がいったように深く頷き、ホッと胸を撫で下ろした。


「ですが、スターク様も随分とお優しい。

 わざわざご自身の手で、あの瀕死の小僧を治療室へ連れていかれるとは。

 ……せっかくの御召し物が、奴の血で酷く汚れてしまっているではありませんか」


スタークは自分の胸元にべっとりと付着した、モルフィのどす黒い返り血を冷淡に見つめた。


「……ただの気まぐれだ。

 死なれては、色々と不都合がある。

 だが、あの少年の動きには今後も厳重に警戒しておけ。

 かと言って、必要以上に追い詰めすぎるなよ。

 あいつは……自分の命をチップにしてでも、敵の喉笛を噛み千切るタイプの狂犬だ」


「……? しかし、先ほど裏の廃棄場で息絶えていた我が部下ですが。

 ナイフで殺害したのはあの少年なのでは?」


看守長はてっきり、モルフィがあれから独房でまた暴れて殺されたのだと思っていた。

ギロチンが一日に2回も使える機会などなかったので、楽しみにしていたのだが……。


だが、スタークは紅茶のカップを持ったまま、感情の消えた目で看守長を鋭く射抜いた。


「私が殺した。あの看守には、裏社会の組織と通じている裏切りの兆候があった。

 ……何か文句でもあるか?」


「は、いえ……! 滅相もございません。失礼いたしました」


使徒直々の処刑とあれば、ガナン看守長に口を挟む権限などあるはずもなかった。

すべてはスタークの胸三寸で「事実」へと書き換えられる。


「――で、あれから、あの『百三十二号室』の男の様子に変わりはないか?」


一瞬の沈黙の後、スタークが最も嫌悪する名前を口にした。


「ええ、バロミロ殿ですね」


ガナン看守長は、声を潜めて答えた。


「相変わらず、部屋から一歩も出ず大人しいものです。

 ただ……妙ですね、彼は最近、あのモルフィという少年に強い興味を示しているようです。

 私への要求も、あのガキを月曜日と木曜日に連れて来いというだけで」


「……そうか」


スタークの耳の奥で、先ほどアクリル窓の向こうで父親が浮かべた、あの忌々しい嘲笑が不気味に蘇った。


『お前には絶対に無理だ。試してみるがいい、バカな息子よ』


脳裏をリフレインするその呪詛のような言葉に、スタークの端正な顔が激しい怒りで歪む。

あの小僧の中に、親父は何を見たというのだ。

なぜ、殺せないなどと断言した。


「……クッソが」


スタークは吐き捨てるように毒突くと、気品も何もかなぐり捨て、最高級の紅茶を苦い泥水でも流し込むかのように、一気にガブ飲みした。

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