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第二話

ちょうど朝日が登ってから時計の針が一周まわった後のこと、コツコツと階段を降りる音がして、レイラは顔を上げた。


「おはようございます、テディーさん。お早いですね」

「レイラさんこそ。お仕事ですか?」

「いえ......まあでも、そんなところです」


音の主は、昨夜飛び入りで宿泊した少年、テディーであった。彼がいうには、自称冒険家だそうで、この辺りのバーで依頼を受けて、それをこなして生活しているらしい。テディーが起きてきたこともあり、レイラは手元のスクラップ記事を畳んだ。


「そういえば、朝食はもう食べました?よければご用意しますよ」

「えっ、いいんですか!ありがとうございます!僕最近、ちゃんとしたご飯食べられてなくって......」


陽の光が差し込むフロントに、慣れた手つきでレイラは食事を置いていく。その手際は、元からテディーの分の食事も用意していたのか、と思うほど。焼いたトーストの上にブルーベリーとマーマレードのジャムを塗った、典型的な朝ごはん。だというのに、テディーが目を輝かせてそのトーストを見つめるものなので、レイラはなんだかくすぐったくなった。ぎーぎーと、2人の椅子を引く音が反響する。


「本当に簡単なものですみません。多分美味しいとは思うんですけど.....」

「いや!!めちゃめちゃ美味しいです!!本当にありがとうございます」


レイラ的には満足のいく代物ではなかったが、テディーがここまで喜んでくれたのなら、まあ及第点といったところだろうか。次のお客さんがもしもきてくれた時の参考にしようとレイラは決意した。まあ、それは今の状態が続いて仕舞えば夢のまた夢なのだけれど。否応なしに目に入ってくる宿の壁。そこに貼られた「Dangerous!」の張り紙に軽く絶望する。いつまで閑古鳥は鳴き続けるのだろうか......


「喜んでいただけて嬉しいです。では、昨日の料金に朝食サービス代も上乗せしておきますね」

「えっっ!!??聞いてないですけど!!??」

「そりゃあまあ、言ってませんから」


閑古鳥が鳴いている今、次の収入源はいつになるかわからない。稼げる時に稼いでおく、がレイラの信念だった。レイラの清々しい笑みを見て、テディーは先ほどまでの笑顔とは一転。さぁっと顔色が青くなっていく。震える手でテディーはチャラチャラと小銭袋を鳴らすが、その音はやけに軽々しい。


「......あのー、申し訳ないんですが、今手持ちがなくって......」

「そうですか。宿金と朝食サービス代、合わせてこのくらいなので、お支払いください」

「あれ、レイラさん?話聞いてます??」

「払えないなら金目のもの全部出してさっさと帰ってください。お金の払えない客なんて、客じゃないでしょう?」


青い顔のままテディーは縋るが、残念なことにレイラはそんなに甘くなかった。現実は非常である。テディーの手持ちの額は、レイラが提示した値段の半分もない。ちなみに、レイラの宿の宿金は高くない。むしろ安いと評判な方だ。


「あの、じゃあなんか働くんで!働きますから金品全部売るのだけはどうか!どうか勘弁してくれませんか!」

「いや、そうは言っても、何せこんな状況なんでね、払える時に払ってもらわないと」


涙目のテディーを見ても、レイラは揺れるどころか冷たい視線を隠そうともしない。なんで金払えないのに泊まろうとしたんだよコイツは、とでも言いたげである。


「こんな状況?どんな状況なんですか?」

「うちの宿、っていうかうちの村、最近モンスターが大量に出るんです。すっかり周りの村でも評判になっちゃって、ここらを通る冒険家の方、今はもうほとんどいないんです」


はぁ、と大きなため息をついて、レイラは壁の張り紙を指差した。そこには「Dangerous!」という文字と共に、昨夜テディーが討伐したようなモンスターのイラストが描かれている。


「ほら、わかったでしょう。私もピンチなんですよ。あなたと一緒でね」


モンスターがいなくならなければ、この問題は解決しない。それをレイラはわかっているからこそ、自重気味に付け加えた。


「......じゃあ、モンスターがいなくなれば、レイラさんは満足なわけですよね」

「そんな簡単に言わないでくださいよ。第一、昔はこんなに多くなかったんです。それこそ、夜だって子供1人で出歩ける、安全な街って触れ込みだったのに」


真剣そうにレイラの話を聞いていたテディーは、閃いた!と言わんばかりにレイラに話を振った。かと言って、そんな簡単な話ではない。話の通じない客に、レイラの堪忍袋の緒も切れそうだった。


「僕が酒屋でモンスター討伐の依頼を受けながら、モンスターが増えた原因を探ります。そうすれば1日分の宿代は稼げるんで、ここにいる間泊めてください!!」

「ダメですよ。大体、酒屋で稼いだ日銭で一日の宿代を賄うなんて、たかが知れてます。1日分を1日でなんて、稼ぎきれない。昨日の宿分と今日のサービス分、払ったらさっさと出てってください」


情に訴えられたって、レイラの考えは変わらない。大体、並の冒険家じゃ、1日に達成できる依頼数なんてせいぜい数件。1日分の宿代を稼ぐなんて、それこそ熟練の冒険者でないと不可能だ。冒険者というのが、結構切羽詰まった職なのだと、レイラは知っている。


「......じゃあ、証明します。僕がちゃんと稼げる冒険者だって。それでいいでしょ」

「はぁ?何言ってるんですか、証明なんてしようがない......」


その瞬間、外から唸り声が轟く。レイラが窓に駆け寄れば、そこにはダラダラと涎を垂らしながら肉に飢える、獣の姿をしたモンスターが宿のそばまで迫っていた。


「嘘でしょ!?なんでモンスターが街まで......森から降りてくることなんてほとんどなかったのに......!」

「ちょうどいいや。レイラさんは危ないんで、そっから動かないでくださいね」


レイラに警告するとすぐ、テディーはサーベルを構えて宿屋の扉を勢いよく開けた。バタン!と音が響いたせいで、モンスターの狙いは確実にテディーに定まっている。幸い、テディーがきちんとドアを閉めてくれたので、レイラに被害が及ぶことはおそらくいまのところはない。しかし、目の前で黙って人が死ぬところを見ていろと言われて見ていられるほど、レイラは非情ではない。思わず窓を開けて、魔力を練らずにはいられなかった。


しかし、その心配は杞憂に終わる。モンスターの目の前に立っていたはずのテディーが見当たらなかったからだ。どこに行ったのだろう、逃げきれたのだろうか。そう思ってレイラが辺りを見回す。


「こっちだよ、ばーか」


いつのまにか、テディーはモンスターの背後を取っていた。モンスターはテディーの声を聞いてようやくその気配が背にあることを認識する。しかし、気がつくのが遅すぎた。モンスターが振り向くよりも速く、テディーがその胴体を切り落としたからだ。まさに一閃。あまりにも速すぎる太刀筋に、レイラの心臓は未だバクバクと音を立てている。


とどめというように、テディーはその化け物の頭に切先を突き立てる。そしてそのまま、何事もなかったかのようにサーベルを鞘に戻して、宿屋の扉を叩いた。


「これで証明になったでしょ?僕が稼げるって」

「......いいわ、交渉成立よ」


ニヤリと口角を上げて、テディーが軽く首を傾げる。この冒険者、明らかに普通じゃない。平均以上、それも上澄の上澄のような技術を有している。この人なら、あんな無茶な交渉を結ぶに足りる、とレイラは確信した。初めて出会った昨夜と同じように、テディーが片手を差し出す。けれどそれに臆することなく、レイラは固く握手を交わした。

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