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第三話

「よっ!!ノア!!遊びに来たぜ!!!」


王宮と呼んでも差し支えないほど大きな屋敷は、俺の親友を閉じ込める箱庭に過ぎなかった。その箱庭に無理やり穴を開けて、そいつに空を見せるのが、俺の仕事だって、信じて疑わなかった。


「もー、うるさいよ。もっと静かに入ってこれないの?」

「あぁ?いいじゃねえか。どうせ騒いでもお前以外いないし」

「......まぁ、そうなんだけどさ」


乳白色のストレートを肩まで伸ばした親友は、呆れたようにため息をつく。けれどそれが本気で嫌がってるわけじゃないってわかるくらいには、俺たちの関係は深かった。


「なぁなぁ、聞いてくれよ!!今日はニンゲンが面白いもんくれたんだよ!」

「またぁ?口を開けばニンゲンニンゲンって、そんなに面白いの?」

「あぁ!!最高に面白いぜ!いつかお前にも会わせてやるよ。絶対気にいるぜ」


目を輝かせて話す俺を見て、ノアは肩をすくめたが、その碧眼にわずかな期待が乗っかっていることを、俺は知っている。そいつが身を乗り出して俺の話に魅入る瞬間が、いっとう好きだった。

「そうだね、いつか僕のこと、外の世界に連れてってよ」


軽い気持ちで毎日のように交わす口約束だって、叶うと信じて疑わなかった。



「しばらくこの街に住むんでしょ?よければ私が案内しようか?」

「えっ、いいの?ありがとう!」


ぷらぷらと、暇そうに足を揺らして遊ぶテディーを見て、レイラがそう声をかけたのは、ただの気まぐれに過ぎなかった。大体、酒場の場所を覚えてもらわなくては、交渉だって成り立たないので。レイラの言葉を聞いた途端にイキイキするテディーに懐かしさのような何かを感じて、レイラは微笑む。


「それじゃあ行きましょうか。入り口の階段、気をつけて」

「はーい!行こっか!」


大きな木製の扉を引いて、2人は石畳の床を蹴った。



円形に広がった町の中心地に広がる大きな広場。その広場の真ん中に聳え立つ酒場の正面に、2人は足をつける。


「ここが噂の酒場?」

「そう。この辺の広場ではよくマルシェとかやってるから、機会があれば行ってみて。楽しいと思うから」


どうせなら地理も説明しちゃうか、とレイラは呟き、向かって右側に指先を伸ばした。


「酒場が正面に見えるように立った時、右側が東ね。左が西で、東側と西側に一つずつ村への入り口があるの」

「ふーん、てことは僕らは今南側から来たってこと?」

「ええ。北に行けば行くほど栄えてるから、わかりやすいでしょ?」


右側、つまり東側には木製の家々が立ち並んでいる。逆に西側には石製の建物が多い。そんな中、暗い石煉瓦の土台の上に建つダークウッドの酒場は、まさしくこの町のシンボルとして佇んでいた。


「じゃあ、中に入りましょうか」

「えっ、酒場って普通夜からしかやってないんじゃ?」

「私も最近、ここで小遣い稼ぎしてるのよ。だから平気。入って」


大抵の酒場は夜から営業を始める。当然、この時間は普通の酒場なら仕込みをしているはずだ。テディーの疑問は間違っていない。ここにレイラが“普通の客”として訪れているのなら。困惑を浮かべるテディーをよそに、レイラは茶目っぽく笑って扉を開けた。


「マスター!お手伝いにきたよ。あと、新しいお客さん」

「おー、レイラちゃん!いつも助かるぜ。ありがとうな」


奥に向かってレイラが叫ぶ。すると、外装と似ているダークウッドのカウンターの奥から、ひょこりと大男が顔を覗かせた。


「紹介するわ。ここのマスター。これからお世話になりまくってもらうから。覚悟しておきなさい」

「......えーっと、レイラさんの宿に泊まらせてもらってます、テディーです。諸事情でモンスターの討伐依頼を受けさせてもらいます〜......よろしくお願いします」

「こんなヒョロっちい子が大丈夫なのかい?レイラちゃんと背丈も変わらないくらいじゃないか」


レイラが指し示した先に立っていたのは、190cmはあるだろう、無精髭を無骨に生やした壮年の男性だった。この酒場の店主、マスターと呼ばれたその男はテディーを一瞥し、純粋な心配を寄せる。それが癇に障ったのだろう、こめかみにぴきりとシワが入る瞬間を目撃してしまったレイラは、笑いを堪えるのに必死だ。ちなみに、レイラの身長は160cmほどである。


「こう見えてもこの子強いから大丈夫。それより、掃除始めちゃってもいい?」

「ああ、いつも助かるよ」

「え?こんな広いホール1人で掃除するの?」


レイラがマスターに声をかけると、どこからか水の入ったバケツと空のバケツが用意される。だが用意された道具にモップやら雑巾やらは入っていない。水をぶっかけて外に掃き出す、なんて脳筋なことをしたところで、こんな広いホールの全てに水をかけるだなんて不可能だ。何せ剣道の稽古が余裕でできてしまうくらいには大きなホールなのだ。テディーが眉間に皺を寄せ、レイラに声をかけた。


「まあ見てて」


テディーの心配なぞものともせず、レイラはバケツの中に入った水に手のひらを寄せる。レイラが指先に意識を集中させれば、ふわりと宙に水の塊が浮いた。すいーとレイラが腕を滑らせれば、同じように水も空を流れる。まるで意志を持つかのように震える水滴が床を這って、汚れを吸着させていく。そうやって溜まった埃やら汚れやらを含んだ汚れた水を開いているバケツに寄せれば、あっという間にホール一面が綺麗になる。


「......すごい、水を操るんだ」

「そう!かっこいいでしょ」


驚嘆するテディーの息を飲む音を聞いて、レイラは得意げに胸を張った。かと言って視線は宙に浮かぶ水から逸らさないまま。まだ気に食わない箇所があるのだろう。


「レイラ姉ちゃん!!」


レイラは水の塊をさらに大きくしてゆく。そろそろ動かそうか、と腕を伸ばした時、彼女の腰に重い一撃が入った。ふいをつかれたある意味攻撃と呼べるその突進により、レイラの指先が揺れる。パシャリと水が跳ねて、レイラの洋服の裾に跳ねた。


「......リアム、びっくりさせないでって言ってるでしょ」

「えー、だって姉ちゃん、いっつも面白い反応してくれるもん」


レイラに飛びついた少年、リアムはえへへ、と愛嬌たっぷりに舌を出す。その背中で、作り物とは到底思えない、アプリコットの羽を震わせていた。

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