最終話.陽光の下で
幾晩もの夜をともに越えて、新しい季節がやって来た。
先月には卒業生を見送った。
そして先日、新入生たちが満開の花の下を駆けていくのを微笑んで見つめた。
とうとう今日は、王都リュグランの神殿でカリファーと結婚式を挙げる。
出来上がった花嫁衣装を試着しに店を訪れた時には、値段を聞くのが恐ろしくなるような代物が飾られていた。
光沢のある黒地に金糸で刺繍が施され、広がった裾には金剛石が散りばめられていた。見つめていると目がチカチカしてきそうだった。
首元までピッタリと透かし飾りで覆われていて、今でもわたしの首を噛んでしまう癖のあるカリファーの歯型を、綺麗に隠してくれそうだった。
上から下まで、カリファーを思わせる色彩に、嬉しさと恥ずかしさが込み上げた。
控室でセレーヌに着つけてもらい、鏡台の前でお化粧を施されていると扉が控えめに叩かれた。
セレーヌが開いた扉から、桃色の礼装を纏ったアスナ先生が入ってきた。
「リリンカ先生ぇ、本日はぁ、おめでとうございますぅ」
立ち上がって、振り返る。
「ありがとうございます」
微笑んで答えると、アスナ先生が息を呑んだのがわかった。
「変ですか?」
「いいえぇ。とっっってもお綺麗ですぅ」
力いっぱい褒めてくれた言葉に勇気を貰い、おずおずと口を開いた。
「あの、アスナ先生?」
「何ですかぁ?」
「その、あの……これからは、ナスティディア、って呼んでいただけますか?」
「へっ?」
ぽかんと口を開けたアスナ先生に、顔が熱くなるのを自覚しながら早口で続けた。
「そのっ、わたし、アスナ先生のこと……お友達だと勝手に思っていて。あの、それで……」
だんだんと下を向いてしまうわたしの耳に、柔らかく笑う声が聞こえた。
「もぉ〜、可愛いんだからぁ。ダレストン先生は、『ディア』って呼んでましたよね?じゃあ、あたしはぁ……ティーちゃん、って呼ぼうかしらぁ」
「ティーちゃん……」
幼子への愛称のようで何だか恥ずかしい。でも、アスナ先生の雰囲気には似合っているような気がした。
「ありがとうございます、アスナ先生」
嬉しくなって答えると、アスナ先生がちっちっと指を振った。
「あたしのこともぉ、ちゃんとシェリルって呼んでくださいよぉ」
「……っ。はい、シェリル」
「うふふぅ。本当にぃ、おめでとうございますぅ。式場でぇ、待ってますねぇ」
晴れやかな笑顔のまま、アスナ先生――シェリルが控室を出て行った。
入れ替わるように、カリファーが入ってきた。着替えを終えたわたしを見て、しばらく固まったカリファーが満開の花にも負けない笑顔を浮かべた。
「綺麗だ。このまま、誰にも見せたくないくらいだな」
「ありがとう、カリファー」
差し出された手に、そっと手を重ねた。
今夜から、わたしはカリファーのお屋敷に暮らすことになる。黒兎の人形を枕元に置きたいと渡した時、セレーヌが驚いていたのは何故だったのかしら。
『主の底知れない執着が、恐ろしいですわね』
漏らされた呟きの意味をまだ、聞けずにいる。
これから、知る機会は来るのかしら。
顔に薄絹が垂らされ、カリファーに手を引かれて控室を出る。
後ろで、セレーヌの密やかな声が聞こえた。
「これからも、ずっとお側にお仕え致します。我が主とご伴侶が、生命力を輝かせて歩んで行かれることを、祝福申し上げます」
「ありがとう、セレーヌ」
振り返らずに答えて、歩きだした。
神殿の入口からはみ出すように、招待客ではない生徒たちが祝福に駆けつけてくれていた。
内部の参列客は、ほとんど学院の教職員たちだ。学院長が、わたしたちの保護者代わりの役目を務めてくださった。
厳かな神殿の奥、神父様が立つ祭壇の前でカリファーとともに膝をつく。
そっと二人の頭に神父様の手が乗せられ、誓いの言葉を求められた。
「汝、カリファー=ダレストン。妻としてナスティディア=リリンカを愛し、尊重し、ともに人生を歩むことを誓いますか」
「誓います」
カリファーの返事を聞いただけで、泣きそうになる。まだ我慢しなくては。
「汝、ナスティディア=リリンカ。夫としてカリファー=ダレストンを愛し、尊重し、ともに人生を歩むことを誓いますか」
「っ、誓います」
声が震えてしまったわ。
ゆっくり立ち上がり、カリファーと向かい合う。そっと、薄絹がめくられた。
黄金色を細めたカリファーが、差し込む陽光の下で微笑んでいる。
「ディア、俺の生涯の妻。お前だけを、愛している」
柔らかく、熱い唇がわたしの唇に押し当てられた。
これから先、貴方とずっと、この限りある生を大切に生きていくわ。
隣に立たせてくれて、ありがとう。
歓声が、遠くで聞こえた――。




