74.夜明けを待つ
体の下から伝わるカリファーの熱に、溺れてしまいそうだった。
彼の肌に、わたしの額から伝った汗が落ちる。
荒くなる呼吸を整えながら、純銀の杭を引き寄せた。
杯に残った最後の一滴まで、口に含んで彼に口づける。
こくり、こくり。弱く、けれども確かに彼がわたしの血を飲んでいる。
深呼吸を繰り返す。早く、彼が飲み終える前に、心臓に突き立てないと。早く――。
指が震えて上手く杭を掴めない。
カリファーが喉を鳴らす音と、わたしの荒い息遣いだけが室内に満ちる。
手が滑る。このままでは、カリファーが灰になってしまう。
気持ちだけが焦るわたしは、彼が薄っすらと瞳を開けたことに気づかなかった。
口移しで飲ませた血の最後の一滴を飲み干したカリファーが、震えるわたしの手首を掴んだ。
「っ!!」
「……無理、をする、な」
「むっ、無理なんかじゃっ」
黄金色が、ふっと細められた。
「お前、の望み、を……叶える」
「カリファー?」
最後の力を振り絞るように、カリファーが身を起こしてわたしを腕の中に抱き込んだ。
「カリファー!」
「俺、が……牙を、立て、る……突き、刺せ」
結局彼に甘えてしまうことになる。情けないわ。
「わたっ、わたしが……っ」
「お前、の血、のおかげで……しばらく、動ける」
首を振ろうとするわたしの髪を、彼が弱く撫でた。
「一緒、に、と……約束、したろ……?」
「え……?」
「杭、の話を、した時に……一緒に、考える、と」
首筋に、熱い唇が触れる。
「お前、ととも、に……生き、る」
「っ!!」
杭を握りしめたわたしの手の上から、カリファーの手が包み込んだ。
「大丈夫、だ……やれ」
ツプリ。
彼の牙がわたしの首に噛みついた。焼けつくような痛みに、頭の芯が痺れる。
優しく、愛おしそうに啜る音に酔ってしまいそうになる。
そうして、彼の心臓に、彼の手に包まれたまま両手で掴んだ純銀の杭を突き立てた――。
すべての音が消えた。
世界を闇が支配するように。
カリファーの背中あたりから、黒い蝶の大群が飛び立つのがぼんやりと見えた。翼から零れた羽根のように。
わたしたち二人を包むように飛んだ蝶が、窓から飛び出していった。
一匹ずつ、空に昇っていくように、溶けて消えていく。
力が抜けたようにわたしの肩に頭を預けたカリファーが、寝台の上に倒れ込んだ。
ハッとして杭から手を離し、彼の頬に触れる。
「カ……カリファー?」
「……日の出、とともに、杭を、抜け……」
「それ、それは……貴方は、無事でいられるの?」
弱々しい腕の動きで、それでもカリファーがわたしの頭を撫でてくれた。
「止まる、ことのなかった、心臓が……朝日、とともに、新たな、鼓動を打ち始め、る」
微笑みの形になったカリファーの唇が、優しく言葉を紡いでくれる。
「お前、とともに……生きて、いける」
いけないと思うのに、涙が溢れて止まらなかった。
彼が、今ここに、消えずにいてくれることが心の底から嬉しかった。
そして、彼の意思を聞かずに成したことに、申し訳なさでいっぱいだった。
「カリファ……」
「謝る、な」
髪を撫でる彼の手に身を委ね、引き寄せられるままに口づけた。
「お前、の覚悟、に……感謝を」
そうね。きっと、伝えるべきは謝罪ではないわ。
「カリファー。愛しているわ」
大好きな黄金色が見開かれ、次の瞬間には愛おしそうに細められた。
「俺、も……愛している、ディア」
もう一度、わたしからそっと口づけた。
朝日が昇るまでの数刻を、彼の規則正しくなっていく呼吸の音を聞きながら、寝台で過ごした。
カリファーは、うつらうつらと眠ったり覚醒したりを繰り返しているようだった。
一度、セレーヌが様子を見に来てくれたわ。放り投げていた銀の短剣を、厳重に布で包んで手渡した。
セレーヌもレストも、寝台で穏やかな呼吸になったカリファーを見て、深く頭を下げて出ていった。
これから、彼らはどうなるのかしら。今まで通り、カリファーを主として生きていくの?
そんなことも聞けずに、わたしはカリファーを夜の王ではなくしてしまった。
貴方は、わたしを恨まずにいてくれるかしら。
そうして、夜明けの時がやって来た――。




