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王の愛は闇夜とともに  作者: 紫月 京


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72.儀式の前に


手が震える。

指先が痺れる。

頭の奥がぼーっとする。

寝台の上のカリファーをじっと見つめる。

いつも余裕の表情を浮かべて、大きく包んでくれる彼の顔が、苦悶に歪んでいる。

握る手に額を乗せた。

目に涙が溜まってくるのがわかる。

カリファー。わたしを愛し、わたしの選択を尊重してくれる、永遠に等しい時を生きるひと

このまま、彼が灰になるのを待つだけなんて、耐えられるはずがなかった。

わたしはもう、カリファーのいない世界なんて考えられない。

「……わたし、は……」

「ディア……無理、をするな……」

途切れがちな声にハッと顔を上げた。

黄金色が、わたしを見ていた。

「カリファー」

「おま、えが……苦しむ、必要、はない」

ああ。こんな時でも、わたしをこれほど大事にしてくれるのね。

堪えきれない涙が零れた。

「……泣く、な。いま、お前の、涙、を拭え、ない」

震える体を必死に動かして、カリファーの枕元に近づく。

大きな寝台は、二人が乗っても十分すぎるほど広い。

額に、こめかみに、頬に。

順に唇を落としながら、彼の存在を確かめる。

カリファーは、今ここにいる。生きてわたしの目の前にいる。

失わせたりなんか、しないわ。

そっと冷たい唇に口づけて、セレーヌに視線を向けた。

「どうすれば、いいの?」

「ディ……!」

「主を傷つけた忌々しいその短剣でも成せるでしょうが。純銀の杭をお持ちします」

秘匿されていると言っていたものね。

「セレーヌは、それに触れられるの?」

「厳重に封をしてありますので」

「待……っ、やめ、ろ。ディア……!」

必死な声を出すカリファーを宥めるように、髪を撫でる。

「カリファー。わたしは貴方を失いたくない。今からわたしがすることは、貴方の意に沿わないことかしら」

彼の嫌がることはしたくない。でも、これしか方法がないのなら、恨み言は後からいくらでも聞くわ。

「おま、えに……ふ、たん」

カリファーの言葉に強く首を振った。

「たまには、我儘を言ってもいいと前に言ってくれたわ」

初めて二人で食事に行ったあの夜。

「わたしは、貴方とともに陽の光の下を歩く」

「っ!」

「わたしの望みを、叶えてくれるでしょう?」

大きく見開かれた黄金色の目尻に口づけを一つして、寝台から降りた。

「……支度してもらってくるわ」

「ディ……」

「このまま、傷が広がらないように処置しております」

レストの言葉に頷いて、寝室を出る。セレーヌが静かについて来てくれた。

「湯殿の支度は済んでおります。それと、杭を取って参ります」

「あの短剣は、どうしたらいいのかしら」

「杭を突き刺す前には、抜いていただかなくてはいけません」

その瞬間を見極めるのが難しそうね。

「ナスティディア様の血を与えながらでしたら、それほどの苦痛なく抜けると思いますわ」

「……そう」

一度寝室を振り返って、人影のない廊下を歩き始めた。


広い湯船にしっかりと浸かる。

これからわたしがしようとしていることは、カリファーを苦しめるだけかしら。

絶対的な夜の王を、わたしと同じ世界に引きずり下ろしてしまう。

でも、わたしはもう、決めたのよ。

彼と、これからを生きる。

その為なら、何だってできる。でも、怖い。

カリファーの心臓を突き刺すだなんて、そんなこと、わたしにできるかしら。

ぎゅっと目を閉じた。

湯殿に広がる、甘い花の香り。カリファーの、魂から滲み出る香気。

少しずつ、心が落ち着いてきたわ。

身を清め終え、深呼吸をして湯殿から出る。

セレーヌは、純銀の杭を取りに行っているから、自分で自分の体を拭いた。

用意されていた香油を、全身に塗りたくる。セレーヌがしてくれるみたいに、丁寧に揉み込む余裕がない。

心臓が、破裂しそうに鳴っている。身を清めたばかりなのに、汗が噴き出してきそうだった。

サラサラとした肌触りの夜着を身に纏い、湯殿を出る。

薄暗い廊下を、裸足のままで寝室まで歩いた。

カリファー。

わたしは貴方のもので。

貴方はわたしのものなのよ。

今夜、貴方を夜の王から堕としてしまうわたしを、どうか許して――。



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