69.夜の約束
宣言通り、剣術部門ではゼネフォラ=イアン子爵令息が優勝した。
表彰式の間も、観戦していた生徒たちがざわざわと落ち着かない様子で、わたしやカリファーに視線を投げてきていた。
学院長が金の杯と表彰状を授与するのを、静かに見守る。
わたしは、カリファーを信じているわ。だから、どんな視線に晒されても大丈夫だと思えた。
「見事な剣術で優勝したイアン子爵令息を称え、ここに表彰します」
厳かな言葉とともに、金の杯を手渡された子爵令息が、杯を高々と抱え上げた。
拍手と歓声が沸き起こる。
すっと杯を胸元に下ろした子爵令息が、強い視線でカリファーを見据えた。
「このような栄誉ある場を、私事で騒がせるのは恐縮ですが。よろしいですか、学院長先生」
槍術部門の表彰に移ろうとしていた学院長に、子爵令息が尋ねる。
「……手短に」
許可を得て、イアン子爵令息が声を張り上げた。
「カリファー=ダレストン先生!お約束通り、自分は優勝しました!決闘を申し入れます!」
苦笑しながら、カリファーが一歩進み出た。
「受けましょう。いつ、どこで行いますか?」
「今すぐに、と言いたいところですが。槍術と弓術の皆に申し訳ないので、今日の放課後に、武術練場で!」
「承知した」
先ほどよりも大きな歓声が上がった。
表彰台を晴れやかな顔で降りる令息を苦笑しながら見送った学院長が、槍術部門の表彰に移った。
熱に浮かされたような生徒たちを、帰宅させるのに苦労した。
どの生徒も、カリファーたちの決闘を見たがったからだ。
「リリンカ先生、どちらが勝つと思われますか!」
目を輝かせて聞いてきた平民の女子生徒。
「二人の男性に愛されるなんて、憧れますわ」
嫌味らしい色を声に乗せた貴族令嬢である女子生徒。
「あの二人なら、白熱した決闘になりそうです!」
鼻息荒く、興奮した様子で声を掛けてきた男子生徒。
そのすべてに、曖昧に答えながら帰宅を促した。何だかどっと疲れたわ。
けれど、カリファーが学院の生徒を打ち負かすところなど、見せられない。
いえ、打ち負かすだけならいいけれど、何だか相手をボロボロにしてしまいそうな予感がする。
最後の一人を帰した後で、疲れ切って教員室に戻ると、カリファーの周りに教師たちが集まっていた。
「ダレストン先生、こてんぱんにしてやってください」
「あの生徒は、貴族であることを鼻にかけて、平民の教師を馬鹿にしているところがありますからな」
「この際です。上には上がいるとわからせてやるべきです」
皆さん、そんなにカリファーを煽らないでほしいものだわ。
入ってきたわたしに気づいて、カリファーが微笑んだ。
「では、私は武術練場に向かいますので。リリンカ先生、ご一緒に」
「あ、えっ?」
わたしは、いない方がいいのではないかしら。
戸惑っていると、ホジャ先生が大きな声で話しかけてきた。
「ダレストン先生の勇姿を見られるのは、リリンカ先生の特権ですよ!」
「そういうことです。それに……」
カリファーがわたしにだけ聞こえるように囁いた。
「お前が見ていてくれるなら、それだけで俺には褒美だ」
「っ!」
耳まで熱くなってきたのを誤魔化すように、入ったばかりの教員室から逃げるように飛び出した。
食堂の建物の隣に、武術練場は建っていた。
その名の通り、武術の鍛錬に使う建物だ。剣術と槍術を習う生徒たちや、体を鍛える教師たちが利用している。
弓術の鍛錬場は武器の性質上、別の建物になっていた。
カリファーと並んで歩きながら、武術練場を眺める。あの生徒は、もう来ているのかしら。
「そんなに、不安そうな顔をすることはない」
「えっ?」
「俺は勝つ。怪我をさせないのは難しいが、殺してしまわないように気をつける」
足が止まってしまった。物騒すぎるわ、カリファー。
「怪我も、できるだけさせないで」
「だが、あの子どもはお前を物扱いした。それだけは、許さん」
「……」
カリファーの逆鱗に触れるのは、わたしの意思を尊重しない相手。
「お前が困るような真似はしない」
「信じるわ」
そっと、カリファーの手に手を重ねた。夕暮れの迫る景色を背にした彼を、じっと見上げる。
「口づけたいのか?」
「どっ、どうしてそうなるのよ!」
「冗談だ」
学院では、人目のあるところでは、節度を持って接してくれる。でも、彼に我慢ばかり強いるのは嫌だわ。
「あの子に勝ったら……」
「ん?」
「今夜、貴方のお屋敷に泊まりたいわ」
言ってしまってから、顔から火が出そうで下を向いてしまった。
手が優しく握り返される。
「それは、最上の褒美だな」
髪に、優しい唇が降ってきた。




