68.すべては受け止められない
昼休憩に食堂に行く気になれず、アスナ先生が買ってきてくれたお弁当を中庭の東屋で広げる。
はあーっと深く息を吐き出していると、向かいから吹き出す声が聞こえた。
「いやぁ、面白かったですぅ」
パクパクとお弁当を口に運ぶアスナ先生に、恨めしげな目を向ける。
「あんな……恥ずかしいわ」
「うふふぅ。でもぉ、ダレストン先生格好よかったですねぇ。リリンカ先生もぉ。惚れ直しちゃったんじゃないですかぁ?」
結局あの男子生徒――ゼネフォラ=イアン子爵令息は準決勝にも勝ち残り、決勝戦へ進んだ。
午後からは、その決勝戦が行われる。三年生の生徒だという子爵令息は、この武術大会の優勝をリリンカ先生に捧げると新学期に入った頃から周りに息巻いていたらしい。
アスナ先生をじっとりと見つめる。
「知ってたなら、教えてくれても……」
「だぁってぇ、どうせダレストン先生にはぁ、勝てないじゃないですかぁ」
噂好きで独自の情報網を持っているらしいアスナ先生の耳には、あの子爵令息の話は早くから入っていたらしい。
「ダレストン先生にはぁ、ちゃんと伝えてあったんですからぁ」
「では、二人してわたしに隠していたということですね。酷いわ」
「いいえぇ?フェンヤ先生だってぇ、ホジャ先生だってぇ、知ってましたよぉ」
「えっ!?」
顎に指を当てて、アスナ先生が可愛らしく首を傾げた。
「と言うかぁ、学院長先生を始めとしてぇ、皆さん知ってたんじゃないかしらぁ」
「学院長先生も!?」
知らなかったのは、わたしだけ?
「余計な話をぉ、リリンカ先生の耳に入れる必要はないってぇ、ダレストン先生がぁ……」
「おしゃべりですね、アスナ先生」
背後から聞こえた低い声に、アスナ先生が口元を押さえた。
振り返ると、ホジャ先生と一緒にカリファーが歩いてくるところだった。
「お疲れ様ですぅ」
誤魔化すように笑うアスナ先生に、カリファーがじろりと視線を向けた。
「せっかく黙っていてくれたのに、ここでリリンカ先生に明かしてしまっては意味がないのでは?」
「えぇ〜。だってぇ、もう皆さんが見てる前でぇ、宣戦布告されちゃったじゃないですかぁ」
「そうですよ、ダレストン先生!いやぁ、きっぱりと決闘を受けるなんて、格好いいでした!」
ちょっと、ホジャ先生。何だか言葉が乱れていないかしら。
呆れたように笑って、カリファーがわたしを見下ろす。
「心配しましたか?」
「それは、まぁ……」
「大丈夫ですよ。あの生徒が勝ち上がるなら、きちんとわからせますから」
「わからせる……」
怖いような、安心なような……。
「しかし、イアン君には気の毒ですが!ダレストン先生に敵うはずはないと思いますがなぁ!」
「まぁ、貴族のお坊ちゃまの鼻を明かしてやるのは、面白いかもしれませんね」
それではまた、と二人は並んで歩いて行った。午後の準備に向かったのだろう。
何とか食事を終えて、一度教員室に戻った。
試合結果を見ていると、槍術と弓術は順当に、家で鍛錬を積んできた貴族の子息が勝ち上がったようだ。
剣術は、平民の子も健闘したようで、準決勝に一人だけ平民出身の生徒が食い込んでいた。
怪我人は、例年よりも少なかったようで、アスナ先生と胸を撫で下ろした。
午後の決勝戦が終われば、表彰式が行われる。
優勝、準優勝の生徒には金の杯と賞状が贈られる。
王城の騎士や貴族の護衛などを目指す生徒たちには、学院長の署名が入ったその賞状は進路に役立てることができる栄誉あるものだ。
結果が決まれば、その生徒の名前を入れるだけになっている。
「随分、派手に目立っていたわねぇ」
フェンヤ先生の言葉に顔を上げる。
「えっ?」
「剣術の試合の方で、何かあったんですってね?」
「あ……お耳に入りました?」
武術大会の間、フェンヤ先生は学院内の見回りを担当されていた。午前の騒ぎを、直接見られてはいないはずなんだけど。
「それは、もう。きゃあきゃあ騒ぐ女子たちが、姦しかったですわよ」
真っ赤になって俯いた。
これは、学院中に知られてしまったのではないかしら。
「そっ、そう言えば。フェンヤ先生も、その、ご存知だったんですね?」
「何を?」
「あの、三年生の子爵令息のことですわ」
わたしは面識はなかった。けれど、教師や講師というものは、生徒たちから一方的に知られているものだ。
「そうねぇ。前にアスナ先生が話していたわねぇ」
「……アスナ先生ぇ」
恨めしげな声になったわたしに、フェンヤ先生がにっこりと微笑んだ。
「たとえどんな想いを寄せられようと。貴方の気持ちが揺らぐことはないでしょう?」
信頼の滲んだ声に顔を上げた。
「だからね。アスナ先生は黙っていたんだと思いますわよ。あの子の気持ちを知っても知らなくても、貴方が受け入れることはないでしょうから」
「それ、はそうですけど」
ふふっと笑って、フェンヤ先生が頷いた。
「すべての相手の気持ちを受け止めることなんて、できないのよ。だから、貴方は貴方を大切に思って、貴方が大切にしたい相手を、しっかり見てあげればいいのよ」
「フェンヤ先生……」
「教師だって、人間ですもの。生徒が未来へ駆けていくお手伝いはできても、気持ちのすべてに応えてあげることはできないわ。それができると思う方が、傲慢ですよ」
フェンヤ先生の言う通りだと思った。
わたしは、まだまだ未熟だと思い知らされる。




