6.穏やかな夜
新鮮な魚介類を使った料理が運ばれてきた。
生の野菜と赤身魚を使った前菜。
塩だけで焼いた白身魚。
リュグラン名産の木の実で味を仕上げた揚げ魚。
目に鮮やかな料理が、所狭しと並べられていく。
白酒の注がれた杯を手にしたお二人に、果実水の杯を合わせた。
「二人の着任に、乾杯」
フェンヤ先生が、穏やかに微笑む。
「「ありがとうございます」」
ダレストン先生と声が重なってしまった。
目が合って、恥ずかしくなって視線を逸らす。
フェンヤ先生が勧めてくれた果実水は、海沿いの街キンダージュの名産である柑橘を使ったものだった。
すっきりとして飲みやすい。
料理の味も邪魔していなくて、とても美味しかった。
チラリとダレストン先生に目を向けると、白酒の杯を水のように空けている。
合間に料理をどんどん口に運んでいる。
でも、とても綺麗な所作だった。
見ていて気持ちよくなるような食べっぷりに、またハスアンを思い出す。
貴族の令息として所作は完璧だったけど、意地汚く食べるのは見苦しいと少ししか食事をとらなかった。
作ってくれた人への感謝というものが、まるでなかったわね。だから、あんなにヒョロヒョロなのよ。
焼き魚を口に運びながら、二人に気づかれないように首を振る。
いけない。せっかく楽しい時間なんだから。
それに、わたしがハスアンを心のなかで貶めるなんてよくないわ。
フェンヤ先生とダレストン先生の会話に、耳を傾けた。
「では、元は歴史学の専門ではなかったと?」
「そうですの。あたくしは、若い頃に各地を旅して回っておりましたから。地理学を教えたかったんですのよ」
「何故歴史学の教師に?」
「学院長に泣きつかれたからですわね」
肩を竦めるフェンヤ先生の言葉に、ダレストン先生が目を丸くしている。
「歴史を学ぶのを厭う生徒は多い。だから、あたくしの経験を活かして教育してやってほしいと」
「成程。地理学と歴史学は、密接に関わる部分も多いですからね」
「ええ」
いつの間にか、白酒を瓶で頼んでいた二人は、次々にお代わりを注ぎ合っている。
あんなに飲んで、明日の朝は大丈夫なのかしら。
「では、リリンカ先生は?」
「えっ?」
「何故、歴史学の講師に?」
ダレストン先生の黄金色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめた。
「あ、えっと……。わたしは、学ぶことが好きなのです。どの科目もそれぞれ魅力がありますけど。在学中にフェンヤ先生の授業を受けて、とても感動してしまって」
そう。嫌厭されがちな歴史学の授業を、とてもわかりやすく、とても面白く軽快な語り口で行っていた。
歴史上の偉人が、まるで目の前にいるかのような口調だった。
「物語を聞いているようで。でも、合間にきちんと年代や事変のお話も挟まれていて。とても楽しい授業でしたわ」
「まあ、嬉しいこと。ダレストン先生は、何故生殖学を担当されていますの?」
にこにこと笑みを深くしたフェンヤ先生が、頬を赤らめてダレストン先生に尋ねた。
酔いが回ってきているのじゃないかしら。
コホン、と軽く咳払いして、ダレストン先生がわたしとフェンヤ先生を交互に見た。
「生殖学とは、生命そのものですから」
「「生命そのもの?」」
フェンヤ先生と揃って、首を傾げた。
「眩く輝く、生命のきらめき。そう、私にはとても、眩しい」
囁くような声だった。
なのに、力強く胸の内側に入り込んでくる。
フェンヤ先生が身動ぎしたのが、視界の端に映った。
「な、何だか、あたくし酔ったのかしら。ちょっと、お花摘みに行ってきますわね」
赤い顔でふらふらと立ち上がり、フェンヤ先生が歩き出す。
「だ、大丈夫ですか。ご一緒に……」
「平気よ。二人でお話ししてらして」
空の上でも歩いているような感じで、フェンヤ先生が店員に声を掛けて姿を消した。
立ち上がりかけていたわたしは、息を一つ吐いて座り直した。
「フェンヤ先生、酔われたのかしら」
「まあ、これだけ飲めばね。だが、お強いようだ」
ダレストン先生が指した白酒の瓶は、すでに空になりそうだった。
「ダレストン先生は、平気ですか?」
「そう、だな。私は、酒では酔わないから」
「えっ?」
白酒の瓶からダレストン先生に目を移すと、彼はじっとわたしを見つめていた。
「ダ、ダレストン先生……?」
「俺を酔わせるのは、いつだって、お前だけだ」
「え……?」
何を、言われたの?
先ほどまでの穏やかな口調とは違う声音に、頭がぼんやりする。今すぐ、彼の手を取らなければいけないような、不思議な気持ち。
呼吸すらすべて、飲み込まれてしまいそうな――。
震え始めた手を、彼に伸ばそうとした瞬間。
「ナスティディア!!」
穏やかな空気を引き裂くような、怒号が響いた。




