5.三人で
リュグズール王立高等学院が建っているのは、王都リュグランの街外れだ。
教員室に残っていたフェンヤ先生を夕食に誘ってみると、二つ返事で頷いてくれた。
ダレストン先生と二人きりになるのは、これで防げた。
利用してしまったみたいで、フェンヤ先生には悪いことをしたかしら。
正門を抜けて、帰宅を急ぐ人々の隙間を縫うように、三人で歩く。
「では、フェンヤ先生は王城からの誘いを蹴ったのですか?」
「そうですの。あたくしって、根っから教育や研究が好きなのですわ。現場主義と言いますか」
「そのお話、わたしも初めて聞きました」
フェンヤ先生お勧めの海鮮料理店に向かいながら、会話が弾む。
白酒も美味しいらしいけど、わたしはまだお酒を飲んだことがなかった。
初めてのお酒で、もし酔っ払って醜態を晒したら――。
着任早々、二日酔いだなんて恥ずかしい。
「あたくしは、早くに家を出ておりましたから。自立したい気持ちが強かったのですわねぇ」
「ご立派なことです。私など、いまだに一人でふらふらとしておりますから」
「あら。ダレストン先生は学院長のご推薦でしょう?誰にでもできることではありませんわ」
フェンヤ先生の言葉に、わたしも大きく頷いた。
エレス=マドゥー学院長は、長く王城に仕え、後進の育成の為にと私財を擲って高等学院を興した人だ。
王族の方々も、頭が上がらないと聞いたことがある。学院を王立にするのは、最後まで渋って学院長を説得されたらしいけど。
そんな学院長の推薦で、この街にやって来たダレストン先生も、きっと優秀な方なのだろう。
「フェンヤ先生にそう言われると、面映ゆいですね」
少し頬が赤く見えるのは、夕日に照らされているせいかしら。
それとも、褒められて照れたの?
ダレストン先生のような大人の男の人が、照れるだなんて可愛らしいところもおありなのね。
そこで、わたしは気になっていたことを思い出した。
「そういえば、ダレストン先生はおいくつなのですか?」
目的地である海鮮料理店の扉が見えてきた。
若い頃に旅をしたというフェンヤ先生は、海沿いの地域の文化にも詳しい。
扉を開けてわたしたちを店内に通してくれながら、ダレストン先生がわたしの耳元でそっと囁いた。
「貴方より年上、とだけ言っておきましょう」
ぞくぞくとした感覚が、背中を駆け巡った。
何、今の感触――。
脳の奥まで痺れるような、花のような甘い香りが鼻腔を擽った。
ダレストン先生の香水?
慌てて見上げると、扉を閉めたダレストン先生が店内に目をやった。
「あぁ、ほら。フェンヤ先生に置いて行かれてしまいますよ」
案内の為に近づいてきた店員に上着を預けながら、ダレストン先生が片目を瞑ってみせた。
「誤魔化されました?」
「そんなつもりはありませんよ。貴方が知りたいと望むなら、私は何でも答えます」
子ども扱いをされたような気がして、無性に腹が立った。
いえ、おかしいわ。ムキになるようなことでもないのに。
案内されたのは窓側の席だった。
フェンヤ先生、ダレストン先生、わたしの順に座る。
店内は落ち着いた照明で照らされていて、騒がしくもなく静かすぎることもない。
居心地のいい雰囲気だった。
「何を飲みましょうか」
飲み物の種類が書かれた冊子をフェンヤ先生が広げてくれた。
ダレストン先生と一緒に、覗き込む。
「お勧めは、白酒ですか?」
「えぇ。海鮮には、やはり赤酒より白酒が合いますわよ」
「では、私は白酒をいただきましょう。リリンカ先生はどうします?」
「あの、わたしはお酒を飲んだことがないので。酒精の入っていないものをお願いしますわ」
自分の幼さが、急に恥ずかしくなってきた。
でも、無理して飲んで、お二人に迷惑をかけることの方が恥ずかしい。
「なら、柑橘を使ったすっきりした果実水を頼みましょうか。ここの料理と相性がいいはずよ」
フェンヤ先生がてきぱきと料理と飲み物を決め、注文まで済ませてくれた。
その間、ダレストン先生の視線を感じて窓の外に目を向ける。
どうしよう。子どもっぽいと思われたのかしら。
でも、以前にハスアンに言われたことがある。
自分のいないところで、酒など飲まないようにと。どうしても飲みたいのなら、自分が付き合ってやるからと。
あの時は、心配してくれているのが嬉しかったけど。あれは、本当にわたしを心配してくれていたのかしら。
外に黒い人影が見えた気がして、ハッと息を呑んだ。
見間違い?背格好は、よく知っている人のような気がしたけど。
「リリンカ先生?」
声を掛けられてハッとした。
いけない。ぼんやりしていては失礼だわ。
「あ、はい。何でしょうか」
慌てて顔を上げると、心配そうな表情が二つ並んでいた。
顔つきは全然似ていないのに、わたしを案じてくれているその表情がそっくりだった。
「ふふふっ」
堪えきれない笑い声が漏れた。
こちらを見つめる黄金色が、柔らかく細められた気がした――。




