64.難問
胸が痛いくらいの沈黙が談話室に落ちた。
ドキドキと、心臓がうるさく鳴り響いている。
舌がもつれて、上手く言葉が出てこない。
わたしを膝の上に乗せたカリファーが、小さく息を漏らした。思わず、ビクリと肩が跳ねる。
宥めるように背を撫でられ、ようやく呼吸ができた。
「怖がらせて悪かった。今の話は、忘れてくれていい」
「カリファー?」
「お前が望むなら、忘れされてやってもいい」
カリファーの能力で、今の話を記憶から消すということかしら。
彼の首にぎゅっと腕を回した。
「ディア?」
「話してくれてありがとう。忘れさせないで、お願い」
貴方のことを、ほんの少しでも忘れるなんて、できないわ。
「ディア……」
「正直に言うとね。まだ、混乱しているの」
腕の中で、カリファーが小さく震えた。
「だって、そうでしょう?貴方のような存在に、わたしは生まれて初めて出会ったのよ。それだけでも理解が追いつかないことなのに、さらに人間にする方法だとか、そんなこと言われても」
ふう、と息を吐く。
カリファーの黄金色を見下ろした。
「どうしていいのか、さっぱりわからないわ」
肩を竦めてみせると、目を見開いた後でカリファーが声を上げて笑った。
「クックッ……確かにな。愛を確かめ合ったばかりで、次は心臓を突き刺せなどと、酷なことを言ったな」
「そうよ。わたしは、普通に生きてきたただの臨時講師なのよ。これまで生きてきた世界を足元から崩すようなお話で、混乱するに決まっているじゃない」
ようやく笑顔を見せてくれたカリファーに安心して、ゆっくり膝の上から降りる。
「だから、一緒に考えて」
「一緒に?」
元通り隣に座り直し、彼の手をそっと握った。
「わたしは、貴方を愛しているわ。ずっと一緒にいたいと思ってる。その為に、どうすればいいのか一緒に考えてほしい」
「一緒に、か」
「……ダメ?」
アスナ先生に教えてもらった、上目遣いというものを試してみた。「おねだりに効果的ですぅ」とか言ってたけど、どうなのかしら。
カリファーが、額を押さえて下を向いた。失敗したかしら。
「……ディア。あまり誘うな」
「さそ……っ」
「どうせ、アスナ先生あたりだろう。まったく……」
どうしてわかったのかしら。何だか悔しい。
「降参だ。お前がどうしたいか決めるまで、隣でともに考える」
「一つだけ、教えて。その純銀の杭というのは、どこかに存在しているの?」
わたしが尋ねると、扉の方で息を呑む音がした。
視線を向けようとすると、顎を掴まれてカリファーに目を戻された。
「カリファー?」
「ある場所に、秘匿されている」
「秘匿……」
「それは、俺とお前の覚悟が決まった時に教えよう」
カリファーの言葉に頷く。今すぐ必要なものではないし、教えられたら見てしまいたくなる。
「そのまま、隠していて」
「ああ」
さて、とカリファーが立ち上がった。
「すっかり遅くなってしまったな。悪かった。寮まで送って行こう」
差し出された手に手を重ねて立ち上がる。
「首は痛むか?」
問われ、牙を立てられたところに手を当ててみる。もう、血も止まっている。
「平気よ。少しふらふらする程度」
「吸い過ぎたな。すまん、我を忘れた」
彼の腕に手を添えて、ゆっくりと歩き始めた。
カリファーにはああ言ったけど、頭の中の混乱はなかなか静まってくれなかった。
教員寮までの道を、静寂とともに歩く。
繋いだ手から伝わるカリファーの体温が、低くて心が落ち着く。
今夜聞かされた話を、わたしが理解できる日は来るのだろうか。
夜に生きる彼ら。
長い時を生きる、不思議な力を持つカリファーたち。
これまでその存在すら想像したことのない、妖しい魅力に溢れた彼ら。
考えなくてはいけない時が、来たのかしら。
ただ、恋しい、愛しているという気持ちだけでは、この先一緒に歩んでいけないのなら。
わたしは、選ばなくてはならない。
カリファーはいつも、わたしが選ぶのを待っていてくれる。
たとえ思い出せなくても、わたしは何度も生まれ変わってカリファーを選んできた。
そして今のわたしはもう、彼を選んでしまっている。
あとは、この先どうするかを決めなくては。
彼と同じ存在になるか。
彼をわたしと同じ存在にするか。
永遠に夜を生きるのか、限りある生を陽光の下で生きるのか。
これまでの、どんな試験よりも難しいと感じるわ――。




