63.純銀の杭
カリファーが震えている。
いつだって強く優しくわたしを包む彼の腕が、何に怯えているのかとても強張っていた。
吹き飛ばされたセレーヌも気になる。あぁ、レストが介抱しているのが見えるわ。
腕の中で身動ぎすると、ますます強く抱き込まれた。
「カリファー?」
「……」
どうしたのかしら。セレーヌの言葉の意味がわからないけれど、カリファーが動揺しているのはそのせいよね?
「カリファー、少し力を弱めて」
ハッとしたように緩んだ拘束の中から、じっと黄金色を見上げる。
逃げ出したりしないと伝わるように、視線を逸らさない。
「ディア……すまん。怖がらせた」
「セレーヌの言った意味を、教えて」
「……っ」
揺れる黄金色が逃げようとする。
何とか手を伸ばして、カリファーの頬を両手で挟んだ。
「わたしを見て。逸らさないで」
「ディア……」
「何に怯えているの?」
彼は、隠し事はするけれど嘘は吐かない。
「貴方の長い旅って、どういうこと?終わらせるって、どういう意味なの?」
切なげなカリファーの顔が近づいてくる。
そっと唇を重ねられた。
「……っ」
長い口づけに息ができなくなる。彼の胸を叩く手に、力が入らない。しかも手首をやんわりと掴まれてしまった。
ようやく唇が離れた時、意識を失ってしまうのではないかというほど朦朧としてしまったわ。
でも、誤魔化されてなんてあげない。
離れていこうとするカリファーの胸元を、必死に掴む。
「……ディア」
「逃げ、ないで。わたしに、何ができるの……?」
お願い、隠さないで。
「わたしには、言えない?」
あぁ、わたしはズルいわ。我慢しようと思うのに、どうしても涙が溢れてしまう。
カリファーを困らせているのはわかっているけど、止まらない。
長い指がわたしの頬を撫でた。そっと零れた涙を拭われる。
「カリファー……」
「セレーヌの言ったことなど、気にすることはな……」
「気にするわ」
彼の言葉を遮って、扉の側に座り込むセレーヌに視線を向けた。
大きな怪我をしたようには見えない。レストに手渡された水をゆっくり飲んでいるところだった。
カリファーに目を戻す。
「どうして、教えてくれないの?」
「お前に……負担をかけるのは……」
「負担?」
ぐいっと体を引き上げられて、カリファーの膝の上に座らされた。
「カリファー!?」
服を肩まで下げられて、首筋に白い牙が立てられる。
「っ!」
ツプリ、と皮膚が切れる音が耳に響いた。そして、伝っていく生温かい感触。
「カ、カリファー……」
どうして今、血を飲むの?
首筋に埋められたカリファーの口元から、優しく啜る音が聞こえる。じんわりとした熱と甘い香りで、どこまでも酔ってしまいそうだった。
「……こうして」
「えっ?」
わたしの首から顔を離したカリファーが、下から見上げている。
「お前の何もかもを貪って……無様で見苦しい」
「何を、言っているの?」
「それでも、一度触れたなら止められん。だから……」
カリファーの指が、わたしの耳に触れる。いえ、月光の涙の耳飾りに触れた。
「守る為に、これを作らせたのに」
シャラン、と耳飾りが揺れた。
「お前は、俺を……人間にしたいか?」
「!?」
「それとも、このまま。夜を生きる、血を糧とする者でいてほしいか?」
何を聞かれているのかわからなかった。
カリファーが、人間に――?
そんなこと、できるの?どうやって。
「俺たちのような存在は、本来陽光に弱い。まだ脆弱だった頃には、同胞が幾人も、陽光の下で滅えていった」
遠くを見るような瞳で、カリファーがぽつぽつと話す。
「そして同じくらい、いやそれ以上に致命的に弱い物がある」
「弱い、物?」
「純銀の杭だ」
意味がわからなかった。そんなもの、一体どこにあるというの?
「永遠のような時を生きられる俺たちでも、その杭で心臓を一突きされたら、瞬く間に灰となるだろう」
「そ……っ、そんな重大なこと、どうして話すのっ」
「聞きたがったのはお前だろう」
そうじゃないと首を振りたいのに、しっかりと抱え込まれて身動きできない。
「わっ、わたしが聞きたかったのはっ。さっきのセレーヌの言葉の意味でっ」
「だから、教えている。
真に愛する者と交わる時に、愛する者の血を飲みながら純銀の杭で心臓を突かれれば、俺たちは……俺は、陽光の下で生きる者へと変容する」
「っ!!」
衝撃的な言葉に、眩暈がしそうだった。




