61.婚約の証
夕闇の街は、月明かりと街灯で煌めいていた。
カリファーに手を繋がれ、雑踏の中をゆっくりと歩く。
もう何度も手に触れているのに、こうして歩くと胸がドキドキするわ。
「どこへ行くの?」
学院から出て、教員寮ともカリファーのお屋敷とも違う方向へ進んでいた。
王都には三年以上住んでいるけど、まだ知らない場所も結構ある。
「この街には、昔馴染みの職人がいるんだ」
「昔馴染み?」
「繊細な宝飾品を作らせたら、他の誰も及ばない腕のいい職人だ」
どういう知り合いなのかしら。
首を傾げながら、カリファーに手を引かれたまま歩いた。
大通りを抜け、わたしには見分けのつかない裏路地へ入る角を曲がると、景色が一変した。
街の喧騒などどこにもなかった。人の気配すら、まったく感じない暗がり。
急に不安になって、カリファーの手をぎゅっと握ってしまった。宥めるように、握り返される。
「俺がついている。怯えることはない」
真っ直ぐに歩くカリファーに大人しくついて行く。
いくつかの建物を通り過ぎ、小さな扉の前でカリファーが立ち止まった。
「ここだ」
一見すると、普通の民家のように見えた。看板も何も出ていない。窓もないように見える。
「ここ?」
不思議に思っているわたしの隣で、カリファーが少し乱暴に扉を叩いた。
静かな路地に、木戸が軋む音が鳴り響いた。
「……どちら様?」
「久しぶりだ、マドゥーの弟」
カリファーの言葉に息を呑んだ。マドゥー……学院長!?
「これはこれは、夜の王。随分と久々の訪いで」
大きく木戸を開いて、薄暗い屋内からのっそりと男の人が出てきた。
とても、大きな人だった。身長は、カリファーと同じくらいかしら。でも、とても細い。木の棒が立っているのかと思ったわ。
「ダレストンの屋敷から、依頼した品があったろう?」
「はい、腕によりをかけてお作りしてありますよ。今宵は、そのお受け取りで?」
「そうだ。都合がついたから、連れて来た」
肩に手を置かれて、カリファーの方へ引き寄せられた。
「カリファー?」
見上げた彼は、じっとわたしを見つめていた。瞳に熱が込もっているようで、視線をうろうろさせてしまう。
「そちらが?」
「我が伴侶だ」
「それはそれは……。おめでとう存じます。さあ、中へどうぞ」
開け放たれた木戸を、カリファーに肩を抱かれたままでくぐった。
蝋燭が一つ灯されただけの屋内は、とても薄暗かった。カリファーに支えられていなければ、見えなくてとても歩けない。
案内されて、質素な椅子に座らされた。カリファーたちを立たせたままだと、何だか落ち着かないわ。
そんなことを気にした様子もなく、家の主だという男の人が一度奥へと入っていった。
知らず緊張していたわたしは、ほっと息を吐く。
「どうした?」
「あの人、マドゥー、って……」
「あぁ。エレス=マドゥーの弟だ」
学院長を呼び捨て……。
ただの学院への推薦者というだけではないの?
疑問が顔に出ていたのか、カリファーが困ったように笑った。
「後で、きちんと説明する。だから、今は……」
「お待たせ致しました」
カリファーの言葉を遮るように、奥から家主が戻ってきた。
「こちらでございます」
小さな木の机の上に、しっとりと艶めく素材の小箱が置かれた。
カリファーを見上げると、小さく頷いてくれる。
「ディア、開けてみてくれ」
「はい」
そっと、小箱を手に取る。それほど重さはない。
ゆっくりと、蓋を開けた。
「っ!!」
部屋中を照らすような輝きに、思わず目を閉じた。
「いい出来だ」
満足げな声に目を開ける。
手の平に乗せた小箱の中で、宝飾品が輝きを放っていた。
「これ、は……?」
「月光の涙」
「えっ?」
カリファーの言葉の意味がわからず首を傾げていると、わたしの側に彼が膝をついた。
「俺の血を垂らした石を、宝飾品に加工させた。これを、婚約の証に身に着けてほしい」
「カリファーの、血!?」
慌てて、手の上を凝視した。
どちらかと言えば、血の赤というよりは透き通る月光のような白い石だった。
「人の手の入らない海の底で、月光だけを受けて育った石だ。そのまま、月光石と呼ばれている。俺の血を垂らしたことにより、俺の力の片鱗を宿し、お前の守りとなる」
「そんな……高価なのではないの?」
声が震えた。
「月光石の中でも希少な、純粋な雫型に育った石だけを、月光の涙と呼ぶ。これは、その石を耳飾りに嵌め込んだものだ」
「それを、わたしに……?」
「俺からの、愛の証だ」
堪えきれない涙が、頬を伝う。
いつも、いつでも、わたしの欲しい言葉をくれる。
わたしが欲しい気持ちを返してくれる。
わたしは、貴方にちゃんと、想いを返せているかしら――。




