59.除籍
たくさん泣いて、たくさん話して、そうして寝台の上で抱きしめあって眠ってしまった。
わたしを優しく抱き込むカリファーの腕に、その心地よさに安心する。
そして、差し込む朝日にハッと目を覚ました。
いけない、起きて学院に行かなくちゃ。
眠るカリファーを眺める。いえ、見惚れている場合ではないわ。
そっと、肩に触れてゆすってみる。
カリファーは朝に弱い。いつもどうやって起きて学院に通っているのかしら。
「カリファー、起きて」
「……ん」
わたしを抱きとめる腕から逃れようと、少し身動ぐとますます抱き込まれた。
「カリファー、遅刻してしまうわ」
「……ディア……愛している」
寝ぼけているのかしら。
そんなカリファーも可愛いけれど、今はダメよ。
「カリファー、置いて行くわよ」
「……っ、ダメだ」
パチッと目を開けたカリファーが、一瞬ぽかんとした。
新鮮な表情に吹き出す。
「おはよう」
「……ディア?」
「寝ぼけているの?
カリファー、誰にも知られずにここから出て行ける?」
男女で棟が分かれている教員寮は、基本的に異性が立ち入ることは禁止されているのよ。
彼は影を渡って来られるから、隠れて会うことができているけど、本当はいけないことなんだから。
「……難しいかもしれん」
「え……?」
「すでに朝日が昇った。陽光の影には、俺は潜れん」
どうすればいいかしら。
「ここは、三階だったな」
「え?ええ」
「なら、窓から飛び降りる」
「ええっ?」
ようやく腕を離してくれたカリファーが、小さく体を伸ばして起き上がった。
「お前の評判を下げるような真似はしない」
するりと頬を撫でて、カリファーが立ち上がる。
「窓から飛び降りて、一度屋敷に戻ってからまた来る」
「大丈夫なの?」
「問題ない。俺の姿が他者には見られないように、認識をずらすからな」
片目を瞑ってみせて、カリファーは窓を開けてひらりと飛び降りていった。
慌てて駆け寄ると、ふわりと地面に着地したところだった。心臓に悪いわ。
こちらを見上げて片手を振った後、カリファーは悠々と歩いていった。
教員室で、授業の為の準備をする。
夢を見てどれほど泣いても、日常からは逃げられない。逃げるつもりもなかった。
保健室に向かうはずのアスナ先生が、声を潜めて話しかけてきた。
「リリンカ先生ぇ、昨夜何かあったんですかぁ?」
「えっ?」
前にも聞かれたような気がするわね。
「ここぉ、どうしたんですぅ?」
アスナ先生が自分の首を指すのを見て、ハッとして手で押さえる。
「むっ、虫刺されかしらっ?」
「……ふぅん?」
じっとりとした目を向けられて、顔が熱くなった。
昨夜も、わけがわからない内に彼に牙を立てられたのだったわ。
いつもは首元まできっちり閉める服を着ていたのに。
「まぁ、いいですけどぉ。それよりぃ、聞きましたぁ?」
「えっ?」
「幾何学のサラジ先生がぁ、学院から除籍されたそうですよぉ」
「っ!」
驚いてアスナ先生を見上げる。
「まぁ、あたしたちにはぁ、あまり関わりのない先生でしたけどぉ。それとぉ、三年生のぉ、何て言ったかしらぁ」
顎に指を当てて考え込むアスナ先生に、何も答えられない。
胸がドクドクとうるさく鳴っている。
「あぁ、デュロー伯爵令嬢ぉ!」
「!!」
「彼女とぉ、取り巻きらしきご令嬢たちもぉ、謹慎になったみたいですぅ」
わたしの手を踏みつけたメルリー=デュロー伯爵令嬢。取り巻きと一緒に謹慎?
「次に問題を起こしたらぁ、退学って通達されたんですってぇ」
「問題?」
声が震えないように必死だった。脳裏に、カリファーに縋りつこうとしていた伯爵令嬢の顔が浮かぶ。
「これまでにもぉ、平民の生徒に嫌がらせしたりぃ。恋人や婚約者がいる相手に言い寄ったりぃ、してたみたいですぅ。実家の権力を使ってぇ、言うこと聞かせようとしたりぃ?」
そこまで酷いことをしていたなんて。
わたしでは、更生させることは無理だったのかしら。
「それがぁ、学院長先生の耳に入ってぇ、厳重注意しても改善されないからぁ、謹慎ですってぇ」
「そう、ですか」
「リリンカ先生ぇ?大丈夫ですかぁ?」
心配そうな顔になったアスナ先生に何とか笑顔を作って、わたしは教員室を見回した。
カリファーの姿は見えない。学院長のところかしら。
「アスナ先生、教えてくださってありがとうございました」
「いいえぇ。それじゃぁ、あたしはそろそろ保健室に行きますねぇ」
ひらひらと手を振りながら出ていくアスナ先生を見送って、落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
何が起きているのかわからない。けれど、カリファーが無関係だとは思えなかった。
一つ解決したと思ったら、また一つ尋ねたいことができるなんて、どうしてなのかしら。




