57.夢に追われる
教員寮の寝台で、一人で眠る。
夜にまた、と言ったカリファーは、学院長から食事に誘われてしまって会えなかった。
寂しいけれど、大事なお付き合いに口を挟みたくなくて我慢した。
軽くお湯を浴びて、食事も取らずに寝台に入り込んだ。
鬱蒼と繁った森を空から見下ろす。
月が明るく輝いている。
森から、長身の男が歩いてきた。
あぁ、カリファーだわ。
ふわふわと浮かんでいるような感覚で、彼の後ろをついて行く。
見覚えのない、でも何か懐かしい風景。どこへ行くのかしら。
小さな丘が見えてきた。頂上に、東屋らしきものが建っている。
真っ直ぐに向かうカリファーの肩越しに、椅子に座る人影が見えてきた。
こちらを見て微笑むその顔は、わたしの顔だった。
ぐん、と引っ張られるような感覚に眩暈がした。
次の瞬間、椅子に座ってカリファーを見上げていた。
『ディア、待たせたか?』
優しい黄金色。でも、わたしを見ていない――?
『いいえ。わたしも今来たばかりよ』
わたしの意思に反して、口が勝手に言葉を紡ぐ。
そっと髪を撫でられ、カリファーの唇が「わたし」の唇に重ねられた。
その瞬間、世界にわたしが馴染んだのを感じた。
「今宵、お前を我が国の王妃として迎える」
「嬉しいわ。ありがとう、あなた」
さっきまで脳内に響いていた声が、急にはっきりと耳で聞こえる。
「お前の生家はすでに没落させた。何も憂えることはない」
その言葉にくすくすと笑うわたしは――いいえ、これはわたしではない。
「過激なあなたも、大好きよ」
「リーディア、からかうな」
……リーディア?
わたしは、ナスティディアよ!
反論したいのに、体も唇も自分の意思で動かせない。怖い。
「あなたの眷属になることを断ったわたしを、怒っていたのではないの?」
差し出された手に手を重ねながら、「わたし」が立ち上がる。
「お前が死ぬのを見送るなど、ごめんだ。だが、側から離れることも許さん」
「我儘ね」
「俺は王になったからな。我儘くらい構わんだろう」
彼の腕に手を添えて、「わたし」は歩きだした。
やめて。待って。わたしじゃないわ。
頭の中が混乱しているのに、カリファーとともに「わたし」の歩みは止まらない。
胸が激しく鳴る。
「静寂の森。入るのは初めてね」
「怖いか?」
「いいえ。わたしはあなたを選んだ。これからは、死が二人を分かつまでともにいるのよ」
「わたし」の答えにカリファーが微笑む。
その優しい瞳は、わたしに向けてくれるものではないの。
「我が永遠の伴侶よ。何度でも、お前を愛そう」
「わたしもよ、夜の王」
見つめ合って、唇が触れ合う。やめて。彼に触れないで――!
自分の叫び声で目を覚ました。
背中にびっしょりと汗をかいている。
「……っ、はあっ、はあっ……」
見慣れた天井。見慣れた部屋の中。
汗と涙で、顔がぐしゃぐしゃだった。
「……ゆめ……」
嫌な気持ちで身を起こした。頭が痛い。
「水、を……」
立ち上がって机に近づこうとした瞬間、ふらついてよろめく。
寝台に片手をついて、支えきれずに床に崩れ落ちた。
「どうして……あれは、誰なの……カリファー」
何が悲しいのかわからないのに、涙が止まらなかった。
「何故、今、側にいないの……」
言っても仕方のないことを、それでも呟く。
深夜だけど、汗を流してくるべきかしら。けれど、立ち上がれそうになかった。
かと言って、もう一度眠ることは難しそうだ。
「会いたい……いえ、やっぱり会いたくないわ……カリファー」
「呼んだか?」
窓から受ける月光の影から、ゆっくりと黒い蝶が飛んできた。
少しずつ、人の形を取り始める。
緩慢に見上げれば、会いたくてたまらなかった彼の姿があった。
わたしを見下ろして、彼が眉間に皺を寄せる。
「何があった」
「……何でも、ないわ」
怖い夢を見ただなんて、子どもみたい。
わたしの側に膝をついて、そっと手を取られた。
「ディア、どうしたんだ」
酷い顔を見られたくなくて、カリファーから離れようと身動いだ。
けれど、彼が許してくれるはずはなかった。
ぐいっと引き寄せられて、腕の中に収まる。
「カリファー、汗をかいたから……離して」
「お前が、消えてしまいそうだ」
切なげに零されてわたしは目を閉じた。
このよくわからない心に支配されて、本当に消えてしまいそう。




