56.友人との時間
友人との楽しいひととき。
カリファーと過ごす時間とは違う、昼間の明るさを感じるわ。
「でもぉ、ダレストン先生はぁ、国外の貴族ってお話じゃなかったですぅ?」
食後のお茶を飲みながら、アスナ先生が首を傾げる。
「そうねぇ。はっきりと聞いたことはないけれど、あの所作は高位貴族の振る舞いよね」
フェンヤ先生も頷いている。
「彼の故国は、もうないそうなんです」
「えっ?」
「海を渡った先の大陸が出身らしいんですけど。故郷がないと言われてしまっては、それ以上深く聞くのも躊躇われて」
嘘ではなかった。けれど、真実でもない。
彼女たちに聞かせられる範囲で、わたしに話せることだけを口にする。
「そう……。時折見せるあの物悲しい表情は、故郷を思っていらしたのかしら」
さすが、フェンヤ先生はよく見ている。
「じゃあぁ、リリンカ先生と婚約することにぃ、貴族の横槍みたいなものはぁ、ないってことですかぁ」
安心したようなアスナ先生の言葉に頷いた。
「彼がこの国の貴族のご令息だったら、わたしと婚約することなど難しかったと思いますわ」
わたしの言葉に、アスナ先生がうんうんと首を振っている。
「リリンカ先生もぉ、ダレストン先生もぉ、異性におモテになりますからぁ。祝福される婚約でぇ、よかったですぅ」
「もてる?」
「リリンカ先生は気づいていらっしゃらなかったわね。今朝の朝礼で、貴方の婚約を知らされて発狂しそうだった先生がたは、何人かいらっしゃったわよ」
「ええっ?」
ぽかんと口を開いてしまった。
「それは、フェンヤ先生の勘違いではなく?」
「貴方に想いを告げる機会を窺っていた方はいらっしゃったのよ。けど、相手がダレストン先生ではね」
「お気の毒様ぁ、と言うしかありませんねぇ」
首を傾げてしまったわたしの背後から、低く柔らかい声が掛かった。
「女性同士で楽しそうですね」
途端に、フェンヤ先生とアスナ先生が姿勢を正す。
振り返ると、カリファーが楽しそうな顔で学院長と立っていた。
「ダレストン先生は、学院長先生とお昼ですか?」
「先日の学術会議の資料を、一緒に纏めていたんですよ」
カリファーの隣に並ぶと、学院長がとても小さく見える。小柄な方ではないのに、身長差があるせいね。
エレス=マドゥー学院長。
六十歳を超えているというお話だけど、きちんと背筋を伸ばして立つ姿は、教育に真摯に向き合っている厳格者という印象を受ける。
立ち上がろうとしたわたしたちを手で制して、学院長が穏やかに微笑んだ。
「まだ、きちんと伝えていませんでしたな。リリンカ先生、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「我々は、もう少し仕事が残っておりますのでな。しばらく、ダレストン先生をお借りしますぞ」
「はい、お疲れ様でございます」
軽く頷いて、学院長が食堂を去って行った。
後ろをついて行くカリファーが、わたしの横を通り抜ける時、頭の奥に声が響いた。
『夜に、またな』
「っ!」
思わず耳を押さえたけれど、今のはわたしにしか聞こえなかったみたい。
そう言えば、以前にもこんなことがあったわ。
これも、彼の不思議な力なの?
「リリンカ先生ぇ?どうされましたぁ?」
「あ……いいえ。何でもありませんわ」
「そろそろ、休憩時間も終わりね。戻りましょうか」
「はぁい」
立ち上がって空になった食器を乗せた盆を手に持つ。
思ったよりゆっくりとしてしまったわ。急いで午後の準備をしないと。
「あたしはぁ、このまま保健室に戻りますぅ」
「はい。お付き合いいただいてありがとうございました」
「こちらこそぉ。今度はお休みの日にぃ、もっと詳しく聞かせてくださいねぇ」
カリファーとのことを何もかも話せば、きっと翌日には学院中に広まってしまうわ。
曖昧に頷いて、フェンヤ先生と教員室へと戻り始めた。
「色々と尋ねてしまってごめんなさいね」
歩きながら、フェンヤ先生に謝られた。
「貴方は、こういうことを話すのが、あまり得意ではないでしょう?」
その通りだった。学生時代もあまり親しい友人のいなかったわたしは、女性同士での恋愛話といったものに慣れていなかった。
「でも、フェンヤ先生やアスナ先生に聞いてもらうのは、楽しかったですわ」
「あたくしも、安心したわ」
「えっ?」
「在学中から見ていたけれど。貴方のそんなに幸せそうな顔を見られて、嬉しくてよ」
温かな言葉に涙が出そうだった。
カリファーとのことを、認めてくれる人がいる。
それは、とても幸せなことだった。




