55.恋愛話、再び
チラチラと見てくるアスナ先生の視線がうるさいわ。
いえ、珍しくフェンヤ先生も、何か言いたそうな視線を投げてきている。
教員室で自分の机に向かっているわたしは、小さく息を吐いて顔を上げた。
「お二人とも。言いたいことがあるならどうぞ」
「えっ、えっとぉ……」
「ア、アスナ先生が、見すぎだったのではなくてっ?」
フェンヤ先生の焦った声なんて、初めて聞いたわ。
「どうせもうすぐ昼休憩です。食堂にご一緒しますか?」
「でっ、でもぉ」
「ダレストン先生とご一緒するのではないの?」
そう、二人が挙動不審な理由はわかっている。朝礼で、学院長先生から通達があったからよね。
『本年度より着任されている臨時講師のダレストン先生と、リリンカ先生が婚約なさいました。結婚式などはまだ未定だそうですが、どうか皆さん祝福を』
一瞬静まり返った後で、教員室が大騒ぎになってしまった。
フェンヤ先生は銀縁眼鏡の奥で新緑の瞳をこれでもかと見開いていた。
アスナ先生は口元を両手で覆った後、わたしとカリファーを何度も交互に見ていた。
他の男性教師たちは、様々な反応を見せた。
カリファーに「おめでとう」と嬉しそうに声を掛ける人。
わたしに微笑んで祝福の言葉をくれる人。
そして、驚愕の表情を浮かべていた何人かの先生たち。あれは、どういう感情だったのかしら。
朝礼の様子を思い出して羞恥に顔が熱くなった時、昼休憩を告げる本鈴が鳴った。
コホンと咳払いする。
「さあ。食堂に行きましょう?」
生徒たちの成績を纏めた書類を引き出しにしまって、立ち上がった。
「本当にぃ、いいんですかぁ?」
「ダレストン先生とは、お約束していませんから」
「それは……でも、せっかく婚約されたのだから」
「お二人とも、楽しい時間を過ごしたいのです。いけませんでした?」
順番に二人に目を向けると、一瞬困ったような顔をした後で頷いてくれた。
「それなら、ご一緒しましょうか」
「フェンヤ先生が行かれるならぁ、あたしもご一緒しますぅ」
「よかった。混み合う前に行きましょう」
席を立った二人とともに、教員室を出る。
高等学院の食堂は、教職員も生徒たちも利用する。
その為、食堂と厨房だけの建物が敷地内に建てられていた。
広々とした食堂の受付で、三人分の注文を済ませて席につく。
料理ができあがったら、番号の書かれた引換券を持って取りに行くのだ。
それまで、水を飲みながら待つ。
「それじゃぁ、遠慮なく聞いちゃいますよぉ」
座るなり、アスナ先生が好奇心いっぱいの瞳をくるりと動かした。
何となく想像がついていた反応に苦笑しながら、わたしは頷いた。
「アスナ先生。はしたないわよ」
「だってぇ。フェンヤ先生だってぇ、気になってらっしゃるでしょおぉ?」
「それは、まあ……」
水で唇を湿らせたアスナ先生が、真っ直ぐに桃色の瞳を向けてきた。
「いつからぁ、お付き合いしてたんですかぁ?」
「正式に、という意味なら新学期に入ってからかしら」
「長期休暇の頃には、もう親しくなっていたのではなくて?」
母のお墓参りに一緒に行ったことを、フェンヤ先生も知っている。
「親しく……かは、わかりませんけど。今思えば、あの頃にはもう彼のことを意識していたのだと思います」
「ん〜、何かぁ、お固いですぅ」
「えっ?」
拗ねたようなアスナ先生の口調に首を傾げた。
「そんなぁ、教本みたいな言葉じゃなくぅ。リリンカ先生がダレストン先生をぉ、『好き!愛してる!』みたいなお話がぁ、聞きたいですぅ」
「そ……っ」
聞き耳を立てられているような食堂で、何を言い出すのよ。
「アスナ先生。そういうお話は、学院ではない場所で聞くものですよ」
もっともらしく言っているけど、フェンヤ先生も何を言っているの。
「でもぉ、ダレストン先生はぁ、最初っからリリンカ先生のこと気にかけてましたよねぇ」
「えっ」
「そうそう。着任祝いの食事に行ったのを覚えていて?あの夜にはもう、彼は貴方しか目に入らないという態度だったわね」
そうだったかしら。
フェンヤ先生お勧めの海鮮料理店。初めてカリファーの香りを感じたあの夜。
「あっ、そういうお話ぃ、もっと聞きたいですぅ」
アスナ先生が嬉しそうな声を上げた時、引換券の番号を呼ばれた。
「続きは、食べ終わってからにしませんか?」
そう言って、引換券を持って立ち上がった。
自分から誘ったけれど、これは随分、長く話を聞かれてしまう予感がするわ。




