表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の愛は闇夜とともに  作者: 紫月 京


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/81

53.遥かな王国


用意された朝食は、半分ほどしか食べられなかった。

下げられていく料理を見て、申し訳なさでいっぱいになる。

膝の上で握りしめた手に、カリファーがそっと大きな手を重ねてくれた。

「昨夜、体を開かれたばかりだ。食欲がそれほどなくても気にすることはない」

「……っ」

どうしてそんな、恥ずかしがらせるような言葉選びなのかしら。

「前にも言ったな?使用人に下げ渡されるから、料理は無駄にはならない」

「でも、使用人の皆さんも、本当なら食事の必要はないのでしょう?」

無理をさせるのではないかしら。

「嗜好品だ。人の食物を好む物好きもいる」

「物好き」

「談話室で、茶を淹れさせよう」

カリファーに手を取られ、立ち上がる。


談話室の長椅子に座って、一つ息を吐き出した。隣に座るカリファーの気配が心地よい。

「貴方は、お酒?」

杯に注がれる赤酒を見ながら尋ねる。

「そう、だな。欲しいわけではないが、喉を潤す程度の役には立つ」

「……血を、飲む?」

「っ!誘惑するな」

耳の先を赤くしたカリファーに目を丸くした。

「誘惑?」

「今日は、話をするんだろう?お前の血など飲んだら、酔ってそれどころではない」

それどころではないって。

「……寝台に、逆戻りだぞ?」

「っ!」

わたしが真っ赤になる番だった。

扉近くから、セレーヌの呆れたような視線が飛んでくる。

両手で顔を覆いたいのを堪えて、カリファーの瞳を見つめた。

「教えて、貴方のことを」

杯を置いたカリファーが、わたしに向き直る。

「遥かな王国は、昔俺が造った」

端的な言葉に息を呑んだ。

歴史の教本に出てくるような古代の国を、カリファーが興したというの?

「かつては、夜の森に棲んでいた」

「夜の森?」

「こことは違う大陸の端の、閉ざされた森だ。陽光を避け、人々から隠れて生きていた」

「……」

一口、カリファーがお酒を口に含んだ。

「俺がいつから存在しているのか、自分でもわからない」

「……前に、一万年と言っていたわ」

「そうだな。だが……お前は、自分が生まれた時のことを覚えているか?」

聞かれて納得した。赤子の頃の記憶なんて、ないわよね。

「気づけば、森の奥の屋敷に暮らしていた。その頃はまだ、世話をする者などいなかった」

セレーヌやレストのような、使用人はいなかったのね。

「一人で、暮らしていたの?」

「そうだ。だが、鼻の利く者というのはいてな。俺の香りを嗅ぎ分けられる奴らが、たまに迷い込んだ」

「貴方の、香り?」

また一口赤酒を飲んで、カリファーが頷く。

「前に聞かれたが。俺は香水などつけていない」

「え……?」

「お前が感じているのは、俺の、何と言うか……魂から滲んでいる香気だ」

以前から心地よく感じていたカリファーの甘い香り。

香水ではなかったのね。

「そうして吸い寄せられた奴らが、俺に血を捧げていた」

「っ!」

「俺にとっては、ただの食事だった。だが……」

一度言葉を切ったカリファーが、じっとわたしを見つめる。

「時折、ほんのり芳しい者が現れた。そういう者たちに、俺の血を分け与えた」

「貴方の、血を……」

「俺の血を体内に入れた者は、夜を生きる者へと変容した」

「っ!」

気づけば、カリファーの袖を掴んでいた。それが、貴方の世界で生きるということなの?

「そうやって少しずつ増えた同胞を民として、俺は興した国の王となった」

「遥かな王国の、王?」

声が震える。でも、少しも怖くなかった。

カリファーの過去を知れるのが、嬉しかった。

「昔の話だ。遥かな王国は、すでにこの世のどこにもない」

「どう、して……」

「必要なくなったから」

言葉の意味を掴みきれず、首を傾げた。

一つの王国を、不要になったからとそんなに簡単に、消し去れるものなの?

「……いなくなったからだ」

「えっ?」

「守る為に造った国だった」

守る?何を、誰を――?

「そして海を渡り、俺たちは今、この国にいる」

袖を掴むわたしの手を、カリファーが優しく包み込んだ。

「お前に出会い、この上ない幸福感に包まれている」

「カリファー」

そっと、指先に口づけられた。熱が集中する。

「お前と肌を合わせることなど、想像もしていなかった。それは、人としての営みだと思っていたからな」

じわじわと、顔が熱くなってきた。何だか、とても恥ずかしいことを言われたわ。

「人と交わり血の薄まった眷属の末裔たちが、今も配下として多少俺に仕えてはいるが……」

ボンヌ子爵令嬢のような存在のことかしら。

「それを冷めた目で見ていた。体を繋げるなど、低俗な行いだと嫌悪すらしていた」

「それは……」

「だが」

黄金色が、強くわたしを見つめた。

「お前に触れて、これほどの多幸感を経験するとは」

「あ、あの……」

「俺は、お前の血に酔い、肌に溺れた。もっと繋がっていたいと思った。だから」

言葉を切ったカリファーの視線に、熱が込もる。

「お前を俺の世界には、まだ入らせたくなくなった」

彼に触れたくてたまらなくなって、その大きな胸に飛び込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ