43.新しい季節
新学期が始まった。
領地から帰ってきた貴族の令息令嬢や、久しぶりの実家を楽しんだ平民の子たちが、嬉しそうに高等学院へ戻ってきた。
長期休暇の間、カリファーと過ごしたり、学院の図書室を利用したりした。
たまにアスナ先生と買い物にも行った。
休暇が明けてからは、カリファーとのことをからかわれることが増えた。恥ずかしがるわたしに、面白そうな視線を注いでいたわ。
それもこれも、学院が再開した日にカリファーがあんなこと言うからいけないのよ。
長期休暇を終えた三年生の伯爵令嬢が、放課後にカリファーを呼び出した。
年が明けて春になれば卒業し、幼い頃から決まっている婚約者と結婚することが決まっていた彼女。
自分の心に嘘をつけないと言って、中庭に呼び出したカリファーに抱きつきそうな勢いで想いを告げたのだ。
婚約を解消するから、自分と恋人になってほしい、と。
それに対するカリファーの答えが、驚くほど冷たかったことから、泣きわめいたその生徒によって学院中に広まってしまった。
『俺には愛する女がいる。お前のような小娘が、何故俺の隣に立てると思った?』
生殖学の授業の時は、穏やかで人当たりがよく、とても優しい人だと思っていたと。
木の陰で見守っていた数名の女子生徒たちが、何の感情も浮かんでいないカリファーの様子に慄いたのだとか。
それを聞きつけた噂好きの男子生徒が、よせばいいのにカリファーに突撃したそうだ。
愛する女とは誰なのか、と。
カリファー相手によくそんなことができると感心したわ。
底冷えするような瞳で睨みつけられて、泣きそうになりながら逃げ帰ったらしい。
そんな話をアスナ先生から聞かされて、顔から火が出そうだった。
桃色の瞳が、好奇心に輝いていた。
リリンカ先生のことでしょ、と言わんばかりの顔をしていたわね。
そんなアスナ先生の後ろから音もなく近づいたカリファーが、彼女にだけ聞こえるように囁いたのよ。
『俺のディアに、あまり低俗な話を聞かせないでいただきたい』
後日、あまりに色気ある声で腰が抜けるかと思ったと話していた。
その夜は、カリファーの言葉が頭の中でぐるぐる回っていて、なかなか眠れなかったわ。
俺のディア、だなんて……。
そんな騒がしい幕開けだったけど、無事に新学期は始まった。
まずは休み明けの学力試験が来週行われる。
長期休暇の間、しっかり前学期の復習をしていたか、今学期から始まる選択授業の予習をきちんとしているかを測るものだ。
フェンヤ先生を手伝いながら、歴史学の試験の準備をする。
資料室に籠りながら、試験に使う参考文献を机に広げていると、向かいでフェンヤ先生が笑う気配がした。
「……?フェンヤ先生、どうかされました?」
「いいえ。よい休暇を過ごしたみたいね」
「えっ」
試験問題を作るフェンヤ先生が、手を止めてこちらを見た。
「お母様のお墓参りに、ダレストン先生を連れて行ったんですって?」
「っ!」
どうして知っているのかしら。
「あ、あの……」
「ダレストン先生は、信頼すべき素晴らしい教師だと思いますよ。それに、大人で紳士だわ」
「それは、そうですけど」
「ごめんなさいね。私的なことに口出しするつもりはないのだけど。アスナ先生が楽しそうに噂を広げているみたいだから、少し心配になって」
頭を抱えそうになった。
「貴方の故郷にダレストン先生が同行したという話もね。アスナ先生が聞かせてくれたわ」
恥ずかしすぎて泣きそうだ。いいえ、毅然としていなくては。
フェンヤ先生にみっともないところは見せられない。
「アスナ先生には苦情を入れますわ」
「あら。ほどほどにしてあげなさいな。彼女は、嬉しいのよ」
「え……?」
フェンヤ先生からすれば、十八歳のわたしも二十七歳のアスナ先生も、似たような小娘なのだろう。
慈愛に満ちた表情で微笑んでいる。
「彼女はあんな感じだから。これまで学院に勤めたことのある若い女性とは、あまり合わなくてね」
「……」
「でも、リリンカ先生は彼女を理解して、友人として接しているでしょう?そんな貴方が、ダレストン先生と一緒に幸せそうにしているのが、嬉しいのよ」
高等学院には、若い女性教師はあまりいない。
就職しても、大体結婚や出産などで辞めてしまうから。
貴族も平民も、二十歳を少し超えるまでには結婚するのが、この国での主流だった。
わたしも、いつかあの人と結婚とか、するのかしら。
自分の想像に照れて、そわそわと身動ぎしてしまったわ。




