42.お墓参り
長かった一日が終わった。
今日はコルンの小父様から書類を受け取って、署名して役所に提出する。
そして母のお墓参りに行く日だった。
この家に泊まるのは最後になるから、今夜まで泊まっていくつもりだったけど。
カリファーと一緒に王都へ帰ることになった。
ゆっくりしてくればいいと言ってくれたけど、何だか彼から離れたくなかった。
朝日の差し込む居間で、セレーヌが近所の食料品店で買い込んできてくれた朝食を食べる。
「お魚料理が充実している町ですわね」
倒れたわたしを心配してカリファーを呼んでくれたセレーヌに、起きてからようやくお礼を言えたわ。
カリファーが話してくれたことを考えると、きっとセレーヌもわたしには想像もつかないような長い時を生きているのだと思う。
でも、聞かなかった。わたしの側で、献身的に仕えてくれる。
表情を変えない彼女に、わたしはもう信頼を持ってしまっていた。
「海沿いの町だもの。でも、貴方たちには食べられる物があまりないかしら」
向かいに座って白酒を呷るカリファーに目を向けた。
「いや。そもそも食事の必要はないからな。お前に合わせて、食べていただけだ」
「そうなの?」
「嗜好品のようなものだ」
その割に、よく食べていたような気もするけれど。
セレーヌが、食後のお茶を淹れてくれた。彼女が持参していた茶葉は、カリファーのお屋敷で出してもらったものと同じ香りがした。
「美味しい。ありがとう、セレーヌ」
「これが仕事でございますので。お嬢様が主とお出掛けの間に、使った物を片づけておきます」
小さな台所で、お湯を沸かしたりしてくれたものね。
「家を手放す手続きをして、母のお墓参りに行って。その後は、貴方と帰るわ」
「いいのか?」
「ふふっ。貴方と一緒にいたいのよ。でも、馬車は予約していないんだけど」
夏の長期休暇の季節だから、席は取れないかもしれない。
そんなことを考えていると、カリファーがニヤリと笑った。
「なぁに?」
「空でも飛んで帰るか?」
「……」
からかわれているのかしら。カリファーなら、そんなことも可能な気がする。
「冗談だ」
「もうっ」
お茶を飲み干して、立ち上がる。よく晴れて気持ちのいい風だわ。
ついて来てくれたカリファーと、コルン家から役所へと回り、近くの墓地まで歩いてきた。
母の好きだった水仙はもう時期が終わってしまっていたから、蓮の花を買って花束にしてもらった。
コターニャの町はそれほど人口が多くない。
亡くなると、皆が同じ墓地に埋葬される。
先立った父とともに眠る母の墓石の前に立った。カリファーが隣に並んでくれる。
持ってきた水桶から水をすくって、綺麗に磨く。
蓮の花束をそっと墓石の前に置いた。膝をついて、胸の前で手を組む。
『お母さん、遅くなってごめんなさい。
王都で、元気に暮らしているわ。
これからは、あまり頻繁には来られないかもしれないけど、長期のお休みにはまたお参りに来るわ。
……好きな人ができました』
心の中で唱えた自分の言葉に、頬が熱くなった。
いやだ、何を報告してるのかしら。
隣に立つカリファーを仰ぎ見る。彼はじっと墓石を見つめていた。
何を考えているのかしら。
服についた土を手で払いながら、立ち上がった。
「お待たせ、カリファー」
「もういいのか?」
「ええ。また来るって挨拶できたし、管理はコルンの小父様たちがしてくれるから」
空にした水桶を片手に持ったカリファーが、反対の手を差し出してきた。
照れて目を逸らしそうになったけど、何も言わずに手を重ねた。
これまでにも、手に触れたことはあったのに、どうしてこんなに胸が高鳴るの?
ゆっくりと、わたしの歩幅に合わせてカリファーが歩きだした。
これから、一緒に王都へ帰る。彼と一緒に、ずっと生きていけるのかしら。
わからないことは、まだたくさんある。でも、繋がれた手から伝わる彼の体温が、わたしを優しく包み込んでいた。




