36.セレーヌとの旅
客馬車の窓から流れる風景を、セレーヌと並んで眺める。
街道の宿屋に泊まりながらの旅は順調に進み、明日には故郷コターニャに到着する。
この二日間、セレーヌがいてくれてよかったと何度も思った。
一日目の昨日、乗り合わせた軟派な雰囲気の男性にしつこく誘われた。始めは、セレーヌが連れだと気づいていなかったみたい。
あのにやけ顔を思い出すとまた腹が立ってくるけど、何と武術の心得があったセレーヌが撃退してくれた。
馬車の予約は一日分しかしていなかったみたいで、諦めて降りていったわ。
連れ込み宿に行こうと強引に掴まれた腕を、セレーヌが何度も拭いてくれて笑ってしまった。
丁重に断っても、素っ気なく断っても、全然人の話を聞かない相手だった。
会話の通じない人って、結構いるものなのね。
二日目の今日は、体の大きな男の人が三人がかりで、旅に同行してやると迫ってきた。
ちょうど馬の休憩どきで、わたしも馬車から降りて水を飲んでいる時だった。
セレーヌは荷物の確認に荷馬車の方へ行っていて、側にいなかった。
中でも一人がしつこくて、連れがいるから結構ですと何度も断っているのに、また腕を掴まれそうになって身を捩って避けた。
どうしてすぐ、触れようとしてくるのかしら。これまで故郷への旅で、こんな人たちに絡まれたことなんてなかったのに。
どうしようかと困っていると、御者がセレーヌを連れて来てくれた。
今思い出しても見事な飛び蹴りだったわ。
旅人同士の揉め事は、基本的に御者は関与しないものだけど、目に余る行為の場合は近くの街の憲兵を呼んでもいいことになっている。
セレーヌに蹴られて倒れ込んだ男たちを、呼ばれた憲兵の人たちが連れて行った。
どうしてこんなに声を掛けられるのかしら。
不思議に思ってセレーヌに聞いてみると、またわたしの手や袖を一生懸命拭きながら答えてくれた。
「お嬢様が、お美しいからですよ」
「そんなこと……」
「主が心配されていた通りでしたでしょう?」
それを言われると弱ってしまう。心配しすぎで過保護だと思っていたのに、カリファーの方が正しかったのかしら。
「でも、今まで故郷に帰る旅で、こんなことはなかったのよ?」
「それは、二年前が最後と仰ってましたでしょう?それから大人の女性に成長されたということですわ」
前は子どもすぎて、声を掛けられなかったということ?
「これほどお美しいお嬢様が、一人で馬車旅をしているなどと思ったら、低俗な男どもは引き寄せられてしまいますわ」
「そんな人ばかりではないと思うのだけど」
ようやく満足したらしいセレーヌが、わたしの袖口から手を離して顔を上げた。
「この際ですから、申し上げておきますわね」
「はい」
「お嬢様は、もう少しご自分のご容姿というものを、自覚なさるべきですわ」
「はい?」
力いっぱい言われて首を傾げた。
「いずれ我が主の隣に並び立たれる貴方様の美貌は、その辺の羽虫を引き寄せてしまうのですから」
「えーっと……」
待って、何か気になることを言わなかった?
「セレーヌ?その、どういう意味?」
「何がでございましょう」
二日目の旅がもうじき終わる。
この客馬車に乗っているのは、すでにわたしとセレーヌの二人だけになっていた。
「隣に、並び立つとか。羽虫、とか……」
彼からまだ、何も言われていないのに。
「言葉通りの意味でございますが」
「その、わたしはカリファーとその、男女の関係になったわけでは……」
いえ、そういう意味かもわからないのに、何を言っているのわたしは。
「全くもって奥ゆかしいことですわね」
「え?」
「焦れったくもありますが。主が望まれていることですので、これ以上は申しません」
結構ずばずば言っていたような……。
「私どもは、長く待つことには慣れております。ですから、お嬢様がお気持ちを確かにされるまではお待ちしますわ。ですが……」
「ですが?」
セレーヌが、彼の瞳を薄めたような黄色い瞳で、わたしを真っ直ぐに見つめてきた。
「どうか、我が主の渇きが耐えきれないものになる前に、救って差し上げてほしいと願いますわ」
言葉の意味を、それ以上尋ねることはできなかった――。




