34.手に触れる
穏やかでゆったりとした食事の時間。
いつもより早めの夕食だけど、どれも美味しくてついたくさん食べてしまったわ。
隣に座るカリファーの息遣いが心地よい。
「明日は、早い出発か?」
穏やかな低い声。この声をしばらく聴けないのは寂しい気がする。
「ええ。朝一番の馬車を予約しているわ」
「故郷までは、三日かかると言っていたな」
すっきりとした柑橘の果実水を飲み、杯を置いて頷く。
「何もない田舎町なの。でも、久しぶりに帰るから楽しみでもあるわ」
わたしの返事に頷いて、カリファーが赤酒を飲み干した。
そう言えば、今日は食事をほとんど口にしていない。どこか体調でもよくないのかしら。
疑問が顔に出ていたのか、カリファーの黄金色がこちらを向いた。
「何か気になるか?」
「あ……いいえ。いつもより、食事が進んでいないようだったから」
「そうか」
短く答えて、何かを考えるように彼が目を伏せた。
「少し、疲れが溜まってきたのかもしれないな」
「学術会議、大変だったの?」
学院長と一緒に出席していた、王城での学術会議。
カリファーは補佐のような役割で行ったはずなのに、何かあったのかしら。
「……渇きが、普段よりきつかったからな」
「渇き?」
「あぁ、気にするな。こちらの話だ」
ふっと視線を上げて、カリファーがわたしを見つめる。
「俺は、お前に選ばれたいと思っている」
「!?」
じっと見られて顔が熱くなった。どういう意味で言ったの?
「故郷への旅を、一人でさせるのは心配だ」
「それ、は……」
「お前が許してくれるなら、同行したいくらいだ」
「で、でも……これまでだって、一人で行っていたのよ?」
だから大丈夫と続けようとした言葉は、彼の黄金色の瞳に飲み込まれてしまったようだった。
「その紅茶色の柔らかな髪も、紺碧の双眸も。眩く輝く生命力も。俺を捕らえて離さない」
「っ!」
「こんなに美しいお前を、一人で馬車に乗せるなど心配で何も手につかない」
どうしよう。恥ずかしくてたまらない。
真っ直ぐに見つめられることに居心地が悪くなって、思わず顔を伏せた。
体の中心が、熱を持ってしまっているみたい。
「だが、お前を困らせるのは本意ではない」
一口、彼がお酒を飲んだ気配がした。
「だから、セレーヌをつけたい」
「えっ?」
意外な言葉に顔を上げた。カリファーの瞳に捕まる。
「世話役として、連れて行ってくれないか」
食堂の扉近くに控えているセレーヌさんに、視線を向けた。
無表情のままで、こちらをじっと見つめている。
「セレーヌさん、を……?」
「俺を、少し安心させてほしい、ナスティディア」
「それで、貴方は安心するの?」
わたしの問いに、カリファーは黙って頷いた。
しばらく考える。黒兎を連れた一人旅も楽しいかもしれないと思っていた。
でも、同行者がいるなら、寂しさを紛らわせることができる。それに、セレーヌさんと一緒なら、カリファーの話を聞いたりできるかもしれない。
「でも、ご迷惑ではないかしら。このお屋敷に仕えている人でしょう?お仕事は大丈夫なの?」
「いずれは、お前につけようと思っていた者だ」
「えっ?」
カリファーの視線を受けて、セレーヌさんが腰を落として頭を下げた。
「どういう、意味?」
「お前が俺を選んでくれたなら。お前の世話をさせようと思っていた」
「貴方を、選ぶ……」
卓の上に置かれた彼の指先に目を向ける。白く長い指が、とても綺麗。
吸い寄せられるようにそっと、彼の手に自分の手を重ねていた。
「ナスティディア?」
「貴方は、いつもわたしに選ばせてくれるのね」
「当然だ。俺が、無理強いするような男に見えるか?」
悪戯っぽく聞かれて口角が上がった。
触れた彼の手の甲を、包み込む。
「貴方がわたしを心配してくれるのが、嬉しいわ。お言葉に甘えて、セレーヌさんに付き添いをお願いするわ」
そう答えると、安心したようにカリファーが笑った。
ハッとして手を離そうとすると、指先をやんわりと掴まれた。
「お前から、触れたんだぞ」
「あ、えっと……」
「これからは、手に触れる。いいか?」
改めて聞かれて頬が熱い。きっと、今のわたしは真っ赤になってしまっているわね。




