24.どういう関係なの?
ボンヌ子爵家の令嬢、フランソワーズ様。
しっとりとした金茶の髪を結い上げ、榛色の瞳を煌めかせている。
カリファーに名前を呼ばれて姿を現した彼女は、肩を竦めて床に座るサラジ先生に視線を向けた。
どうして、ここに彼女が――?
「何故、この男がここにいる?」
カリファーに問われ、子爵令嬢が困ったような笑みを浮かべた。
「わたくしどもの油断ですわ。まさか、我が家の監視の目を掻い潜るとは、思いもしませんでしたの」
「そうか。ならば、抹消しても構わんな」
「お待ちくださいませ」
ゆったりとこちらへ歩いてくる彼女の表情には、余裕が感じられた。
「すでに一度、見逃した。二度は許さんと伝えたはずだが」
「わかっておりますわ。ですが、彼女は残酷なことは、お嫌いなのでは?」
二人の会話が理解できない。
一体、何の話をしているの?
ハッとしたようにわたしに視線を向けたカリファーを、首を傾げながら見上げる。
「どういうことなの?彼女と、知り合いだったの?」
サラジ先生が、彼女と婚約しているのを、カリファーは知っていたの?
疑念が浮かんだのを感じ取ったのか、話すのを迷うように黄金色が揺らめく。
「カリファー。わたしは、嘘は嫌いよ」
貴方も、わたしを騙していたの?
そうじゃないと信じたいのに、サラジ先生と同じなの――?
「あぁ、すまん。泣くな」
「……泣いてないわ」
「ふふっ、可愛らしいこと」
歌うような声が、神経に障る。思わず、彼女を睨みつけた。
「まぁ、怖いお顔。でも、素敵ね」
「何を……」
「もう黙れ、フランソワーズ=ボンヌ」
カリファーが彼女の名前を呼ぶ度に、胸の奥が沈んでいくような気がする。
いいえ、俯いたりなんてしないわ。
「ちゃんと、聞かせてくれる?」
声が震えないように気をつけて、カリファーを見つめる。
「そうだな。お前に内密にことを進めたことは謝る」
「まぁ。貴方様が人に頭を下げるだなんて……」
どうして感動したような声になるのかしら。
「あれは、今は無視してくれ。俺の口から、きちんと説明するから」
そうね。まだ何も聞いていないのに、勝手に判断してはいけないわ。
頷いたわたしに安堵したような表情を浮かべて、カリファーが子爵令嬢に顔を向けた。
「後始末は任せたぞ。次の失態は許さん」
「仰せのままに」
腰を深く落として頭を下げた彼女に背を向けて、カリファーに促されて図書室を出た。
すでに日は暮れ、学院内に人影はまだらだった。
何だか、凄く疲れたわ。
「あ、手紙……」
服の中にしまったままだった、ボンヌ子爵家への手紙を思い出した。
本人があの場にいたのだから、直接渡せばよかったわ。
「図書室で書いていた手紙か?」
普段通りの声に安心する。
「ええ。さっき、お渡ししたらよかった」
「もう必要ないと思うんだがな」
「えっ?」
「だが、お前はきちんとしたいのだろう?俺が渡してやろうか?」
差し出された手に固まってしまった。
「気が進まないか?」
「いえ……」
どうしようかと迷って、手紙を取り出した。ボンヌ子爵家の宛名を書いた、わたしがきちんとけじめをつける為に書いた手紙。
いつの間にか、足が止まってしまっていた。
「人間の社会は、面倒だな」
ポツリ、と零された呟きに視線を上げる。
「カリファー?」
「身分制度など、俺には関係ないと前に言ったな?」
初めて二人で食事に行った時ね。確かにそう言っていた。
頷くわたしに、彼は続ける。
「だが、お前にとっては、これまで生きてきた世界の根幹だ」
そう。生まれた時から、すでに人生は決まっているものよ。その中で、いかに自分で未来を掴み取っていくか。それが大切だと、ずっと思ってきた。
「それを否定しない。だが、囚われすぎるお前を見るのは、面白くない」
「え……っと」
「お前が安心するなら、そんなもの壊してしまってもいいんだが」
「カリファー?」
どうしよう。何を言われているのかわからないわ。
でも、わたしのことを考えてくれているのはわかる。だから、苛立ったりはしなかった。
「今夜の食事は、前にフェンヤ先生と行った海鮮料理店を考えていたんだが。酒を飲まないとなると、違う店にした方がいいか」
明るい声で話題を変えてくれたカリファーに、ホッとする。わたしも、普段通りに振る舞える。スッ、と自然な動作で手紙を抜き取られたことにも気づかなかった。
「落ち着いてお話できるところがいいわ」
さっきの出来事を、きちんと聞きたかった。
貴方は、一体何者なの――?




