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王の愛は闇夜とともに  作者: 紫月 京


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19.夜の気配


顔が熱い。

果実酒の後に、ダレストン先生が飲んでいる赤酒を炭酸で薄めたお酒をいただいた。

カッと全身が熱くなって、その後ゆっくりと、頭がふわふわとしてきた。

近郊で生産された赤身肉を使った料理も絶品だった。

王室にも献上されるという獣を一頭丸ごと使った、贅沢な料理。

薄く切った半生の肉に果実の調味料をかけた一皿。

海沿いの街キンダージュ産の塩を振って炙った一皿。

リュグランで採れた根菜と一緒に、赤酒で煮込んだ濃厚な一皿。

どれも美味しくて、食事を口に運ぶのと交互にお酒を飲んでしまったわ。

そんなわたしを、ダレストン先生がじっと見つめているのに気づかなかった。

「あ、これ隠し味にセルーの実を使っているんですね。独特な香りなのに、クセがなくて食べやすい」

わたしの故郷では、その辺の道端に生えているような木の実だった。

そのままでは、青臭くてとても食べられないのに、料理人って凄いわ。

「こっちは、食べたことがない味です。キンダージュの塩って、高価でなかなか手が出ませんものね」

美味しすぎて、いつもよりたくさん食べてしまった。お腹がはち切れそう。

ゆっくりと、杯に残ったお酒を飲む。

「お代わりは?」

優しく聞かれて首を振った。

「いえ、もうこれ以上は。お腹が破裂してしまいます」

出された食事を残すことはしたくなかったけど、そんなこと考える余裕もないくらい全部平らげてしまった。はしたないと思われなかったかしら。

そんなことが急に気になって、ダレストン先生に視線を向けた。

柔らかく細められた黄金色が、窓の外を見ていた。

「ダレストン先生?」

夜の密度が濃くなったかのような錯覚に、息を呑んだ。

背に垂らされた編み込んだ黒髪が、闇の中へ誘い込んでいるようで目が回る。飲みすぎたのかしら。

ゆっくりと、彼の瞳がこちらへ向く。

揺らめく黄金色が、わたしに絡みつくような気がした。

「あの、ダレストン先生……?」

「失礼。故郷を思っていた」

「故郷?ダレストン先生は、どちらのご出身ですの?」

そう言えば、聞いたことがなかった。

学院長先生の推薦で、この春この街にやって来たことしか知らない。

名前と専門の学問。そして目の覚めるような美貌。

彼に関して、わたしはそれだけしか知らないのね。

「今はもうない、遥かな王国だ」

「……?」

回らない頭で、彼の言葉を一生懸命考える。


遥かな王国――。

歴史を学ぶ上で、一度は必ず目にする呼び名だった。

確か、豊かに栄えた古代の、名前すら失われたと言われる王国。

ダレストン先生の、故郷?どういう意味かしら。

「からかって、ますの……?」

声が震えた。そうよ、お酒の席での冗談よ。

近年、滅びた国というものは聞いたことがないわ。

「どれほど栄えたものも、いずれは衰退する。それは世の理だ」

「それは……」

「歴史学を教えるお前なら、わかるだろう」

彼の瞳から目が逸らせない。

尊敬するべき優秀な方だと思っていたのに、どうしてこんなに怖いのかしら。いえ、怖いというのは違うわね。背筋がぞくぞくする。

でも、あの黄金色をずっと見ていたい。

逃げ出したい。逃げられない。頭の中が纏まらない。

震える唇を動かす。

「ダレストン、先生は……遥かな王国から、いらしたの?」

「そう呼ばれていたところから、長い年月をかけて、今ここにいる」

「長い年月……」

ダレストン先生が、音もなく立ち上がった。肩が跳ねる。

わたしの座る椅子の側に、彼の気配がやって来た。夜を丸ごと連れて来たみたいに。

卓の上に、長身の影が落ちる。大きな手が、卓とわたしの座る椅子の背に置かれた。

恐る恐る、見上げる。

「ダレストン先生?」

じっと見下ろしてくる黄金色が、室内の灯りを受けて煌めいていた。

あぁ、とても綺麗ね。

「俺はいつまでも待つつもりだが。こうして手の届く距離に来たのは失敗だったな」

「えっ?」

彼の形のよい唇が、わたしの耳元に寄せられた。

「触れたくなる」

「……っ」

「酒で頬を染めたお前は、普段より美しい」

顔を覆ってしまいたいのに、動けなかった。甘い芳香が、わたしのすべてを縛っているみたい。

「ダ、ダレストン、先生……」

「今はまだ、耐えられる。お前の望まないことはしたくないからな」

囁くように告げて、彼の顔が離れていく。

「少し外す。ゆっくり落ち着いていてくれ」

そう言って、彼は個室を出て行った。

ずるずると、椅子の背もたれに預けた体が滑り落ちていく。

今のは、何だったのかしら。


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